16、逃れられぬ戦い
陸は敵螺旋を操るアイルと懸命に交渉した。
アイルも懸命に日本語で応答してくれたが、話はかみ合わなかった。
アイルは戦う意志を前面に押し出してきた。
最初は日本語を使っていたが、やがてアルマゲストの言葉で何か強い主張をしてきた。
陸は言葉の1つ1つは理解できなかったが、アイルが戦闘の意志を強く持っていることだけは確かだった。
アイルはアルマゲストの言語でこのように主張していた。
「私が望むものもあんたと同じ平和。じゃあ、平和とは? 唯一神とそれに跪く者たち。大きな力が分裂すれば、その分だけ対立が生まれるのよ。あんたの偽螺旋はその象徴。その偽の神様が対立を生み出しているの。大きな力は1つあればいいの。私の力だけでいいの。私は善良な神様よ。人々のために尽くすし、富を独占したりしない。困った人は助けるし、自己犠牲も払う。そんな神様になると私は自分に誓った。だから、私が本物の神様になれば、平和が訪れる。だから、その偽物の螺旋を破壊することが平和への道」
陸はアイルの主張を言葉としては理解できなかったが、口調や雰囲気から本質を掴み取っていた。
陸は日本語で返した。
「僕も地球を守るためにここに来たんだ。地球は破壊させない。地球には大事なものがたくさんある。僕が守らないといけないんだ」
このとき、陸が真っ先に思い浮かべたのは友香の姿だった。
螺旋計画が始まって以来、陸は最も意識する存在だった。
それは地球のためという大義名分ではなく、個人的な感情かもしれない。
友香一人のために、他のすべてを破壊できる気がしていた。
「じゃあ、決めるわよ。どっちが神様になるか。人類の未来を決める戦い」
アイルはそう言うと、螺旋を起動した。
強い赤い光が放たれた。ローラの輝きを跳ねのけるほどの強さだった。アイルの闘争心を乗せているかのようだった。
陸も拳に力を込めた。
陸の螺旋が放つ光は青い光。地球の輝きに似ていた。
両者は衝突した。
すさまじいエネルギーが暗黒宇宙にこだました。
前回の時とは比べ物にならない力だった。
アイルは命をかけてぶつかってきた。陸にもそれがわかった。
「やるしかないのかよ! くそ!」
陸は敵螺旋を跳ね飛ばした。
そして、アックスから習ったワンツーをぶちかました。
したたかに敵の螺旋を打った感触があった。
敵螺旋は一瞬にしてすっ飛んだ。
「やるじゃないの……初めて殴られたわ……」
アイルはささやくように言った。
戦闘の心得はこれまでになかったようだ。陸はアイルの姿を見たことはなかったが、想像するにおそらく少女。
地球の言語を多く学んでいるところを見ると、勉強熱心な少女と思われた。
大学生か大卒の社会人ぐらいか。
陸もアルマゲストの事情は少しだけ心得ていた。
アルマゲストは地球以上に教育を重視していて、朝から夜遅くまで授業が組まれる教育システムだという。
小学生の時の先生の言葉が今でも記憶に残っている。
「アルマゲスト人は朝の7時から夜の9時まで勉強するぞ。学校をさぼって、朝の7時から夜の9時までゲームをしているやつら、アルマゲスト人との差は開くばかりだぞ」
陸は学校を終えると勉強することはなく、自堕落に過ごしていた。
どっちが宇宙の支配者にふさわしいかというとアイルなのかもしれない。
しかし、だからと言って負けられない。いまは殴り合いで神の座を決定する世界観。
陸はアックスに教わった格闘技で敵螺旋を叩いた。
戦闘は陸が優位だった。
というよりも、陸の攻撃に敵螺旋は防戦一方になっていた。
か弱い女の子を一方的に打ちのめしているな様相を呈していた。
それでも、陸は拳を止めなかった。
何度目かの一撃。
螺旋の拳が敵螺旋に明確に損傷させた。
