17、消えた螺旋
螺旋2機が消失した。
螺旋の消失は地球陣営もアルマゲスト陣営もすぐに把握した。
どちらか一方の螺旋だけが消失したのなら、宇宙戦争に激震が走るところだったが、両者消失では元の木阿弥であった。
ケネディはアーマードと緊急会談を開くことになった。
もちろん螺旋についてだった。
今回の会談はケネディがアルマゲストの支配する銀河に向かう形で行われた。
螺旋が消失した暗黒宇宙から20万メートル離れたあたりに航路が設けられている。
地球とアルマゲストをつなぐ宇宙航路はローラの光が年中当たる場所であり、ローラの研究ならびに、ローラ光の利用によってコロニーが形成されている。
ローラ光によって育つ作物は遺伝子が変化していくことが確認されている。
農学者はこのように説明している。
「ローラ光は進化の礎になったのかもしれない。生命体の起源は諸説あるが、タンパク質が原核生物に進化する過程で、ローラ光の影響があったという説は十分に有力な仮説だ」
生物がどこから来てどこへ行くのかという生物学最大の課題を紐解くうえで恒星ローラは重要な立ち位置にあった。
恒星ローラに関しては地球とアルマゲストの間で条約が交わされている。
ローラ光の利用は地球、アルマゲスト双方に権利が与えられている。むろん、ローラの光を故意に妨げることはできないのだが。
宇宙戦争の間にも、6か月に1回、この条約を確認する交流が行われ、地球ではその交流がニュースで報道されている。
ケネディの部屋から宇宙船が飛んでいくのが見えた。
あの宇宙船は地球とアルマゲストが合同で参加する「螺旋の捜索および調査」を名目とする宇宙船だった。
螺旋が消失した後、螺旋の正体を知る者たちによって、螺旋消失の調査が行われていた。
ケネディは螺旋の調査を日本の総理大臣である恵梨香に任せて、アーマード元帥との会談に臨んだ。
会談はアルマゲストの前線コロニーの1つ「キューリストKX番」で行われた。
敵螺旋計画の要衝になったコロニーの1つだという。
会談が始まると、ケネディはアーマード元帥と握手をした。
「螺旋の消失。これは我々にとって想定外のことでした」
ケネディがそう言うと、アーマード元帥はうなずいて、
「我々にとっては想定外の想定外でした。螺旋の神官、アイル・ノートは我々の考えに反して出撃し、そして今回の結果の通り」
アーマード元帥は困った顔を見せた。
敵螺旋の攻撃は、アルマゲスト陣営も想定していないことだったという。
ケネディはアーマード元帥の言葉を信じることにした。
仮に螺旋消失がアルマゲストの計算通りだとしても、地球側に他にできることはなかった。
「いま科学者たちが消失ポイントを調べています。今のところブラックホールの影響が示唆されています。消失ポイントから最も近い十分質量のブラックホールは「ダーカー21」、距離は約2540万キロ。理論的には影響は考えにくいのですが、恒星ローラ付近の観測は理論に反する値が頻繁に出ていますからあるいは」
「申し訳ないが、私は科学に詳しくない。後で大臣に対応させましょう」
アーマードは話題を変えた。
「問題は螺旋が帰還できるかどうかでしょう。ケネディ大統領、どうお考えですか?」
「螺旋の力は科学の外です。それは私だってわかりません。むしろアーマード元帥のほうが得意ジャンルではないかと」
ケネディは宇宙工学部を卒業している。アーマード元帥は考古学部を卒業している。
螺旋の本質にどちらが近いかというと、アーマードのほうなのかもしれない。
「螺旋の神話にはある一節があります。神のみが入りうる聖域があり、時が来れば、聖域の扉が開かれ、宇宙に生命の本質を啓示すると」
「……」
科学の側にいる者としては応答する言葉がなかった。
「時を待つしかないでしょう。我々にできることは戦いを中断することぐらいかと」
アーマードはそう言った。
しかし、すぐに停戦を合意することはできなかった。
停戦となると、大統領としてさまざまなことを考えなければならない。
つい最近、軍事産業に数百兆円もの予算を組むことを発表したばかりだった。
宇宙戦争に関わっている利権の大きさは大統領の権限をゆうに超えた。
陸が意識を取り戻したとき、眼前には青い光と赤い光がきれいに調和した世界が見えた。
天国と言われれば信じることができるような世界だった。
「温かい……」
陸はこれまでに感じたことのない心地良さを感じていた。同時に懐かしさもあった。
生まれる前はこのような心地だったのかもしれないと思った。
ここは生命が生まれる前の世界なのかもしれない。まだ宇宙が始まる前の世界なのかもしれない。
すべてが眠りについているゆりかごの世界。
この中に居続けることができるのなら、生まれてくる必要などなかったのではないかと思った。
「……」
陸は手を伸ばした。
生命はこの温かくて心地良い世界からどうして出ようと考えたのだろう。
陸はそんなことを考えていた。
陸は心地良さに誘われて、このまま目を閉じようとした。
目を閉じてしまえばすべてが解決すると思った。
争いもない、苦しみもない、不安も、悲しみも何もかもない。それは天国と呼べるような世界。
陸が目を閉じようとした瞬間、陸の視界に少女の姿が現れた。
閉じようとした目が開かれた。
「君は螺旋の……」
陸の視界に現れたのはアイル・ノートの姿だった。
先ほどまで命をかけて戦った少女だと確信した。
陸は初めてアイルの姿を捉えた。
初めてアイルを見た。
初めて恋をした。
手を伸ばした。
その手は届かなかった。
陸がそのときに感じた鼓動は「誕生の鼓動」だった。
生命が生まれるたった1つの目的、たった1つの理由、たった1つの運命。
陸は鼓動に導かれ、その身をゆりかごの外に放り出した。
「いてっ!」
陸は唐突に草むらに放り出された。
先ほどの心地よかった場所とは打って変わって肌寒くて乾燥した場所だった。
大地は硬く、草は枯れ気味だった。楽園とは程遠い場所だった。
「bbk?」
地面に転がった陸に何者かが声をかけた。楽園とは程遠い素っ気ない声だった。しかし聞き覚えのある声だった。
「あっ」
「bkbk?」
「君はひょっとしてアイル・ノートさん?」
陸が見上げた先に美少女がいた。
それは地球人ではなかった。ハビオン原人の特徴である翡翠の光沢が見えた。
それらの情報から陸は目の前で仁王立ちしている美少女が敵螺旋の搭乗員であるアイルだと確信した。
「あーた、まさかの中の偽螺旋の神官のことか?」
アイルも目の前にいるのが陸であることをすぐに確信して、つたない日本語を返してきた。
二人はこのとき初めて顔を合わせた。
歴史がまた1つ動いた瞬間だった。




