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異質

金曜日の夜。佐藤家のリビングには、場違いなほどに華やかな空気が漂っていた。


 万一の際の「備え」という名の、早苗を清算するための契約が整ったことで、萌の行動はもはや遠慮という概念を完全に逸脱していた。


「お姉さーん! 見て、これ。取引先の方から、最高級の日本酒をいただいたんです。私一人じゃ飲みきれないし、今夜は宴会にしませんか?」


 萌が持ち込んできたのは、度数の高い、芳醇な香りの大吟醸だった。


 一週間、義母の陰湿ないびりと萌の厚顔無恥な振る舞いに耐え続けていた早苗は、極限まで神経をすり減らしていた。明日が休みであるという解放感、そして何より、保険の件以来、優太が見せてくれる「偽りの優しさ」に報いたいという心理が、彼女の警戒心を麻痺させた。


「……そうね。せっかくの金曜日ですもの。少しだけ、いただこうかしら」


 それが地獄の釜の蓋を開ける合図だった。


 萌は、自分の杯にはほとんど酒を注がず、早苗のグラスが空くたびに、あざとい笑顔で「お姉さん、いける口ですね!」と注ぎ足していく。早苗が断ろうとすれば、正江が横から「あら、早苗さんは銀行員なんだから、お付き合いの酒くらい嗜めないでどうするの」と冷ややかに追い込む。

 

 アルコールが回り、早苗の意識が混濁し始める。

 視界がぐにゃりと歪み、自分を嘲笑う萌の声が遠く、響く。


「お姉さーん、大丈夫? 無理しちゃダメですよぉ……」


 結局、早苗は泥のようにリビングで眠り込んでしまった。

 

「……優太。早苗さん、寝ちゃったわよ。部屋まで運んであげなさいな」


 正江の、どこか含みのある声に促され、優太は意識のない妻を抱き上げた。

 かつて愛した女性の体温。だが、今の優太にとって、それは重苦しい義務と、罪悪感を刺激する「重石」でしかなかった。

 寝室のベッドに早苗を寝かせ、優太が部屋を去ろうとしたその時。

 闇の中から、忍び寄る影があった。

 

「……優くん、どこ行くの?」


 萌だった。彼女は音もなく部屋に入り込み、優太の背中からしがみついた。

 

「おい、萌。ここは早苗の……流石にまずいだろ。母さんもいるんだぞ」


「お義母様なら、もう一階でテレビの音を大きくしてるよ。それに、お姉さんはあんなに深く寝てる……ねえ、優くん。お姉さんの隣で、萌と一つになろうよ」


 萌の指先が、優太のベルトに伸びる。


 優太の理性が警鐘を鳴らす。だが、目の前の萌は、月の光を浴びて妖艶な光を放っていた。彼女の白い肌と、隣で無様に眠る妻の対比。その絶望的なまでの背徳感が、優太の中の暗い興奮を爆発させた。


「……お前、本当に……悪魔だな」


「優くんだって、それを望んでるんでしょ?」


 優太は、萌を無理やり引き寄せ、唇を塞いだ。


 場所は、早苗が横たわるベッドのすぐ隣。


 早苗の静かな寝息が聞こえる距離で、萌は優太のズボンをパンツごと降ろし、ジュポジュポとわざとらしい音をたてて、咥え始めた。



 それは、通常の情事とは一線を画す、暴力的なまでの冒涜だった。




部屋には萌の唾液をたっぶり絡ませた極上のフェラチオの卑猥な音と、優太から漏れ出る、情けない喘ぎ声が響く。



優太の肉棒が萌の唾液でギンギンに反り立つと、

萌は、早苗の耳元に顔を寄せ、わざとらしく、湿った音を立てて優太を受け入れる。

 