陸の目からもはっきりと分かった。敵螺旋の前足の一部が砕け散ったように見えた。
人間同士の戦いであれば、右腕の骨折に相当するような損傷だったかもしれない。
「負けてたまるか!」
それでも、敵螺旋は向かってきた。
陸はカウンターの要領で敵螺旋に拳を炸裂させた。
陸の力がいまいちでも、螺旋の力が相乗され、敵螺旋の勢いも相乗された。
敵螺旋の動きが止まった。
「大丈夫?」
陸は思わず、アイルの心配をした。
この戦いは宇宙の命運をかけるものだったが、終始そのような雰囲気ではなかった。
この戦いは必要のない戦いだったのではないかと陸は感じていた。
陸が攻撃の手を止めた瞬間、敵螺旋は負傷の中でも気にせず立ち向かってきた。
「bbbbb! kkkkk!」
アイルは大きな声で叫んだ。言葉はわからなかったが、必死さが伝わってきた。
敵螺旋は負傷した右前足を大きく振るった。
すでに威力はなく、陸はその右前足を掴み上げた。
「もうやめろ、無意味だ! こんなことで何になると言うんだ」
陸も声に怒気を込めた。
この戦いをどちらかが滅ぶまで続けるものにしたくなかった。
和解に持ち込み、2つの世界を残す道があるはずだと陸は考えていた。
しかし両者の主張はかみ合わなかった。
敵螺旋が火事場の馬鹿力とも呼べるような力を発揮してきた。
敵螺旋は自らをホールドしている螺旋の腕を振りほどき、最終手段に出た。
噛みつき。
陸は鋭い痛みを覚えた。
「やめろ! 死にたいのか?」
「死ぬことが怖くて戦うこといくことできるか!」
アイルは必死の日本語をぶつけてきた。
たしかに戦うというのはそういうことなのかもしれない。
かつての軍隊の兵士たちもおそらくは命をかけて戦場に出ていたのだろう。
陸は自分の甘さに気づいた。表上は勇ましく見せても、肝心なところでは命をかけることはできなかった。
目の前の存在を殺めることでさえも。
螺旋という圧倒的力をクッションにしていただけで、陸は戦う意志は持っていなかった。
敵螺旋は命がけの攻撃を螺旋にぶつけた。
螺旋の体にも損傷が発生した。
陸はこれまでに感じたことのない痛みを覚えた。
これが鋭利なもので貫かれる痛みなのだろうか。
ならば、アイルも同じような痛みを覚えているかもしれない。
「君は痛くないのか?」
陸は懸命に損傷した敵螺旋の右腕を引っ張りねじった。それでも敵螺旋は離れなかった。
「痛いことで止まることするか!」
アイルが日本語で叫んだ。
損傷した右腕をねじられる痛みは相当なものと思われた。
骨が、関節が、神経がねじ切られる痛みなんて想像もしたくなかった。
だが、敵螺旋は根性を持って立ち向かってきた。
両者の戦いは突然に終了した。
押し合いをしている最中に、突然何かに引っ張られた。
かなり強い力だった。
陸の体は突然落下に入った。
何かに吸い寄せられているようだった。
宇宙に何かを吸い寄せるものはいくらでもある。
螺旋計画が始まって、陸は宇宙について多少なりとも勉強していたから、正体はすぐにわかった。
「ブラックホール!」
陸はブラックホールの重力に吸い寄せられていることを悟った。
陸は科学者から聞いた話を思い出していた。
「ブラックホールの重力は光を閉じ込めるほど。わかるかね? 数万マッハの高速移動とはわけが違う。この世で最も速いものを閉じ込めてしまうんだ」
その言葉の通り、それは逃れられぬ力だった。
螺旋と敵螺旋はすでにブラックホールに囚われていた。
最初はゆっくり、徐々に加速度的になり、2つの螺旋の姿は見えなくなった。
その先には黒い何かがうごめいていた。
ローラの輝きがブラックホールを照らし出していた。
もしかしたら、ローラの光はブラックホールをも突破できるものなのかもしれない。




