28、変わらぬ地球
宇宙エレベーターが名古屋宇宙空港に降り立った。
陸が宇宙に上がったときは東京国際空港、通称羽田空港の宇宙便を利用した。
名古屋にやってくるのはこれが初めてのことだった。
地上に降りると簡単な検査が行われる。
宇宙開発初期のころは宇宙線被ばく量など大規模な検査が行われたが、技術の進歩によってほとんどが簡略化された。
M25コロニーは地球環境とほとんど同じだった。
地球の重力や大気を再現する技術がなかったころは、みなが宇宙病にかかったが今は誰もかからない。
空港ロビーはとても広かった。
名古屋宇宙空港は今年で60周年になる。
建設当時は宇宙開発を主導する企業の1つトヨタグループの収賄をはじめとする愛知県知事の汚職があり、山梨県に移転する案が浮上したこともあった。
県民が署名を集めて何とかこの地に誕生した。
多くの宇宙旅行会社が参入し、連日活気あふれている。
「相変わらず騒がしい国だわね」
アイルは周囲を見ながら言った。
当然ながら、陸もアイルも世間では一般人でしかない。
螺旋計画はトップシークレットで、マスコミに対してはかなり強い報道規制が敷かれていた。
それでもインターネットを検索すると螺旋に関する情報が出てくる。
いずれも宇宙人やつちのこのような扱いに収まっているが、どこからでも情報は洩れるものだと分かる話だった。
「それに同族が多いこと。宇宙戦争の真っただ中だってのに、こんな地球に旅行に行くなんて危機管理がまるでなってないわ」
アイルはぼやいた。
地球とアルマゲストはまだ交戦中であるが、その間にもアルマゲストから年間120万人が日本を訪れていた。
「あなたも同族ですよ。危機管理の観点から手足を縛りつけて牢に入れておくでしょう。地球圏に対する被害を考えると極刑でも構わないと思います」
「あんた、いきなりしゃべって来るんじゃないわよ、使いっパシリのくせに」
静かに鋭いことを述べた友香に対して、アイルは大きな声を上からかぶせた。
二人の不仲はいまに限ったことではなかった。
敵対国であることを考えると普通のことなのだろうかと陸は考えていたが、できれば二人には仲良くなってもらいたかった。
「あの、お土産を見に行きませんか?」
陸は二人の仲を取り持つために土産コーナーのほうを指さした。
土産コーナーは主にアルマゲストから地球にやってくる者を想定したラインナップになっていた。
アルマゲストでも日本の漫画やアニメは人気があり、そうしたグッズが並べられていた。
「ケロロ軍曹じゃない!」
アイルは目を輝かせて物色を始めた。
アイルは見た目に似合わず女の子らしいところがあり、戦場を離れるとその様子が顕著だった。
そうでありながら遠慮がない。
次々と土産をかごに入れ、「あんたは荷物係よ」と言って陸に一方的に押し付けた。
「これ全部買うんですか?」
「当然。権利を行使してるまで」
アイルは堂々とそう言った。
アイルは極めて重要な要人として管理されている。
望めばいくらでも予算が下りた。
アイルはその権限に遠慮がなく、かごはすぐにいっぱいになった。
「おかわり」
アイルはそう言って2つ目のかごを陸に放り投げた。
2つ目のかごは友香がキャッチした。
「商品はすべてもとの場所に戻しておきます」
「何すんのよ」
「税金は地球の人々の労働の賜物です。異星人の衝動のために使用されることは望ましいとは思いません」
「あんた財務省の回し者? あんたの日々の生活費に比べたら何の問題もなし。いいこと、あんたは螺旋とは関係ない使いのメイドなのよ。わきまえなさい」
「関係ないということもありません。地球軍の人事に基づいて私は地位を得てここにいます」
「ふん、その無表情が気に入らない。上から目線で馬鹿にしてるでしょ」
「あのー……」
「私は任務に必要ない感情を持ち込まないようにしています」
「あのー……」
