3、螺旋の帰還
火星を過ぎ、やがて地球を目視できるエリアまでやってきた。
陸は減速してあたりの様子を探った。
地球近辺は多くの宇宙船が飛来している。
学校で勉強したこともある。日本発の宇宙便だけで1日2000以上あると。
日本が単独で保有するコロニーは約80個。国際的な便も合わせるとおびただしい数になるだろう。
「あの宇宙船は日本のだ。ホンダのマークがある」
陸にも最低限の知識があった。ホンダはメイドインジャパンが誇る小型宇宙船を製造している。安定性の高さから世界的に大きなシェアを誇っている。
陸はしばらく宇宙船を観察した。
宇宙船の交通規則があって、速度や各衛星の通過時間の記録など多岐に渡る。
いきなり、螺旋が割り込んだら大騒ぎになるかもしれない。いや、すでに大騒ぎになっているのかもしれない。
「何とか通信できればな。そうした機能もあるのかもしれないけど……」
螺旋の説明書はない。何もかも自分で発見するしかなかった。螺旋の可能性は未知数だ。
あれこれ考えた結果、月に降り立つことにした。
そうすれば発見しやすいはずだ。後は迎えに来るのをジッと待っていればいい。
「月に着陸か……」
すべてのことが初めての経験だった。
飛び跳ねて適当に着地すれば、月が粉砕されるなんてこともあるかもしれない。
月は以前から開発が進んでいて、今では月の資源を発掘する労働者が住み込みで働いている。
陸は何もないクレーターの広がる地帯を狙ってそこに着地を試みた。
「ゆっくり……ゆっくりと」
螺旋の動きはある程度コントロールできるようになった。
陸は減速に集中した。
螺旋はゆっくりと月面に着地した。
大きな衝撃はなかった。
「ふう……」
改めて、陸は周囲を見渡した。
何度か映像や画像で見たことはあったが、こうして月に降り立つのは初めてのことだった。
「まさか月に降り立つ日が来るなんてな」
地球で暮らしているうちは、宇宙に行く日など来ないと思っていた。
宇宙旅行を提供する旅行会社はいくつもあるが、宇宙に上がるだけで200万円はくだらない。
そんなことに大金を出す興味もなかった。ただ地球の引力のもとで暮らし、誰にも知られずに死んでいく。そんなふうに人生設計していた。
しかし、それから少しもしないうちに月に降り立つ身となった。
「螺旋か……」
なぜ、自分が螺旋を操縦できるのだろうか。
ケネディが言うには自分だけが螺旋を動かせるのだと言う。
陸はこれまでの自分の人生をおぼろげにたどった。
特別なことがあったとは思えない。自分の家計にも特別な人はいなかった。
それとも自分には知られていないだけなのか。
考えても何もわからなかった。
月面から空を見上げると緑色に輝く光をいくつか見て取れた。
宇宙線のエネルギーを集めて、各コロニーに送る施設ということを勉強したことがあった。
宇宙には近代科学の粋がちりばめられていた。
そのすべての科学のさらに先に螺旋があるのかと思うと複雑な気分だった。
喜ぶべきなのか、名誉なことなのか、これから自分の人生はどうなるのだろうか。
色々なことを考えると、何事もなく静かに暮らしていきたいという気持ちにもなった。
それでも、螺旋と飛んだひとときは楽しかった。
誰にも干渉されることなく、ただ日がな一日螺旋と飛び続けるそんな未来があれば……。
陸はそんな希望を胸に空を見上げた。
その希望は決して実現しないのだろうと心の奥で感じていた。
しばらくして螺旋を回収するための宇宙船が数多く月面に着陸した。
首尾よく螺旋は回収された。
螺旋は回収され、M25コロニーに帰還した。
陸は螺旋から分離した。
魂が抜けるかのように、螺旋の胸から青い光が現れ、それは地上に降り立った。
青い光が消えると、陸の姿が現れた。
ケネディと一行が陸のもとに駆け付けた。
「コングラチュレーション、陸、君は素晴らしい」
ケネディが笑顔でそう言うと、一行は拍手した。
