25、地球の文化
螺旋が地球陣営に渡ってから初めての首脳会談が予定された。
外交筋のやり取りや電話の会談は行われたが、どちらも要点を避けたがった。
次の会談は本格的に今後の未来を左右する大事なものとなる。
会談は2週間後。議会は会談の方向性を議論するために毎日のように会議を開いた。
会議が重なるたびに、徐々に螺旋の軍事利用が望ましいという意見で一致するようになっていった。
その間、螺旋計画は当面の予定通りに遂行されることになった。
陸は毎日訓練に出た。
午前中は軍の宇宙飛行訓練、午後は体術の訓練、その後は学問やチェスの指導もあった。
陸は懸命に取り組んだ。
地球にいたころは熱心に取り組むことは何一つなかったが、螺旋と出会い地球を背負う者としての自覚が芽生えた。
陸の訓練には友香が同席した。
友香は螺旋には搭乗しなかったが、それ以外の場では常に隣にいた。
手帳に予定が書かれていて、友香は1つ1つボールペンで消していった。
次の予定には「アイル・ノート氏の見舞い」と書かれていた。
「今日の重要な予定はすべて終わりです。この後、どうされますか?」
M25コロニーの軍事施設が集中するエリアから寮のエリアに入ったところで、友香が陸に尋ねた。
「この後はアイルさんに会いに行かないと。頼まれていたんです、地球の昔の漫画をデータに入れて持ってこいって、そっれで用意したんだ」
陸は四角いメモリを取り出した。今ではほとんど使われていないメモリだが、親指の大きさで100億テラバイトのデータが入る。
「それなら私がやりますけど。パソコンに転送すれば終わる話ですから」
「いや、手渡しのほうがいいと思って。アイルさん、アナログのほうが好きだと言ってましたから、今度プリントアウトをしてあげようかなと」
「それなら私が依頼しますよ。明日も訓練の予定がしっかり入っています。休養を優先されたほうがよろしいかと」
「大丈夫だよ、友香さんも一緒に。アイルさんの通訳が必要だから。急ごう」
陸は嬉しそうにそう言って早歩きになった。
友香は少し遅れて歩き始めた。
アイルが地球陣営に囚われてから3週間が経過した。
3週間も経つと、囚われているという緊張感も、何とかアルマゲストのためにという気持ちも薄れてくる。
アイルは最初こそ病室から出なかったが、最近は地球の文学を読み漁り、地球のグルメをたくさん取り寄せて楽しんでいた。
今回も病室にはおらず、寮の部屋に入っていた。
敵螺旋のパイロットということでたいていのわがままは通用したため、最近、アイルはその特権を最大限利用していた。
陸がアイルの部屋を訪れると、アイルは口にキャンディーを咥えて現れた。
彼女の対応力の高さか、最初からこのコロニーの住人かと思うほど垢抜けた様子だった。
「ああ、来たのね、特別に入れてあげるわ」
アイルはそう言いながら陸の後ろを覗き込んだ。
「この女も一緒。いつも一緒にいるわね、あんたたち。できてんの?」
アイルの日本語はわずかな間に上達していた。
「私は狭間陸さんのお手伝いとして勤めています。これは仕事ですので、お供させていただきます。あなたが狭間陸さんの首を絞めて殺すようなこともあるかもしれませんから、武装しております。悪しからず」
「うーわ……」
アイルは友香のスーツの先に光る拳銃を見て目を細めた。
「こっちは尖ったものも自殺の道具も全部取り上げられてんのよ。アンフェアよ」
「別にあなたが何もしなければ私も何もしません」
「あのー……」
陸の入り込む余地はないほど、二人の対立は鮮明かつ強烈だった。
アイルの部屋は最初地味で広いだけのものだったが、短時間のうちにデコレーションが進んでいた。
「シャンデリアってやつを入れたのよ。風流でなかなかね」
「はー……」
陸は天井を見上げた。実物をこうして見るのは初めてのことだった。
「振袖ってやつを取り寄せたんだけど、装備の難しい服装って話じゃない。あんた、日本人だから知ってるでしょ? どうやって装備すんの?」
アイルは鮮やかな美しい振袖を持ってきた。
「はー……それは僕もわからないかな……」
「日本人のくせに? なんで知らないの?」
「いや、ごめん……」
「そのようなことはフロントに要求すれば、京都から専門家が駆けつけてくれますよ」
「ちっ、面倒なやつ。こういうの横槍を入れるって言うんでしょ? 日本語は物騒な言葉が多くて驚くわ。猫に小判って、猫になに食わせようとしてんのよ」
アイルは友香の介入に嫌そうな顔をした。
「で、話変わるけど、漫画は?」
「ここに入れてきました。1980年代までさかのぼってデータを入れてもらいました」
「そうそう、これ読みたかったのよ」
「アルマゲスト語に翻訳したものは半分ぐらいなんだけど」
「ばーか、そんなもんいらないわよ」
アイルは壁に備え付けた巨大なモニターに漫画作品を映し出した。
「もういいわよ、この女連れて愛の巣に戻ったら」
「いや、僕たちは別に……」
「狭間陸さん、そろそろお戻りになるべきです。食事の時間を遅らせると睡眠に支障をきたします。体調を崩す要因になります」
「あ、うん」
アイルは陸と友香のやり取りを見て苦笑した。
「おもしろ、あんた漫画のヒロイン演じてんの? 笑っちゃうんだけど」
アイルはさんざん笑った後、唐突に不機嫌な顔つきになった。
「そういうのは私のいないところでやってね。とっとと帰っておととい来やがれ!」
アイルはそう言うと二人を部屋から追い出した。




