12、衝突の前夜
朝、陸がまだ眠りについている時間に、けたたましい男の声が響いた。
「陸、起きろ! 時間だぜ!」
アックスが勢いよく陸の部屋を開いた。
アックスの勢いの影響を受けない者はいない。陸は飛び跳ねるように飛び起きた。
「おい、陸、不用心だぞ。鍵も閉めずに寝ているとは。もっとも、おれのアイアンパンチに破れない扉などねえがな」
アックスはずかずかとやってきて、挨拶した。
「グッモーニン、陸」
「ぐ、ぐっどもーにんぐ……」
満面の笑みのアックスに対して陸は崩れた顔で挨拶した。
やや遅れて、友香が部屋に入ってきた。
「ベロベロバア隊長、螺旋のパイロットへの対応はもう少し考えていただきたいと思います。例えば、突然の大きな声です。突然のショックは心臓が停止する可能性があります。次にパイロットと面会する場合は私に許可を取ってください。私からパイロットに連絡し、面会の了承を得た場合に私を挟んで対応させていただきます」
友香はアックスに対しても持ち前のビジネスライクを発揮した。
「かてえこと言うなよ、友香お嬢。いいか、ジャパニーズに足りないのは陽気さだ。太陽のように心と体を解放すれば、止まった心臓も大爆発だ、がっはっはっは」
「あまりに勝手が過ぎるのであれば、私のほうからケネディ・ジョーンズ大統領に報告します」
「無駄だ。おれの熱量は大統領だって止められやしねえ」
陸は二人の間に割って入った。
「準備しますので、もうしばらく待っててください」
陸はアックスにそう告げた。
M25コロニーには立派な訓練施設がある。
螺旋計画の始動と共にリフォームが行われ、陸の専用トレーニング施設が設置された。
しかし、今回のトレーニングに必要なのはサンドバッグ1つだけだった。
身長191センチ、体重105キロのアックスがサンドバッグの前に立った。
「行くぜ」
アックスが腕を振るった。
すると、目にも止まらぬ速さで拳がサンドバッグに打ち込まれ、サンドバッグは大きく揺れ動いた。
「ははは、おれはヘビー級ランカーだったのよ。15勝0敗15KOだ。地球を守る仕事をしたかったので世界戦の前に引退したが、今のおれはチャンピオンもぶっ飛ばす勢いだぜ」
「すごい……」
陸は真顔でつぶやいた。その隣には友香の姿もあった。
彼女は記録係、サポーターとして今回のトレーニングに参加していた。
「よーし、陸。やってみろ。右フックのダブルだ」
「は、はい」
陸は生まれて初めてサンドバッグの前に立った。
陸の腕にはボクシンググローブがつけられている。これも初めてつけたものだった。
「わああああ」
陸は思いっきり腕を振るった。
ボンという子供がぶつかったような音がした。
次の瞬間、陸は転倒して地面に転がった。
打った後、体が流れて無様に転倒していた。
陸は恥ずかしそうに立ち上がった。
「ナイスガッツだ、陸。初めてとは思えないガッツだ。いいぞ! 10年後には世界チャンピオンだ」
アックスが力強く褒めたので、陸はますます恥ずかしくなった。
陸が気にしていたのは友香の視線だった。
友香は何事もなかったかのようにぼんやりと陸を見ていた。
「よし、もう一発だ、陸。転んでも立ち上がればいいんだ。七転八倒、九死に一生、一点突破、画竜点睛だ!」
アックスは熱血なセコンドになったように指示を飛ばしまくった。
陸は再びサンドバッグに拳を振るった。
殴られているサンドバッグが逆に陸を翻弄するように揺れた。
二の手を振るった陸の拳が外れて、陸は再度転倒した。
「まだまだ! 立て立て! 真っ白に燃え尽きるまで立ち上がれ! そして燃え上がれ! そしてうなりを上げろ!」
アックスの熱い応援も届かず、陸は微動だにしないサンドバッグ相手にダウンを2度喫する結果となった。
陸の特別訓練が始まったころ、地球に滞在していたアルマゲストの大使館にアルマゲスト陣営のトップであるアーマード元帥がやってくることが決まった。
アルマゲストの大使館は国連の総本部があるスイスに置かれた。
アーマード元帥は地球陣営とどうしても会談がしたいと申し出てきた。
ケネディは受諾した。
おそらく、螺旋についての話になるだろうとわかっていたからだ。
ケネディはいくつかの未来予想図を描いていた。
1つは螺旋の力によってアルマゲストを破壊すること。
もう1つは螺旋の力を確認することで、調停に持ち込むこと。
アルマゲストとの宇宙戦争が始まったきっかけは「資源の取り合いとなれば、アルマゲストが有利になる。それは地球側としては受け入れられない」という為政者たちの身勝手な判断だった。
螺旋という大きな力を手に入れたいま、地球側が一方的に不利になるような講和にはならないだろうと予想できる。
とはいえ、螺旋は地球側だけでなく、アルマゲスト側にも存在する。簡単に講和とはいかないだろうとケネディは念頭に置いていた。
ケネディと恵梨香はアルマゲストとの会談のためにコロニーを離れることになった。
これから、螺旋の存在を知るごく一部の者たちで会議が開かれることになっている。
ケネディは恵梨香と相席で宇宙船に乗り込んだ。
「恵梨香、君の意見を聞かせてほしい。アーマード元帥との面会一号は君に任せようと私は考えているのだが、引き受けてくれるか?」
「私が一号ですか? アメリカ国民が納得するはずがないでしょう」
恵梨香は誰が相手でも同じ調子だった。
「今回の階段はおそらく非公開のものになるよ」
「資産家の偉い方が認めないでしょう。私は暗殺される立場に立ちたくはありません。ずっと米国追従の立場を取ってきたこれまでの方針を考えれば、私が前に出るのは決して望ましいとは言えないでしょう」
「ふむ、君らしいな。しかし、君は賢明で、ミステリアスだ。君はおそらくお見通しだと思うからはっきり言わせてもらうが、私は君を警戒しているのだ」
ケネディは努めて柔和な口調でそう言った。
「どうして私を警戒するのですか? 総理大臣の権限など、NASAの一研究室の室長よりも立場は下です。私にできることなど何もありません」
「しかし、君は螺旋の発見者だ」
「発見したのは京都大学の研究者であって、私ではありません」
「しかし、君の母校の研究者だ。君は私以上に螺旋を掌握する立場にあるかもしれない」
「まさか……」
恵梨香は顔を伏せた。
「すまない。こんな話をしても仕方がなかったな。しかし、重大な会談となると気が重くなるよ」
ケネディは一大イベントを前に気落ちが隠せなかった。




