13、アルマゲストとの会談
「ワンツー、ワンツー、腰を入れろ。腕を回せ、だが、すべてはハートだ。ハートにみなぎる闘志を刻み込め!」
陸がアックスの熱い指導を受けている最中、地球は慌ただしかった。
地球とアルマゲストの会談がスイスで行われる。
地球防衛軍から距離を取ったヨーロッパだが、スイスは今日までずっと永世中立国として独自の路線を突き進んできた。
軍事的な係わりはずっとヨーロッパと同調してきたが、EUが離脱した後もスイスは進退を保留してきた。
アルマゲストの大使館がスイスに置かれたのも、永世中立国という立場が尊重されてのことだった。
ストックホルム国際宇宙航空ラインは平和の象徴として40年前に築かれ、軍事的な利用は禁止されていた。
アーマード元帥はアルマゲストの巨大宇宙船を率いて地球にやってきた。
アルマゲストの総本山が置かれている「ガイア・テラ」から5つのコロニーを経由する。
地球陣営とアルマゲスト陣営が共同で管理するコロニー地帯があり、そこで一泊する。
そのコロニーでは3人の日本人が働いている。
山田新左衛門はコロニー料理長として働いていて、ちょうどアーマード元帥らの食事作りを任された。
新左衛門はアーマード元帥らの挨拶に出てきた。
アルマゲストは大きく分けて2種類の人種がある。
1つはラッドマティリスという種族で、地球における南米系の民族に酷似した姿をしている。
もう1つはハビオン原人という種族で、色白の肌に入れ墨のような翡翠のラインが入っている。これは入れ墨ではなく、先天的なものであり、ハビオン原人の特徴の1つだった。
アーマード元帥はハビオン原人種であった。御年72歳になり、翡翠の髪と髭が特徴だった。
「アーマード元帥、会食の料理長を務めさせていただく山田新左衛門です」
新左衛門が頭を下げると、アーマード元帥は朗らかに笑った。
「新左衛門君、ここに来るときは君の料理をいつも楽しみにしている。今日もよろしく頼むよ」
「任されよう」
新左衛門は頭を下げた。新左衛門とアーマードの交流は深く、信頼関係も十分に築かれていた。
宇宙戦争を戦っていても、こうして話をすれば分かり合える。
地球人とアルマゲストは十分に分かり合える。笑顔で向かい合うこともできるし、文化的な交流もできる。
この戦争は本当に必要なのだろうかとここにいる者たちは心のどこかで考えていた。
アーマード元帥の側近も、新左衛門の知り合いがほとんどだった。
しかし、今回は見知らぬ少女の姿があった。
その少女はアーマード元帥と同じくハビオン原人種で、顔に翡翠のラインが入っている。鋭い目つきの大変な美人だった。
少女はアーマード元帥の隣で不機嫌そうに腕を組んで、足を膝の上に置いて座っていた。
あまり人を寄せ付けない雰囲気があった。
「アーマード元帥、こちらのお嬢様はアーマード元帥のお嬢様ですか?」
「ああ、彼女の名前はアイル・ノート。政府本部で勉強を積んでもらっているところだ。アイル、新左衛門料理長に挨拶をなさい」
「ふん、地球人との無駄な係わりは避けるようにしているんで」
アイルと呼ばれた少女はわかりやすく顔を背けた。
「コラ、そのような態度はなんだね。これからご馳走になるというのに」
「毒を盛られていないか、毒味係を用意していただけますか?」
アイルはアーマード元帥に対しても態度が大きかった。元帥以上の立場と思わせた。
「すまないな、新左衛門君。まだ未熟でな、大目に見ておくれ」
「いえ、毒など盛りませんのでご安心してお楽しみください」
新左衛門は笑顔で頭を下げた。
新左衛門が自負する料理が並べられ、好評だった。
しかし、結局アイルは手をつけなかった。
「地球人が作った料理なんて食べられないので、失礼します」
アイルは早々と席を立ち、所持していた非常食の飲料形式のゼリーに口をつけた。
「まったく、仕方がない。君たち、部屋に送ってやってくれ」
アーマード元帥はアイルに多くの側近をつけた。よほど重要な立場の人物なのかもしれない。
その様子を見ていた地球のスタッフらがひそひそ話をした。
「あのアイルという女の子、何者だと思う?」
「アーマード元帥の愛人だろう。あれだけの美人はおれも初めて見た。いや、おれはハビオン原人が大好きで、写真集をすべて買ってるんだ。ハビオン原人の最高級モデルであるラピス・ラズリちゃんより上かもしれん」
コック見習いの中国人の男がそう言った。
「あほ、わざわざ首脳会談に愛人を連れてくるか。あれは秘書だよ。秘書という体ならひそかに愛人に変化できるからな」
台湾人の男がそう言った。
「結局、愛人じゃないか。うらやましいぜ。でも、あれはまだ10代だぞ。元帥の立場なら、何でもできるのかな、羨ましいぜ」
「中国と同じだぜ。うちの国もトップがいいようにしているからな。ちなみにおれがそう言ったことは内緒だからな。当局にばれたらクビじゃすまねえからな」
各人みな意見は一致していた。
コロニーで一泊した後、アーマード元帥を乗せた宇宙船は地球の支配下に入った。
この宇宙圏でも一泊する。太陽系に差し掛かるまでの小宇宙でもさらに1泊する。高速宇宙船を用いてもそれだけの時間がかかった。
