15、螺旋の衝突
ケネディから陸に出撃要請が出た。
陸は友香、アックスと共に螺旋が収納されている格納庫にやってきた。
科学者が現状を陸に説明した。
「以前衝突したのを覚えているでしょう。敵の螺旋です。敵螺旋はいまこのCポイントを飛行中。太陽系への到達時刻はおよそ3時間後」
科学者はタブレットを陸に渡した。
陸は神妙な表情でタブレットに目を落とした。
「敵螺旋の攻撃力はまだ未知数。太陽系への侵入は何が何でも止めなければなりません。先ほど核兵器による防衛策が展開されましたが、敵螺旋を止めることはできません。冥王星の最寄りのコロニーから再度核兵器を使用する準備が進んでいますが、おそらく効果はないでしょう。となれば……」
陸はみなまで聞かずにうなずいた。
「僕が何とかします」
「おおっ、陸、やるな、その男気!」
アックスがこんなときでも陽気に陸の頭を押さえた。
陸はいま衝動的な正義心に駆り立てられていた。
自然と体に熱を帯びるのがわかった。
敵螺旋を止めることができるのは自分だけと自覚していたから、人生で初めて武者震いを感じていた。
しかし、それだけではなかった。
陸の脳裏に敵螺旋の存在が焼き付いていた。
ひっかき傷の痛みはまだ鮮明に思い出すことができた。
あの赤い螺旋と対峙することは宿命なのかもしれない。
螺旋はM25コロニーから出撃した。
友香やアックス、恵梨香やケネディが見守る中で、螺旋は飛び立っていった。
「陸、ファイトだ!」
アックスは陸にまで届かんかというような気合で声を張り上げた。
太陽系のはずれまで螺旋はサポート機と共にやってきた。
目の前に広がるのは暗黒宇宙帯。
ここからは通信も途絶える。
「陸……健闘を祈る。地球を……守ってくれ」
ノイズが混じる中、陸はケネディの言葉をしっかりと受け止めた。
「地球を守るよ、僕が」
陸は暗黒宇宙の先を見つめた。
「もう一度あの螺旋をこの視界に」
陸は戦いを前にする男の心境ではなかった。
まるで恋人に会いに行く前の少年の心地にあった。
早い鼓動は戦う男の闘志でも勇気でもなかった。
螺旋は暗黒宇宙帯に足を踏み入れた。
太陽系を離れ、長らくずっと人の目が届かない世界の国境をまたいだ。
本当に世界が変わったかのような感覚があった。
太陽系とこの暗黒宇宙帯は別世界のようだった。
科学者から聞いたことがあった。
「暗黒宇宙帯はずっと正確な観測ができなかったんだ。ローラの光を正しく観測できなかったのです。初めてローラを発見したとき、宇宙物理学に革命が起きたのです」
暗黒宇宙帯はこの世界の科学の常識を覆す世界。
もしかしたら、そのような世界が宇宙にはたくさんあるのかもしれない。
観測上の「ペルセウス座」や「おとめ座銀河」ももしかしたら、実体は観測を超越した世界なのかもしれない。
ローラの輝きはたしかに魔力に満ち溢れたように見えた。
「光じゃない、光だ」
陸はローラの輝きをそのように捉えた。
「宇宙の果てには本当に神様がいるのかもしれない」
陸は直感でそのように思った。
もし、神様に会えたなら、それはどんな姿で、どんな力を持っているのだろう。
宇宙のすべて、螺旋さえも掌握しているのだろうか。
自分と同じような姿をしているのか、姿なんてないのか……。
そんなことを考えているうちに、敵螺旋を感じるエリアまでやってきた。
ローラの美しい輝きに異彩を放つ何かが現れた。
螺旋と一体化して超人的な視力を持つ陸にははっきりと敵螺旋の姿が見えた。
「来た」
陸は目に力を入れた。
陸は地球を背負っている身。この戦いは決して負けられなかった。
アックスとの訓練の成果を発揮できれば、以前の衝突とは同じ結果にならないはずだ。