「螺旋はたしかに君の力で起動し、そして驚くほどのポテンシャルを示してくれた」
「すみません、まだよくわからなくて乱暴なことをしてしまったかもしれません」
「いや、君は地球人の未来を切り開く希望の光を示してくれた」
ケネディは英雄をたたえるように、陸の両肩に手を置いた。
「訓練を積めば、螺旋の力をコントロールできるようになるだろう。そして、君は人類の希望、守護神となり、地球の象徴となるだろう」
ケネディは陸の気持ちを盛り上げようと大げさな物言いをしたが、英雄、神と言った地位は陸の望むものではなかった。
その後、陸はコロニーの特別室に案内された。
陸のためだけに用意された居住区で、VIPの豪邸をはるかに凌ぐ設備となっていた。
立派な部屋が円形に並び、観葉植物が丁寧に並んだ広い庭もあった。
中庭には人工的な太陽光が日中放たれていて日光浴もできるようになっている。
宇宙生活に必要な分厚いマニュアルが渡された。
「このエリアは君の居住区だ。必要なものはすべてそろっている。要望があれば何でも言いたまえ」
ケネディはあごに手をやった。
「とはいえ、こんな暑苦しい大人たちばかりでは気が休まらないだろう。ちょっと待っていたまえ。おい」
ケネディは側近を呼んだ。
「恵梨香を呼んでくれたまえ」
ケネディは側近に命じた。
「恵梨香は素晴らしいよ。さすがは日本の総理大臣。恵梨香には素敵な一人娘がいらっしゃってね、飛び級を経て、弱冠18歳にして大学を卒業しているんだ。螺旋計画を手伝ってもらうために現コロニーに来てもらっている」
ケネディが説明を終えるとほぼ同時に、廊下の先から恵梨香と例の一人娘と思われる女性が並んでやってきた。
「やあ、忙しいところすまないね、恵梨香、そして友香」
ケネディは二人を迎え、すぐに陸に紹介した。
「彼女が友香。年齢としては陸の1つ上の先輩に当たるかな。このコロニーにいるのは大人ばかり。明日からはさらに野郎どもが多くやってくることになっている。君にとっては良い友達になれるだろう。それに彼女はメカニックの知識もこのコロニーでの生活事情も詳しい。この上ない最高の友達になれるだろう」
「よろしくお願いします」
友香は頭を下げた。愛想は感じられないが、ふるまいや気品から育ちの良さが感じられた。
趣は母親の恵梨香に似ていた。恵梨香はビジネスライクに徹することで有名だった。各国との首脳会談でも、笑顔はほとんど示さず、握手を交わす前から必要事項の説明を始めてしまう。時間に厳しく、決められた時間以上は決して話さない。無駄な外交もなく、一部の国民からは悪いイメージで見られているところもある。
それでも、早口で的確な国会質疑などが人気を集め、政権基盤は盤石なものになっている。
そんな母親に似て、友香はビジネスライクだった。
「私はあなたの隣の宿舎、3034号室にいます。必要なことがあれば優先的に応答します」
「ど、どうも」
「たったいま、何か質問等あれば対応します。何かありますか?」
友香は笑顔もなく淡々と陸に尋ねた。
「えっと、その……いまは大丈夫です」
「では、私はこの場に不要ですので失礼します」
友香は頭を下げると、そそくさとその場から立ち去って行った。ビジネスライクというよりはロボットのようであった。
「私もこれ以上の用がないようなので職務に戻らせていただきます」
娘に続き、恵梨香もそっけなく会釈して去って行った。間違いなく二人は親子なのだとわかる振る舞いだった。
「螺旋計画については、私も全力でサポートするよ。陸、大統領だからと遠慮せずに何でも聞いてくれたまえ。我慢せずに何でも相談してくれればいいよ」
ケネディはとても親身だった。陸は「ありがとうございます」と礼を言った。
「螺旋計画についてはトップシークレット。国連組織の要人たちも知らないことなんだ。陸、この計画については内密にお願いするよ」
「はい」
陸の螺旋計画生活はこうして始まった。




