29、東京へ
休暇中でも、大統領は休むことはできなかった。
時が流れる限り、世界は動いていく。
ケネディはアメリカに戻るなり、政治的なライバルである民主党の代表であるアイアン・ドレッドノートと面会することになった。
二人はルイジアナ州にある政治家ご用達のホテルにやってきた。
「1億ドルの夜景だよ。素晴らしいね。しかしせっかくの夜景の価値が暴落してしまうよ、君が眼前に立つとね」
アイアンは面会するなり、ブラックジョークを飛ばしてきた。
「国民に認定された大統領は君にとって精巧にできた偽物のゲルニカに見えるでしょうね」
ケネディも同様に返した。
アメリカでは挨拶のようなもので、お互いにそれは良く分かっていた。
「中間選挙は我々の優勢がささやかれているよ。君に宇宙戦争は荷が重かったようだな。せっかく螺旋という力を2つ手にしたというのに」
アイアンはそう言って笑った。
螺旋の存在は野党政治家にも知らされている。
螺旋2つが地球陣営に渡ったこともアイアンは十分に理解していた。
「君は本当に共和党を代表しているのかね? 好戦的な態度を取っておきながらあまりに消極的だ。いや、それでいいのか。君が勝手に失脚してくれるのだからな」
アイアンは次の大統領の座を確信するような目つきだった。
ケネディは逆に自ら大統領を降りたいと言っているような表情だった。
「アイアン、君とはずっと政治の世界で競い合ってきた。私も勝利を求めて突き進んできた。しかし、大きな力を持てば持つほど、それを捨てたい気持ちになった。何もかもを捨てて、ドーナツ屋に戻りたいと」
ケネディがそう言うと、アイアンは笑った。
「力に毒されたな。共和党の悪いところだ。国際協調を捨て、力と権力だけで成り上がった連中の末路さ」
「そうかもしれない。力は何も解決しない。解決したつもりになることはできてもな」
「君が私に説教するなんて100年早いよ。すべては次の選挙で決まるだろう。私が地球を導いてみせるよ」
アイアンは自信満々だった。
ケネディは帰り道、車の中で何度もため息をついた。
秘書はその回数を数えていて、10回目のため息に合わせて、「10回目ですよ、大統領」と言った。
「螺旋の力の大きさは人類のこれまでの歩みすべてよりも大きい。これほど簡単に力を手にしてしまったんだ。それがどれほどの恐怖か」
「大統領の苦悩お察しします。しかし、その力を手にしたいまそれを放棄することもまた無責任と思います」
「そうだな……負けに行くわけにはいかないな……」
ケネディはどれほど苦しくても、最後の崖っぷちから飛び降りることなく踏みとどまった。
陸たちは東京の官邸施設にたどり着いた。
今日まで地価が値上がり続ける東京の一級地を独占できるのは極めて贅沢なことだった。
「部屋は16個あります。お好きな部屋をご利用ください」
「じゃあ、みんなでここね」
アイルは一番大きい部屋を指して、二人を促した。
「え、どういうことです?」
「せっかくUNOとか言うやつを買ったのよ、一人でやれっての?」
アイルは名古屋の空港で購入したUNOを取り出して言った。
「いやでも……」
「あー、そういうこと。この女と受粉活動したいってわけね」
「そんなこと言ってないだろ」
「あんたはどうなの?」
アイルは友香のほうにずかずかと歩いて行って、尋ねた。
「あんたが決めなさいよ、あんたに権限を上げるわ」
「私は狭間陸さんの意見に従うのみです。それが私の存在意義だから」
友香はプログラムされたかのように淡々と述べた。
「それがむかつくつってんのよ。あんた、陸のことが好きなの? それとも命令されたら娼婦になり下がるっての?」
「命令ならば、ただ従うだけです」
「これだから業務女は。あのね、命令に従うだけなら機械でいいのよ。地球にはろくなAIがないのかしら?」
「あのともかく部屋へ。ね」
陸はカードを差し込んで、施錠を解除した。
部屋は高級ホテルの一室のような豪華な作りになっていた。
一般市民では一生に一度ぐらいしか利用できない部屋だったが、陸はいまこれらを好きなだけ使える立場だった。
狭い東京暮らしが長かった陸にとっては落ち着かない場所。
しかし、アイルは心地よさそうにベッドに転がった。
「ちょっと狭いわね。シャワールームはどうかしら」
アイルには遠慮がなかった。よその家に転がり込んだような居心地の悪さはまったく感じていない様子だった。
陸が少ない荷物を床に置く間に、アイルは浴室やトイレを確かめ、ルームサービス用のタブレットを手に取っていた。
「ルームサービス頼むわよ。ゴールドパイ、コーヒー、ゴールドサラダ、ターキーってところね。あんたらは?」
「僕はウーロン茶を……」
「私はけっこうです」
友香は壁際に棒立ちしていた。部屋に入って来てから、そのポジションに収まった。
「じゃあUNOやるわよ。集合!」
アイルはワンルームのような面積の広いベッドに飛び込むとUNOを取り出した。
「実は僕、よくルール分からなくて」
「地球人のくせに? 一般常識でしょ、こういうのは」
アイルは陸にそう言うと、その背後にいた友香に険悪な目を向けた。
「ロボット女は?」
「ルールは熟知していますが参加する義務がありません」
「陸、命令してきて。参加するように。一人でするゲームじゃないのよ、これは」
言われて陸は友香のもとに向かった。
「一緒にやろう。ルールを教えてほしいんだ」
「わかりました」
友香は陸の命令に従い動き出した。
ゲームが始まると、友香は棒読みで的確に陸にルールを説明しつつ、てきぱきとプレイングした。
第1ゲームは友香が勝利した。
「くっそー、こいつに負けるとは……」
アイルはとてもくやしそうだった。
第2ゲームの中盤でルームサービスが届いた。
見るからに高級なパイと洒落たカップに注がれたコーヒーと砂糖やクリームが入ったかご、見るからに豪華なサラダとこんがりと揚がったターキーが机に置かれた。
「あんた、切り分けなさいよ」
アイルは友香にそう言ったが、友香はぴくりとも動かなかった。
アイルは不機嫌そうに陸のほうに目を向けた。
「陸、スイッチオン」
「友香さんを使役しすぎですよ。僕がやりますよ」
陸は手札を置いて、机に向かった。
すると、友香も手を止めて陸の手伝いに向かった。
「なーんか、疎外感に埋め尽くされた雰囲気……」
アイルは二人の様子を不機嫌そうに見つめていた。
ゲームは第十ゲームを超えた。
友香の実力が突出していて、アイルは一度も勝利できなかった。
「どうなってんのよ。だいたい運のはずでしょ、このゲームは。あんた不正してるわ、絶対」
アイルはカードを投げ出して友香のほうを指さした。
「私はただの一度も不正をしていません。あなたには指摘できるだけでも7つのミスを犯している。子供のような勢いだけの知性に乏しいプレイングが散見されました」
友香はいつもどおりの口調でそう指摘した。
アイルはしばらく震えていたが、ゲームを投げ出した。
「寝るわ!」
陸も睡魔に襲われている時分だったので、ホッと息をついた。




