第9話 三人部屋
飲んでいる席で、サトミちゃんにあることを言われ気になっていた。
ゴンがトイレに立った時だった。
サトミちゃんは俺の事を、人前では「古屋君」と呼ぶ。
が、二人きりの時は「健ちゃん」だ。
「健ちゃん。ゴン君に私の仕事のことは言わないでね。やっぱり知られたくないから」
「うん、わかった。言わないよ」
と答えた。
だが俺は、もう以前からゴンには言っていた。
ネタ合わせの稽古の度に、
「ホテトル嬢のサトミちゃんといって、やらせてくれるし、おごってくれるし、巨乳でいい娘なんだよ」
と、調子にのって自慢気に話していた。
ゴンはいつも怪訝な顔して聞いていたっけ。
俺はそんなゴンの反応が気に入らなかった。
これこそ芸人だろうが。
そう思っていた俺は、
「歳はイッテルけど、いいカネヅルだからな。ガソリンもちょくちょく入れてくれるから助かる助かる。ゴン、いいか、よく聞け。俺達の生活と将来が彼女にかかっているといっても過言ではない。ガッチリ繋ぎ止めとくからな。万事俺に任せておけ」
得意気に話していた。
後日ネタ合わせの時に、ぶっちゃけてゴンに話した。
またサトミちゃんがライブに来てくれても、仕事に関しては触れないでくれ。
知らない振りをしてくれと頼んだ。
するとゴンが、
「ホテトル譲のどこが悪いんだよ。立派な仕事だよ。売春は人類最古の商売だ。いいとか悪いとか、是か非で語ってはならない。って、竹中労が言ってたぞ」
竹中労はゴンが尊敬する大物ルポライターだ。
俺は、そんな考え方があるのかと驚いた。
だが納得できず、
「だって、違法だぞ」
と、つい、自分が運転手をしているのにもかかわらず、棚に上げてそう言った。
すると、ゴンが明らかにムッとして声を荒げた。
「違法ってなんだよ。そんな一般論持ち出すなよ。気持ちわりーよ、何の言い訳だよ。人の目なんかどうでもイーヨ。お前、サトミちゃんの事どういう目で見てんだよ。俺が言うのもなんだけど、まずは、彼女に食わして貰っているんじゃねえのかよ。大体、カネヅルだって言い方があるか。チクショウ、もう我慢出来ねえ。バイトもろくに出来ねえ俺が偉そうなこと言える義理じゃねえから、黙っていたけどな。お前のサトミちゃんに対する態度が気に喰わねえ。お前らしくないんだよ! お前らしく!」
はあ、なに言ってんだこいつ。
俺もあったまに来た。
「ちょっと待てよ。サトミちゃんが気にしているんだよ。俺じゃねーよ。仕事のこと知られたくないって、サトミちゃんが言っているんだよ。なにイチャモンつけてんだ、テメエは!」
けんか腰にまくし立てた。
「知られたくない。っていうサトミちゃんの気持ち。お前は気づかなかったのかよ!」
ゴンが目を真っ赤にして涙声で訴えた。
俺は絶句した。
そんなこと、夢にも思わなかった。
裁判所から麹町署に帰る護送車の中で、俺はそんなことを思い出していた。
窓の外では冬枯れした街路樹が木枯らしに震えていた。
まてよ。
逆に言えば、ゴンは普段、俺に食わせて貰っている事を、相当気にしているんじゃないのか。口には出さないから分からないが、それが想像以上に重荷になっていたとしたら。
だからなおさら、俺を見て腹が立った。
ヒモにはヒモの仁義があるってことか。
だけど、ヒモといっても俺は、サトミちゃんに生活の全てを、面倒見て貰っている訳じゃないぞ。
それに、芸人なんだから、そのくらい大目にみてくれよ。
って、その考えがマズいのか。
たとえゴクつぶしでも、思いやりだけは絶やすなよって事だもんな。
俺はヒモの端くれにもなれないか。
それにしても、ゴンにどうやって連絡をとっていいのかわからなかった。
来たる2月1日金曜日のお笑いライブは「国会傍聴席」のネタのリベンジだった。
ブラッシュアップを重ねたニューバージョンで、もう一度勝負するんだ。
と俺達は息巻いていた。だが――。
麹町署の留置場に戻ると勾留延長の通知書を見せられた。
十日間の勾留延長が決まると、独房から出されて三人部屋に移された。
「古屋、隣りの房に移動だ」
担当さんがやって来て独房の鍵を開けた。
ちょっと待ってくれ。
となりの房といったら、初日にキツネ村に紹介された、人殺し、鉄砲玉、変態の先輩方がいるところだ。
変態先輩が起訴され小菅の東京拘置所に行った為、一人分の空きが出来ていた。
そこに入ることになった俺は、ど緊張しながら三人部屋に足を踏み入れた。
部屋の隅に座ると、人殺し先輩と鉄砲玉先輩が、興味津々な眼を向けている。
何やったの? 何やったの? と、にじり寄って来た。
俺は背中を壁にピッタリとくっつけた。
「ホテトルの運転手で逮捕されました」
なんだよそれ・・・。