螺旋であれば、その距離はものの3時間程度である。
行くコロニー先々で、アーマード元帥と交流のある地球人が多数いて、どの場所でも元帥は友好な態度だった。
アルマゲスト陣営の首脳陣はいずれも礼儀正しく、好戦的な態度は示さなかった。
ある一名を除いて。
アイルだけは地球人に対しては敵視を向けた。誰に対してもその敵愾心を解くことはなかった。
会談は2日間にかけて行われる。地球軍に参加しているすべての国の代表が集まった。
最初の会談は中国首脳との間で行われ、次の会談は日本首脳との間で行われた。
しかし、これらは前哨戦。
最も重要な会談は螺旋計画を知る者たちの間だけで行われる。
表向きは会談後の親善夕食会の体となっている。
マスコミも遠ざかり、限られた要人だけが参加する宇宙の歴史を左右する重要な会談。
地球側はケネディを中心に5人が階段の場に現れた。
アルマゲスト側はアーマードを中心に4人が先に席についており、ケネディらがやってくると立ち上がり頭を下げた。
アーマードの隣にはアイルの姿があった。彼女だけが起立せず、地球側に対しては挨拶を拒絶した。
両陣営が向かい合うと独特の緊張感が張り詰めた。
「単刀直入に行きましょう。私たちの大きな力とあなた方の大きな力についてです」
アーマード元帥が話を切り出した。
ケネディはうなずいた。
「私たちはその大きな力を螺旋と呼んでいます」
ケネディがそう言うと、アーマードがこう返した。
「同じですな。我々も螺旋と呼んでいる。やはり我々は同じ世界線に生きているのかもしれませんな。我々の神話はご存じですか、ケネディ大統領」
「はい、詳しく勉強させていただいております。神が2つの世界を実験のために作り、その世界が成熟したとき、螺旋の力によって融合させる。それによって生じる新しい世界こそが神の実験課題であると」
アルマゲストにも地球におけるキリスト教やイスラム教に相当する大きな宗教があった。
最もポピュラーな宗教はセレンテスと呼ばれ、「神の命令」という意味がある。
神は新世界を生きる生命体たちに命令を与えており、命令内容が抽象的に描かれている。
科学が発達した現代においてもアルマゲストを支配的にしている宗教だった。
「螺旋は2つの世界を融合させるために、神が与えた力。そして、神を操る者は融合の神官として我々とあなた方のために1名ずつ与えられたと考えられている。むろん、二人目の神官を発見しているというのならば、我々の後れを認めますが」
ケネディは何も言わなかった。
今後のことを考えると、あまり多くの情報を与えたくなかった。
「我々が螺旋を発見したとき、同時に神官を継ぐ者も発見した。その神官は……」
アーマードは隣に座っているふてぶてしい態度のアイルのほうに目を向けた。
「彼女はアイル・ノート。螺旋を操る神官です」
アーマードはあっさりと重要な情報をこぼした。
もっとも、地球陣営は誰もその情報を信じなかった。
そんな要人をいきなり呼びつけるはずがない。もし、暗殺でもされれば螺旋の神官を失うことになるのだ。
嘘かあるいは影武者であろうとケネディらは考えていた。それでも、ケネディは話を合わせた。
「彼女が螺旋の搭乗員ですか?」
「ああ、驚かれたかな。どうしてそのような要人をこのような会談に呼びつけたか」
「そうですね、我々は螺旋の搭乗員に関する情報はすべてシークレットにすることを事前の会議で繰り返し確認していましたから」
「我々も螺旋の神官をどうするか検討を重ねた。しかし、セレンテスの教えにここまで忠実な事実が続くと、決心せざるを得ないと思いましてな」
アーマードはドリンクに手をかけて間を置いた。
「ケネディ大統領、神が世界の融合を望んでいる中で、このまま戦いを続けることが果たして人類の正しい姿でしょうか。どちらがより豊かになれるかなどという神の教えに反することに熱を上げる人類の生きざまは神がどう見ているか」
「おっしゃることはわかります」
ケネディは肯定した。
「むろん、すぐにすべてが和解するということはないでしょう。しかし元帥として私の意思を示しておく必要があると思いましてね。私はすでに決心していると伝えておきたい。神の望む世界の融合を見るために平和を望んでいると」
「意義あり!」
先ほどまで静かにしていたアイルが手を挙げて、乱暴に立ち上がった。
彼女の存在はこの場所にはそぐわないものだった。
「私は平和を望んでおりません。神が望む世界の融合は平和ではないと思います。悪しき地球人を抑え込んで、誇り高いハーベストの繁栄こそ神が望むもの。どっちが強いか力比べしろってために螺旋があるのよ。力比べなら望むところよ。正々堂々とそっちも出しなさいよ、螺旋の神官とやら」
アイルはにらみつけるように地球陣営の面々を見た。
誰も何も答えなかった。アイルは厳格な会議に乱入した獰猛な小動物のようであった。
「答えないのね。いいわ、私が螺旋の力を発揮すれば嫌でも出てくるしかないでしょうからね。以上! 辛気臭い会談はこれで終了」
アイルは一方的に会談を終わらせてしまった。




