23、新たな秩序へ
螺旋の力を取り戻した陸は半壊した敵螺旋を抱きしめるように確保した。
超螺旋の力を受けてもなお敵螺旋は完全には破壊されていなかった。
螺旋の研ぎ澄まされた感覚がアイルの生存を感じ取っていた。
「帰還しよう。友香さん、太陽系の方角はわかりますか?」
「……回れ右」
陸はうなずくと、回れ右をし、敵螺旋をしっかりと抱きしめたまま全速力で駆けだした。
この日、宇宙に激震が走った。
螺旋が敵螺旋を半壊させた状態でM25コロニーに帰還した。
アックスをはじめ、螺旋計画に関わった者たちは陸を英雄とたたえ、祝福した。
しかし、今回の戦いにより、友香の母親であり日本の総理大臣である恵梨香は消息不明となった。
アメリカ大統領のケネディも手放しでは喜べず、不安なまなざしで帰還した螺旋と半壊した敵螺旋を見上げた。
「これから起こることは……我々のこれまでの歴史を超越したものになっていくだろう。神の領域に足を踏み入れなければならない」
「遠くを見すぎていては大統領の職務は務まりません。今を見るべきです。螺旋2機を手中にしたいま、アルマゲストとの戦争は我々が勝利したも同然となりました。これは喜ぶべきことでしょう。次の中間選挙を見据えれば少なくともスマイルですよ」
秘書はそう言って笑ってみせたが、ケネディはうつむいて難しい顔をした。
「次の選挙は敗北が勝利だよ。この先の人類を任されるにふさわしい存在は神以外にない」
ケネディはそう言って遠くない未来の姿を頭に描いていた。
アイルは無事だった。
コロニーに帰還してから約7時間後に意識も戻った。
医師は脳震盪、右腕の骨折と診断した。
あれだけの攻撃を受けてもこの程度で済んでいるということはやはり螺旋には並々ならぬ力があるということなのだろう。
半壊した螺旋も自己修復されていった。
科学者は螺旋が修復されていく様を「プラナリアが再生していくかのよう。もしかしたら螺旋は生命体なのかもしれません。あるいは天使か悪魔か……」と説明していた。
アイルとの面会が許されると陸は走って医務室に向かった。
友香はそんな陸の後ろ姿をぼんやりと見ていた。
アイルの病室は厳重な監視下にあった。
螺旋の搭乗員という肩書はいまや世界で最も重要なもの。
アイルは特級要人としての扱いで管理されていた。
陸が病室に向かうとアックスの姿もあった。アックスは陸を見つけるといつもの満面の笑みを浮かべた。
「よう、陸。お姫様に会いに来たのか?」
「ええ、まあ」
陸は頭を下げた。
「同じ螺旋のパイロットだ。仲良くやんな。おれが秘策を教えてやるよ、いいか」
アックスはいつもの調子で体を使いながら秘策を話し始めた。
「愛とはすなわち、愛だ! 愛は愛。そしてハートだ! 気合を示せ。ハートが出てくるだろ、ほら、ふんふん、ふん!」
アックスは謎めいた秘策を話してポーズを取った。その姿は唖然として見ているしかなかった。
しかし、アックスの背景には本当にハートマークがあるようにも見えた。
「よし行ってきな。お前ら邪魔するな。愛を邪魔するやつはおれはぶん殴るぜ」
アックスはそう言って警備仲間たちに訴えた。
陸はアイルと面会した。
アイルは元気そうだった。陸の姿を見ると不機嫌そうに目をそらした。そのしぐさを見ると、容態は良くなっていると見て間違いなさそうだった。
陸は近くにあった豪華な椅子を持ってきて腰かけた。
「具合はどうですか?」
陸が尋ねると、アイルは腕を組んだ。右肩が傷んだのか、すぐに腕を振りほどいて、陸に不機嫌そうな横目を向けた。
「最悪つーとんじゃ!」
アイルは独特な言い回しの日本語で答えた。
「囚われの身、囚人? 牢の中の人、容疑者、共犯者、心中、テロリスト」
アイルは知っている単語をどんどん連ねた。
要するに自分は地球に囚われてしまった身なので、気分がいいはずがないと言っているのだ。
「アイルさんは囚人ではないですよ」
「あーた、なぜ来た? いらない、帰れ、ヤンキーゴーホーム」
アイルは元気そうだった。
意図的に陸とは距離を取りたがっていた。陸もそれがわかったから、ここで言葉を止めて微笑して目をそらした。
陸に向けていたアイルの瞳は徐々に上方に動いた。
「xb?」
「え?」
陸はアイルの視線の先を追った、
陸は視線を追いかけるように振り向いた。
視線の先には友香の姿があった。
友香はアイルに対してもいつもと変わらず無表情で見ていた。
「xxxyxbxxxxbxxxxybxyb」(あなたは負けた。地球人の温情で生きていることは自覚してください)
友香はアルマゲストの言語で早口に紡いだ。
「xxb? yxbbb?」(なにこの女? 誰が負けたって?)
アイルは友香のたった一言で激昂した。
「xxxb? ybxbbxxxyl」(あんた何様? 見たところ人形みたいな使いっパシリに見えるけど)
「xybbglllgxng」(私は地球螺旋の搭乗員である狭間陸パイロットのサポート役です)
「xxyb? xxvyxy、yxy」(こいつの女? 女連れて戦ってんの、このでくの坊男)
陸はアイルと友香を順に見た。何を話しているかわからないが、少なくとも有効な関係ではないことは確かだった。
「yxzzxxyx。xbxyyxlx。xbyyykxmxxxyx」(宇宙の秩序は変わりました。あなたはもう宇宙の舞台の中心ではありません。あなたはただの異星人の居候ということを自覚してください)
友香がそう言い終えると、アイルは何もしゃべらず口を九の字に結んだ。
「bbxxybxbxxyx、yyxxhx、xbxv」(地球人が宇宙を支配するなんてありえない。いつか天罰は下るわ、あんたの頭にね)
アイルは怒気を緩め、声のトーンを落として言った。
言い終えると二人から目をそらし、ベッドに横になった。
「あの、なんて言ったの?」
「言うべきことを言いました。狭間陸さん、これからケネディ大統領が出席する会議があります。地球の未来がかかった会議です。欠席はできません」
「あ、はい」
「では会議室にご案内しますのでついてきてください」
友香はそう言うと、そそくさと歩き始めた。
「あ、待って」
陸はアイルのほうをちらりと見た。アイルはベッドに横たわって陸のほうに背中を向けていた。
これからのことはわからない。
未来がどうなるか。
地球の未来、宇宙の未来。
陸が願ったことは争いのない、みなが仲良く過ごせる未来。
そのために螺旋はありたいと思った。
特別なことではない未来のために。
陸はアイルのほうに頭を下げ、きびすを返した。
病室を後にして友香の背中を追いかけた。
陸が出ていったあと、アイルは手のひらに何やら文字を書いた。
「狭間陸……ふん、難しい字。これだから日本語、嫌い」
アイルは目を閉じた。