「あっそ、じゃあ任務を言い伝えるからただちに実行しなさい。コーラ一本大至急」
「私はいま休暇中ですので、その使いはできません」
陸の言葉はさしはさむ余地がなかった。
「あの、みんな買いたいものを買いましょう!」
陸は珍しく声を張り上げて言った。
しかし二人とも陸の言葉には反応しなかった。
前途多難な始まりで名古屋の観光が始まった。
おおむねアイルが行きたい場所に陸と友香がついていく流れだった。
ナゴヤドームや工業地帯を回り、去年造られたゲーム科学センターを見学した。ひつまぶしの名店を訪れ、トヨタ本社を見学し、気が付くと日が暮れようとしていた。
「なかなか良かったわ。ひつまぶしとか言うやつはまた食べに行きたいわね」
東京に向かう車の中でアイルは満足そうに言った。
陸は満足というよりも疲れ果てた様子だった。友香はいつも変わらなかった。
アイルはどこへ行くにも速足で、どこに行っても知的好奇心を発揮した。
陸はアイルについていくのが精いっぱいだった。
「あれが東京ね」
アイルは窓越しに東京の都市を見つけた。
名古屋新高速道は標高1800mに設けられている。
空飛ぶ車道とも言われるこの道路は特殊な耐震装甲で作られている。
東京から名古屋までの間にただの1つの柱も存在しない。
「この橋は巨大隕石が落下しても壊れない」
と言われており、恐ろしく頑丈である。
この装甲技術は日本を代表する技術の1つだ。
宇宙コロニーの建造にも応用されている。
そんな名古屋新高速道からさらに高い建物を望むことができる。
新東京タワーは全長2000mを超える建造物であり、世界第三位の高さになっている。
世界最高峰はアメリカネバダ州にある「フリーアメリカ」で全長4200mになる。
新東京タワーは大規模Wi-Fiシステムや磁場コントロールなどさまざまな役割を果たしていて、東京のシンボルにもなっている。
「変わんないわね、前と一緒」
「アイルさん、東京に行ったことがあるんですか?」
「東京、神奈川、千葉。関東ばかり。母さんの仕事の都合でついてきただけだもの」
アイルは外の景色をぼんやりと見つめた。
「あんたの家はどこ?」
「六本木のほうです」
「じゃあ、私行ったことがあるわ。六本木でしょ。あのあたりはけっこう歩いた経験があるもの」
「そうだったんですね」
「もしかしたらあんたにも会ってるかもしれないわね。まだ子供のころだけどね」
アイルは表情を緩めた。昔のことを思い出して懐かしさを感じた様子だった。
「今でも覚えてるわ。むかつくガキに出会ったのよ、いきなりぶつかってきて謝りもしないから謝れつったら、背を向けて逃げ出したのよ。だからひっかいてやったのよ。あの日、私は地球人が嫌いになったわ」
「……」
「昔の話よ」
陸も昔のことを思い出していた。
かつて偶然出会った外国人少女に引っかかれたことがあった。
もしかしたらあのときの少女はアイルだったのかもしれない。
だとすると、アイルは陸のせいで地球を嫌いになったのかもしれない。
もし出会っていなければ、今回の宇宙戦争は回避できたかもしれなかった。
今さら、そんなことを考えても仕方がないことだったが。
「ところであんた、なんで敬語使ってんの?」
「え、だって、アイルさんのほうが年上ですし、たぶん人生のあらゆることで先輩だと思いますし」
「変な文化ね、日本人ってのは、まあいいけど」
「敬語、やめたほうがいいですか?」
「やめなくてもいいわよ、ただし、もっとはっきり言いなさい、言いたいことは」
アイルはそう言うと真剣な表情を向けてきた。
「はい……」
「じゃあ、明日の東京観光はあんたが先導しなさい」
「え、僕ですか? どうしてですか?」
「あんたの故郷でしょ。だったら、ガイドできるでしょ」
「は、はい、やってみます」
陸がそう言うと、アイルは「よろしい」と言って微笑した。