「ん……ぁ……ッ! 優くん、すごい……お姉さんの匂いがする部屋で、萌を抱いてる……ッ。お姉さんのもの、全部萌が塗りつぶしてあげる……っ!」


 萌の喘ぎ声は、最初は抑制されていたが、興奮が昂まるにつれ、隠そうともせず大きくなっていく。


 優太もまた、眠っている妻への一縷の憐憫さえも快楽のスパイスに変え、激しく萌を突き上げた。


 早苗が愛用しているシーツが乱れ、二人の汗と、不潔な欲望の音と匂いが部屋中に充満していく。

 

 階下の居間では、正江がテレビの音量を上げながら、薄笑いを浮かべていた。


 天井から響く、ギシ、ギシという軋み。そして、時折漏れてくる萌の嬌声。


 正江にとって、それは自尊心の低い嫁が徹底的に陵辱され、自分の「味方」である萌が勝利を収めている凱歌のように聞こえていた。


「……せいぜい、仲良くやりなさいな」


 正江は満足げに、残った日本酒を飲み干した。


 寝室では、萌の絶叫が最高潮に達していた。


「あ、あ、っ! 優くん、お姉さんより、萌の方が……っ。ほら、お姉さん、見て……っ! 貴方の旦那様、こんなに萌を欲しがってるよ……ッ!!」


 狂気じみた喘ぎが夜の空気を震わせ、二人は果てた。


 やり遂げたという歪な充足感の中で、萌は早苗の寝顔を見下ろし、その頬を冷たい指で一度だけなぞった。


「……おやすみなさい、お姉さん。良い夢をね」






 翌朝。


 重い頭痛と共に、早苗は目を覚ました。

 アルコールは抜けていたが、胃の奥に不快な重みが残っている。

 

 早苗は、ぼんやりとした意識の中で、部屋の空気に違和感を覚えた。

 自分が大切にしていたはずの、清潔な寝室。

 だが、そこには、自分が焚いているアロマの香りとは異質の、どろりとした、生臭い匂いが漂っていた。

 

(……なに、この匂い)



 ふと、枕元に目をやると、シーツが異常に乱れている。


 そして、自分の髪に、覚えのない……萌の香水の匂いが、微かに染み付いていることに気づいた。

 

 まさか。

 そんなはずはない。


 いくらなんでも、寝ている私の隣で、そんな汚らわしいことが行われるはずがない。


 優太さんは私の健康を案じて保険まで見直してくれた人だ。萌さんは、ただの幼馴染だ。


 そう自分に言い聞かせようとした、その瞬間。

 昨夜の断片的な記憶……自分を呼び覚まそうとするような、甲高い笑い声と、ベッドを揺らす不自然な振動の記憶が、断片的に蘇ってきた。


「う……っ」


 急激な吐き気が早苗を襲った。

 それは酒のせいではなかった。

 もし、もしも自分の推測が正しく、あの神聖なはずの寝室で、自分が陵辱の「観客」にされていたのだとしたら。

 

「うぇっ……ぁ、ごほっ……!」



 早苗は、抑えきれずにベッドの上で全てを吐き出した。


 胃液と、昨夜の日本酒の残骸が、汚濁となってシーツを汚していく。

 

 その音で目を覚ました優太が、面倒そうに身を起こした。


「……なんだよ、早苗。飲み過ぎか? 汚ねぇな……。ほら、水持ってきてやるから」


 優太は、一見すると心配しているような声を出しながら、台所へ向かった。


 早苗は、汚物にまみれたまま、震える手でシーツを握りしめた。

 

(違う……違うわ。優太さんは、今、心配してくれた。水を、持ってきてくれた。彼はまだ、私を愛している。昨夜のことは、全部私の、アルコールが見せた悪夢だわ……)


 早苗は、そう強く、強く、念じ続けた。


 そう信じなければ、今この瞬間に、心が粉々に砕け散ってしまうことを、彼女の本能が知っていたから。

 

 悲劇のヒロインは、汚臭漂う部屋の中で、自分に差し出された「毒入りの水」を、救いの手だと信じて待ち続けていた。


(第15話へ続く)

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