陸は拳を構えた。
そのとき。
「bxmmmkkk!」
鋭い少女の声が轟いた。
「bllbklvlc?」
聞きなれない言葉だったが、たしかに陸は少女の声を拾っていた。
「敵螺旋からか? この言葉は……」
陸が通っていた高校では、アルマゲストの言語を選択科目で履修することができるようになっていた。
陸は中国語を選択したので、その言語を学習しなかったが、選択するに際し、最初の1時間だけアルマゲストの言語の講義を受けていた。
そこでは、アルマゲスト言語の口語をいくつか発音したことがあった。
食べる、見る、学ぶと言った動詞や「あなたは素晴らしい」などの形式的な言葉を発音したことがあった。
「bbllblbkbk」
陸がそう言うと、すぐに少女の言葉が返ってきた。
「kkkbbbmmmrrr」
「間違いない。敵螺旋からだ。会話ができるのか……」
このあたりの宇宙帯は電波を媒体するものがない。このあたりで発見されている「シン・エーテル」は電波をゆがめる作用があり、現代科学が持つ通信手段は十分に通用しなかった。
しかし、少女の声ははっきり聞こえる。螺旋の特別な力なのかもしれない。
「君は誰だ?」
陸は大きな声でそう言った。
すると、少女が返してきた。
「日本語? あーた、日本国がところの地球人?」
独特のなまりのある日本語が帰ってきた。外国人が日本語を学んだ際のなまりそのものだった。
「僕は日本人です。あなたは?」
「厄介ですことでござりまする。ちょっとの距離だけ勉強した言語。わからんことばっかりでがんす!」
少女はなまっていておかしな言葉遣いだが、日本語を無事に操っていた。
「僕の言葉がわかるか?」
「距離がちょっとの勉強の言語!」
伝わっている。それならば、戦う必要はないと陸は考えた。
陸は螺旋を減速させた。
「止まってください、お願いします」
「願い事が止まれの丁寧語ってことね」
しっかりと通じたようで、敵螺旋は動きを止めた。
陸も螺旋を停止させた。
「私のことにある名前はアイル・ノート。あーたのことにある名前は?」
「僕は狭間陸です。螺旋の搭乗員です」
「とじょいん?」
「螺旋に乗っている人は自分です!」
陸は相手に合わせて言い直した。
「それは正しいことのはずれのことです」
「は?」
「私は螺旋に乗っていることの人。螺旋は自分の乗ってることの側に正しさがあること。自分の側と違うものは偽のことにある螺旋」
アイルと名乗った少女は苦労しながら懸命に日本語をしゃべった。
どうやら自分の螺旋が本物で、地球陣営の螺旋は偽物と言いたげだった。
どっちが正しいかなんてことは立場によって変わるだろうから、陸は付き合わなかった。
「僕に戦闘意志はありません。そちらも戦闘を中断してください」
とりあえず、陸は自分に戦闘意志がないことを伝えた。
「……銭湯? 石? 中段? は?」
「僕は戦うこと嫌いです。そちらも戦うこと好きじゃないことにしてください」
陸は言い直した。
「私は戦うこと好きじゃない。当たり前田のクラッカー!」
アイルは真面目にそう言った。いったいどのような教科書で日本語を勉強したのだろうか。
「じゃあ、戦うことしない。それでいい?」
「それと分かったということとそれと違うこと。あること。好きということ嫌いということ、関係のことやることに違うことになる」
ものすごく日本語に苦労していてどうしても意思疎通ができない。
「とにかく戦わない」
「トニー?」
「戦わない。話をすることで解決しよう」
「貝? ケツ?」
「話をすることで、わかることをしよう。戦わない」
気が付くと10分が経過しようとしていた。陸は改めて日本語の難しさを実感した。