二人とも、あからさまに、そんな顔になった。
「出れるよ。すぐ出れる」
と言いながら、クモの子を散らすように俺から離れて行った。
俺は思わず聞いた。
「どれぐらいで出れますかね?」
十日で出れるんじゃないの。
罰金十万円ってところじゃないか。
ま、なんにしてもそんなに心配することはないよ。大したことないから。
と案外二人とも気さくに答えてくれた。
俺は「よし、十日だ」とホッとした。
あ、でも、そう言われて、俺一人喜んでいては失礼だ。
なんと言っても、片やヒトを三人ぶっ殺し、もう一方は警官相手に銃撃戦だ。
相当罪は重いぞ。と、緊張した面持ちを隠せないでいた。
すると、
「俺、ヒト、殺してないからね」
と、人殺し先輩が優しい笑みを浮かべて語り掛けてきた。
体はゴツイがよく見ると可愛い眼をしていた。
この人の名前は安藤さん。31歳。
従業員5人の小さな水道工事の会社を経営している、青年実業家だった。
学生時代、ラグビー部でならしたのでゴツイ体をしている。
紳士的で物静かな、およそ犯罪とは縁遠い感じの、頼れるアニキ的な存在だった。
罪状は大麻所持。
魔がさして手を出してしまったと後悔していた。
もう一人は星川さん。36歳。
自分は右翼で、どこぞの政治結社の構成員だ。と妙に粋がっている。
だが、その安っぽい粋がりこそ、下っ端感が隠し切れない。というわかりやすい人だ。
なんと言っても見た目に迫力がないのだ。
黒ぶち眼鏡にオールバックだったが、ジェルもワックスもないのでオールバックがすぐ垂れてくる。秋葉系オタク臭も若干漂っていた。背も低い。
罪状は銃刀法違反。
つき合いのあるヤクザの組長に頼まれて、拳銃を10丁ほど、車で運んでいる途中で、検問に引っ掛かり見つかってしまった。
と言っていた。ドジ感丸出しだ。
小菅に行った人も、少年を犯した変態ではなく、エロビデオの販売で捕まったらしい。
つまり、初日にキツネ村が言っていたことは全てがウソ。
冗談だったのだ。
ひどい奴だ。
「あの担当さん(キツネ村のこと)の言うことは真に受けないほうがいいよ。いっつも冗談ばっかり言ってる人だから」
と、安藤さんが言うと、
「でもさ、ここにいると暇だから、あの担当さんが来ると楽しいけどな。俺達とバカ話してくれる人ってあの人ぐらいじゃないか。ま、向こうもしゃべり好きで、暇だからやってるんだろうけど。監視席に座ってるところあんまり見たことないしな」
と、星川さんが言ったそばから、
キツネ村が交代して入って来た。
普段のキツネ村なら、端の房から、我々に対してからかい半分に声を掛け、一回りする。
今日は違った。
足早に、我々の前を通り過ぎ、二つほど離れた房の前で止まった。
キツネ村はわざわざしゃがみ込んで、その房の中の人に言った。
「先生、明日いよいよ小菅に送られるんだって。さみしいな。結局、ずうっと黙秘を貫いたらしいじゃないの。さすが極左は根性が違うね。革マルだっけ。中核だっけ。どっちにしたって、俺もここでいろんなヤツ見てきたけど、あんたみたいな人は初めてだよ。なんたって、この俺が先生、先生って呼ぶようになったんだからさ。なんだよ、最後までやっぱりダンマリかよ。少しは先生と話がしたかったのによ。一体どんな主張があって、国会で総理大臣に靴を投げたりしたんだよ。そんな男初めて見たぜ」
――なにっ!
と、鉄格子に跳び付くようにして顔を押し付けた。
が、二つ向こうの房の中の人物は確認できない。
考えて見たらここは麹町だ。
国会議事堂は目と鼻の先だ。
俺は運転手だ。都内の地理には詳しい。咄嗟に判断出来た。
国会議事堂で逮捕されたら、ここに入れられてもおかしくない。
いや、桜田門にある警視庁の方が近いか。
でも、複数犯だったら振分けられた者が麹町にいてもおかしくない。
現に俺は、四谷署で逮捕され、麹町署に入れられた。
「担当さん、その人が靴を投げた人なんですか?」
と、思わず聞いた。
「そうだよ。このお方が憲政史上、初めて、総理大臣に向かって国会傍聴席から靴をぶん投げられたお方だよ。ご本人だよ。お前知ってるの。あ、ニュースで見たか。ほら、先生を知っている若いのが出てきたぞ。もうすっかり有名人だよ、先生」
邪魔くさいぞキツネ村。
お前はどっかに行ってろ。
俺に話をさせろ。
なんという偶然。俺はこれほど全身でサブイボを感じたことがなかった。
まさに、ご本人登場だ。
その人のおかげでコントが一つ出来上がったんだ。
ゴンがインスパイアされたんだ。
俺達の恩人なんだ。
しかし、なんて声を掛けていいかわからず、
「先生、頑張って下さい。俺達も頑張ります」
――こんなところにいる俺が、何を言ってるんだ。
第9話 終




