30、宇宙の革命
友香の母親であり日本の総理大臣である恵梨香の動向が初めてマスコミに報じられた。
テレビ局が一斉に報道した。
「総理大臣の南恵梨香氏が死亡。宇宙コロニーの偶発的事故」
報道規制が敷かれていたが、それが解除されるとせき止められていた水が勢いよく流れるように、世界中に伝えられた。
日本自由党の国会議員や党の役員には螺旋計画を知る者もいて、恵梨香の行方がわからなくなった時からすでに動いていた。
財務大臣の高田太郎が総裁候補として名乗りを挙げていた。
他にも数名が立候補しているが、この総裁選はすでに出来レース。アメリカから圧力もかかっていて、高田太郎のシナリオがすでに進んでいた。
日本の財務はすべてアメリカが握っている。アメリカに忠実な高田は螺旋計画遂行において適任とされていた。
野党も一部の議員は螺旋計画を熟知していて、日本共産党はすでに動いていた。
「ここまでだ。日本を悪しき方向に導くのはここまでだ。螺旋は戦争の道具ではない。アメリカに知らせる必要などなかったのだ」
共産党委員長の西島正義は政権交代を目指すために野党に共闘を求めた。
「日本にとって最優先すべきは独立だ。平和を愛するすべての国民の魂がアメリカの呪縛に蝕まれている。今こそ救済の時なのだ。螺旋は日本の独立と平和の象徴だ」
しかし、野党の足並みはそろわなかった。
日本の政治基盤は外圧の影響もあって、完全に主権を失った状態でふらついている。
アメリカの手から逃れる道はまったく用意されていなかった。
政治が動く中、螺旋計画の休暇は続いている。
陸は時差ぼけの影響か午前3時に目を覚ました。
顔を横に向けると、そこにはアイルの寝顔があった。
陸は固唾を飲んだ。
アイルがなかなか友香に勝てなかったためUNOは夜遅くまで続いた。その影響でそのままみな同じ部屋で睡眠を取った。
陸は姿勢を変えて反対側を見た。
すると、窓際に立つ友香の姿があった。
分厚い強化ガラスの先には東京の都市が一望できた。
友香はぼんやりとその夜景を見ていた。
陸は音を立てないようにゆっくりとベッドを出た。しかし、友香はわずかな音にも反応する地獄耳だった。
「友香さんは……眠らないんですか?」
「眠ります。私はショートスリーパーなので、一般の人より少ないだけです」
「そうなんですね」
陸はベッドに腰かけて、窓の外を見つめた。
「お母さん……まだ発見されてないんですよね。何の連絡もないですもんね」
「……」
「お母さん……螺旋のことを色々知っていたみたいで、友香さんも何か知らされていたんですか?」
「私は何も知らない」
「そっか……」
陸はうつむいた。
「明日、どこに行こうかな。アイルさんに観光の計画を立てろって言われていたけど」
陸は独り言のようにつぶやいた。
それから顔を上げて友香のほうを見た。
「友香さんはどこか行きたいところある?」
「あなたが行きたいと思うところに行くのがいいと思います」
「僕の行きたいところ……」
陸は自分に問いかけた。
自分はどこに行きたいと思っているのだろう。
これまで、螺旋計画の中で懸命に目の前の仕事をこなしてきた。自由意思を使わずに生きてきたから、ある意味、エネルギーを使う必要がなかった。
自分の頭で考えると、何もかもが見えなくなった。
向かうべき場所、生きる意味、これからのこと。
何もかもわからなくなった。
「僕は迷子なのかもしれない。行きたいところがわからないみたいだ」
「それは普通のこと。人はみな同じ。行き場所なんてどこにもないもの」
友香はぼそりと言った。
陸はその言葉を聞いて、その言葉は友香の自由意思から現れたものだと感じた。
午前7時少し前に朝日が昇った。
アイルが目を覚ました。
「xxb、yb」
アイルはホームグラウンドにいるかのように堂々と伸びをした。
アイルの隣にはようやく熟睡についた陸が無邪気に寝ていた。
「起きろ!」
アイルは陸の耳元で大きな声を上げた。
起きない者は誰もいないというような鋭い語気だったので、陸はその通りに跳び起きた。
「見なさい、ご来光よ。ハーベストテラフレアに比べるとちっぽけだけど、大きさの問題じゃないわ。朝日より先に起きないなんて罰当たりなんだから」
アイルはそう言うと、窓の外に輝く太陽を見つめた。
アルマゲストには、テラと呼ばれる太陽に酷似した恒星が輝く。アイルはそのテラの光と太陽の光を重ねて見ていた。
