27、地球への帰還
陸の地球帰還は正式に受理された。
思えば半年ぶりの帰還となる。
陸は時の経過の早さを感じていた。螺旋の搭乗員になってからもう半年になるのかと思うと頭がぼやけた。
陸にとって革命的な出来事のあった半年だった。
いま地球に戻ったらどうなるのだろうか。浦島太郎になってしまうのではないかと思った。
陸は友香に呼ばれてラウンジに向かった。地球帰還の許可が下りたので、その説明を行うのだという。
ラウンジにやって来ると、友香はいつも通りの様子で佇んでいた。人はいない。6つの席が設けられているが友香が座っているのを除いて、すべて空白になっていた。
陸はここに来る前にアックスとばったり出会っていた。そのときの話を思い出した。
「陸、おれはアメリカにしばらく帰還となった。愛する家族のために戻るんだ。そこでだ、土産を持っていこうと思うのだが、次のうち2つ、どっちがいいと思う? 陸、お前のベストアンサーを尊重するぜ」
アックスはそう言うと、キャットフードとドッグフードを陸の前に差し出した。第三の選択肢はなかったので、陸はドッグフードを選んだ。
「正解! ジョンとジョニーは共に犬だ。わはははははは」
アックスはそう言って去って行った。
つまり、みな休暇に入ったのだ。
それゆえにラウンジには人がいなかった。
厨房で働いているスタッフもみな暇を持て余していた。
陸は緊張した面持ちで友香に向かい合う形で腰かけた。
「ごめん、遅れたかな」
「いえ、到着されたようなので伝言を始めます。狭間陸さん、地球に降りる許可が下りたので、必要事項を伝達します」
友香はいつもどおり淡々と話し始めた。カンペも何も存在しない。
「地球で生活するにあたって禁則事項がいくつか存在します。当然のことから。螺旋計画は極秘計画となっています。その内容を他人に口外しないこと。身分を求められたときはこちらのカードを提出してください」
友香はそう言うと、1枚のカードを取り出した。
そのカードには身分が書かれていて、配線作業員と書かれていた。
「TS18コロニーで配線作業員としてアルバイトをしているという体で装ってください。会社名は「株式会社新日本電子テクノロジー」です。実在するコロニー開発事業を行う小さな株式会社です。作業内容は機材の運搬と部品接合とだけ伝えてください。時給は2880円で、こちらの通帳に4か月の給料振込実績があります」
今回の地球帰還のために色々な用意がなされているようだった。
「次に地球滞在中は自分の安全確保を優先してください」
陸はうなずいた。
「あなたの通っている東京都立新鋭高等学校ですが、休学扱いとなっています」
「そうですか」
こうなった以上、もう学校に復学することはできないだろうが、一種のもどかしさがあった。
通っているときはいつでもやめてしまいたいと思っていたが、距離を置くと懐かしさを感じずにはいられなかった。
「こちらがあなた専用の携帯機です。あらゆる連絡はこれを利用してください」
友香は携帯機を取り出した。
「あなたのご自宅ですが、そのままで確保されています。安全確保のため、あなた専用の官邸の部屋が用意されているそうです。生活はそちらの官邸でお願いします」
陸は頷いた。
「ここまでで何か質問はありますか?」
「えーっと、じゃあ」
陸はアイルのことが気になったのでそのことに尋ねることにした。
「アイルさんは休暇の間、どうなるのですか?」
「それは私の管轄外です」
「そうか……もしよければ一緒に地球にいけたらと思ってたんだ。アイルさん、金閣寺に行きたいとおっしゃってたから。それと沖縄にも」
「あなたが望むなら要望を出しておきますが、ご自身の休暇を優先されたほうがよろしいかと。いえ、私に意見する資格はありませんでした。申し訳ありません」
友香はロボットのように謝った。
「もう1つ、友香さんは休暇はどうするの?」
「あなたの休暇の間は優秀なボディガードが就きます。要人護衛任務のスペシャリストです。そこはご安心を」
「いや、友香さんは休暇はどう過ごすのかなと思って。何かやりたいこととかあれば僕が協力しようと思うんだけど」
「私はコロニーに残る予定です。部屋で休暇が終わるまで待機です」
「え?」
陸は友香のほうに目を向けた。
いつも通りの友香のように見えたが、陸にはどこか寂しそうにも見えた。
友香の母親は行方不明になった。
話によると新総裁を決める総裁選挙が行われるのだという。
友香に心があるのならば、きっと悲しみがあるはずだ。
陸は決心して口を開いた。
「じゃあ、友香さん。僕と一緒に休暇を過ごしてください」
「……」
「一緒に地球に行こう。もし許可が下りたらアイルさんも一緒に」
陸がそう言うと、友香はわずかにだけ視線を落とした。
「あなたの要望でしたら従います」
友香はいつも通り、淡々とそう答えた。
陸の地球帰還の日、地球行きの宇宙船が手配された。
「M25コロニーから日本第一宇宙ステーションに向かいます。そこで高速宇宙エレベーターで名古屋宇宙空港に降ります。そこに車が手配されていますので係員の先導で乗車してください。名古屋新高速道でそのまま東京の官邸に向かいます」
「うるっさいわね、塩女。そんなもん周りの雑用に任せとけばいいのよ。それより名古屋と言ったら名古屋ドームでしょ。名古屋ドームで野球とかいう旧時代のスポーツやってんでしょ。石器時代の文化、貴重よ。この目に収める価値があるわ」
友香とは対照的なテンションでアイルが割って入った。
アイルの地球行きを要望したところ、あっさりと許可が下りたため、アイルも陸の地球帰還に同乗することになった。
管理庁に言わせると、要人はまとめたほうが管理しやすいという狙いがあったようだ。
陸、友香、アイルの三人衆で地球に行くことになった。
「私はあなたが地球に向かうことには反対でした。異星人が地球を訪れるのは問題があると思いまして」
「馬鹿じゃないの、あいにく私は地球には行ったことあるんで。母の破廉恥な仕事の都合だけどね」
「あ、そういえばサイン会があったんだっけ。10年ぐらい前。そのころは僕もまだ子供だから覚えてないけど……」
「あんた、うちの母親で自家発電するなって言ったでしょうが!」
アイルは陸の頭を押さえつけた。
「やめてください。狭間陸さんに対する暴力行為は認められていません」
そのアイルの手を友香が振りほどいた。友香は意外と力が強く、この三人の中では最も力強かった。
宇宙船を待つスタッフたちは三人のやり取りを不思議そうに見ていた。
これがあの宇宙の未来を左右する螺旋の搭乗員なのかと言われると、信じがたい気持ちになった。
アイルも垢が抜けて、今では地球にやってきた旅行人のようにしか見えなかった。
「そろそろ搭乗時間です。こちらへ」
スタッフが搭乗を促した。




