その2 秋葉原がまだ電子部品街だったころの話
その4まで、時系列順に書いてみます。
私が初めて戦争を知ったのは、6つ7つの時でした。
何の用事だったか、両親に連れられ東京に出て、あれはたぶん、お茶の水の交差点だったかと思うのですが……。
「あの人、どうして脚が無いの」からの、ひっぱたかれの、なんのかんの。
ええ、傷痍軍人です。
おっさん世代が子供のころには、まだそれなりの数でご存命でした。
しかし戦後80年を経た今となっては、若い方には目にする機会も限られていることでしょうから。
おっさんの「昔語り」「体験マウント」くさくもなってしまいましたが、これはどこかに書いておいてもまあ、悪いことでもないと思いますので、その。
障碍者差別かよと言われかねない、ある意味センシティブなところもありますが、それでも書いておこうかと。
ともあれ。
日本には戦争がない。
だが物語の異世界では、あるいは現実の外国でも、戦争は起きている。
その違いとは何か、どこに現れるものか。
瓦礫は撤去できます。被害の痕跡は復興により拭えます。
死者は輝く英雄として、あるいは哀しき犠牲者として、記憶と想像の世界にその居所を移します。
現実として残り続けるものとは何か。
我々の目に突きつけられ続けるものとは何か。
戦争とは何か。
私の知る限りでは、傷痍軍人だったというわけです。
「〇〇戦争で、××の会戦で、1万人の死傷者が出ました」
みんながみんな死んだように思いがちだったのは私だけでしょうか。
実際は、およそ1対3ぐらいなのだそうですね。
1万人の死傷者なら、負傷者・傷痍軍人は7500人。
ウロ戦争では、ロシア軍の負傷兵士が100万人、ウクライナ軍は50万人。
近年減少ぎみですが、コミケの「あの人混み」。3日累計で50万人だとか。
新宿駅や東京駅で一日の利用者数が50万人規模……朝と晩とで累計ですから、50万人とは「朝の混雑の2倍」がみんな怪我人という換算でしょうか。
兵士だけ・戦場だけで。
東京の23区、八王子、政令指定都市や県庁所在地、中核市が50万人の規模。
それも「兵士=事実上若い男性ばかり」で50万人ということは、ですよ?
200万人規模の都市において若い男性みな怪我人といった規模感でしょうか。
(銃後の空襲で女性や子供老人も被害を受けているという話は、割愛しているだけですからね?)
自衛・防衛のための戦争というものも起こり得ようかとは思います。
それを完全に否定することもまた、不可能事ではないかと。
やらなきゃいけないという場面、何事につけ存在しますし。
ただ一方で、その桁でその規模感で、「戦争の傷跡」は何十年と残り続ける。
それもひとつの事実だろうとは思うのです。
異世界王朝物語では、基本的に自分の体験を直に反映しないように努めているつもりですが、この体験(というより抱いた感情ですかね)それだけは迷わず「おはなし」のネタ元にしてしまいました。