「私はシャワー浴びてくるから、あんたは朝食適当に選んどいて。和食とか言うやつを食べてみたいからそっちの方向で。あとデザートはメロンとかいうやつを使ったパフェとかいうやつね。卵料理は目玉焼きとか言う恐ろしい響きのやつね」
アイルは陸を下僕のようにあごで使った。
しかし、陸は不快な表情を示すことはなく嬉しそうにうなずいて「わかったよ」と答えた。
「それと東京巡り、予定は決めたの?」
「昨夜色々考えてみたんだけど……僕の故郷を巡ろうかなと。母校とか思い出の場所とか」
「ふーん、まあいいや、そこで、じゃ」
アイルはシャワールームのほうに消えていった。
ここ50年で宇宙の観測精度は格段に上がっていた。
螺旋計画が始動する前、アメリカは国際的な宇宙観測プログラムを実施する予定を立てていた。
暗黒宇宙帯やローラといった従来の観測機で発見できなかった神秘宇宙が次々と発見されたために、宇宙の常識は大きく変化した。
NASAはその変化を受けて宇宙にはさらなる可能性が秘められていることを確信した。
しかし螺旋計画が始動すると、予算の多くはそちらに流れ、宇宙観測は大幅に後れを取ってしまった。
そんな中で、NASAに特別な観測チームが結成された。チーフには宇宙物理学の権威であるハッブル・ダインストが就任した。
ハッブルは暗黒宇宙とローラを発見した功績だけでなく、ハーベスト銀河の発見ももたらし、宇宙の常識を覆した博士である。
ハッブルは少ない予算で新しい望遠鏡を作成。
それを使っていくつかの新しい観測をもたらしていた。
「宇宙は加速度膨張しているエリアとしていないエリアがある。これは閉じた宇宙論の証拠だ。そして……」
ハッブルは部下たちにコンピュータ画面を示した。
ハッブルの部下もまた宇宙に詳しい科学者ばかりで、いまは4人の男女が研究室に集まっていた。
「専門はジョンだな。説明してくれ」
ハッブルは部下の一人であるジョンを指名した。
ジョンは重力波の専門家で、今回の観測でも重力の側面からさまざまな説を打ち立てていた。
「こちらの重力波をご覧ください。チーフと共同で同一の重力波を記録するプログラムを作成しました。従来のプログラムはローラ光による屈折を計算できませんでしたが、今回はそれを取り入れたデータです。こちらの重力波はP群、こちらはq群です。pとqはローラに対して対称であると理解できます」
「ほう……」
部下の一人が興味深そうに画面を覗き込んだ。
「この重力の発生源は推定88億年前。初期宇宙に発生したものと思われます。この重力波は極めて高い規則性を持って宇宙を巡っていて、すべてローラを対称に回っています」
ジョンがそう言うと、部下の一人が口を挟んだ。
「つまり何が言いたいのか、おっしゃっていただけますか」
「わかりました。これはあくまでも俗説の1つと考えてください。私がチーフと話し合って構築した説は「ローラを中心に太陽系とハーベストテラ系は約9億年の周期で同じ重力波動を繰り返している」というものです。それを最も端的にお伝えするなら、太陽系は9億年を周期に滅びと再生を繰り返し、同じ映画を繰り返し見ているということです」
部下たちはみな面食らった。
「1日が何度も繰り返されるという映画作品を見たことがありますがそういうことですか?」
「厳密には違うかもしれません。例えば、p群のこの部分、このあたりの計算は量子コンピュータで繰り返し行いましたが、誤差の領域を越えて違いがあります」
「ではわずかな違いがあるものの、ほとんど同じことが9億年を周期に繰り返していると?」
「はい、我々が100億年前に宇宙が誕生したと大学生に授業する内容をおよそ10回繰り返してきたということです」
「では私はキャサリンと10回結婚したということか?」
「p群の差異を考えると、ミランダが奥方だったことが何度かあったかもしれませんね」
ジョンがそう言うと、みなが小さく笑った。
「実に驚くべき説だ。死後の世界は天国だと思い込んでいたがそれは違うということかね?」
部下の一人がそう尋ねると、ジョンは首を横に振った。
「あくまで俗説。我々の科学の常識はこれまで何度も覆されてきました。天動説から地動説へ、絶対的宇宙論から相対性理論へ。そして、今回も同じ。神はいつだって我々の常識を覆す権限を持っています。もしかしたら、螺旋がそれをするのかも」
ジョンはそう言った後にこやかな表情になった。
「食事にしましょう。こういう日はハンバーガーがいいかと思いますが、意見があれば取り入れます」
「異論なし。独立記念日はいつもハンバーガーだ」
科学者たちは重たい頭をリセットした。




