第8話 国会傍聴席
俺は独房で二晩過ごしたあと、結局、検事勾留十日間をくらうはめになった。
朝から護送車に乗せられ、一日かけて、東京地検、それから裁判所と連れ回された。
そこで警察の取り調べをなぞるような簡単な質問をされた。
勾留質問というらしい。
ここまでくると、どんな対応をしても勾留延長されるのは間違いない。
と、独房の中で担当さんに聞かされていた。
篠崎のとっつぁんの言う通りだった。二日で釈放とはならなかった。
「二日で出たい。二日で出たい」
と懇願しながら、独房で過ごしてはいたが、願いは叶わなかった。
となると、次は十日で出ることを目指すしかない。
が、ここで重大な事に気付いてしまった。
1月24日(木)から数えて、十日目というと、
2月3日(日)だ。
――待て待て。
2月1日の金曜日はお笑いライブの出演がある。
間に合わない。
どうするんだよ。
ヤバいぞ。
いやいやいや――。
――ちょっと待て。ちょっと待て。ちょっと待て!
もしも、もう十日、計二十日くらったら、
出られるのは、
2月13日(水)になってしまう。
ヤバすぎるぞこれは。
とんでもないことになるぞ。
ヤバい。ヤバい。ヤバい!
これだけはなんとしても避けなければ!
とりあえず今は、でられなくなったライブをどうするか。だ。
一か月前のネタ見せで合格して、勝ち取った舞台だ。
ゴンに知らせなければ。
ゴンとは俺の相方である。
俺達の出会いはテレビ局の楽屋口だった。
俺は、お笑いビックスリーの一人である「ビームつとむ」に弟子入り志願をする為、テレビ局の楽屋口で出待ちをしていた。そこには俺と志を同じくする若い奴等が数人いた。
その中の一人にゴンがいた。
権田一明。24歳。通称ゴン。
おない年の俺達は意気投合して飲みに行き、お笑いコンビを組むことになった。
コンビ名は、
『パワーステーション』
ビームつとむには「つとむ軍団」という若手集団がいて、体を張った芸風で人気を博していた。その、つとむ軍団に憧れて、弟子入り志願に来る連中はあとを絶たない。
ビームつとむに「弟子にしてやる」と認めて貰うには、他の連中とは違うなにかを持ってアピールしないと始まらない。
そこで、俺とゴンはコンビを組んでお笑いライブに出場し、実績を積み上げることを始めた。それが、俺達がコンビを組む経緯だった。
ゴンは頭のいいやつだった。
大学を中退して芸人を目指していた。
ちなみに俺は高卒だ。大学行ったやつには多少なりとも引け目は感じてしまう。
俺達は漫才もコントも挑戦した。
ネタはゴンが書き、ボケを担当した。
となると、俺がツッコミだ。
ゴンのネタは少し風刺が効いていた。
湾岸戦争の始まる前から、イラクのフセインを小ばかにするようなネタを書いてきた。
俺は、そのネタでフセインを知った。
台本にあった「サダム・フセインか!」というツッコミのセリフを読んだとき、
誰これ?と聞いてしまった。
そのあとに「ヒゲダンスか!」というツッコミがあったが、フセインにヒゲがあることを知らないので、ピンとこなかった。
このネタに関しては、若い女の子には、あまりウケなかった。
でも、玄人ウケはしたので、ゴンって凄いやつだな。と感心した。
ゴンは一見、無口で人あたりが良くない。
俺とは波長が合ったみたいだが、人見知りが激しかった。
一番の問題はバイトが続かなかったことだ。すぐ辞めてしまう。
ゴンが食べるのに困っているのでよく金を貸した。
俺がホテトルの運転手を始めたのも、コンビで直面していた経済的問題があったからだ。
違法だからといって、割のいいバイトに躊躇している場合ではない。
芸の肥やしだ。とも思い、もういっそのことやってやれとなった。
「ゴン、お前ネタだけ書いてろ。金は俺が稼いでくる。ホテトルの運転手は危険だが稼げるからやってみるわ。その代り面白いネタを書けよ」
と、啖呵をきった。
ゴンは「そんなの俺、ダメ過ぎるだろ」と自らを卑下し、バイトを探しには行くが、相変わらず、すぐ辞めてしまう。そんな事を繰り返していた。
運転手が稼げるからと言っても、日当一万五千円では二人分の食い扶持を満足させるほどではない。
ライブがあったり、ネタの稽古があったりで、毎日働くことは出来なかったからだ。
その上、35万円で買った中古車・日産サニーのローンもあり、生活はカツカツだった。
なので俺は、サトミちゃんやクルミちゃんの、ヒモのような存在になって、おごって貰うことが当たり前になっていった。
一度だけ、俺とゴンとサトミちゃんの三人で、飲みに行ったことがあった。
明大前の「宇宙館」という小さい小屋でコント大会があった。
そこに出演したときに、サトミちゃんが見に来てくれたのだ。
正直その日はウケなかった。
居酒屋で、サトミちゃんと三人でテーブルを囲んでいるのに、俺達の話題が、あそこの間が悪かった。とか、セリフを噛んだ。とか、会話がすぐに反省会モードになってしまうので、見かねたのか、サトミちゃんが助け船を出してくれた。
「面白かったよ。客席の受けも悪くなかったし、みんなクスクス笑ってたもん」
「大爆笑じゃなかったでしょ?」
「私は大爆笑だったわよ。恥ずかしいから、声は出さなかったけど」
「そう? 今日のお客さんは、若干固かった。とは思うんだ」
俺は、サトミちゃんの言葉にすがりたかった。
「あのコントは誰が創ったの?」
「アレはゴンが書いたんだ」
「すごーい。ゴン君が創ったんだ。だって、最初、難しい話が始まったのかと思って、どうしようかと思ったの。私に理解できるかしらって。そしたら、どんどんくだらなくなっていくから、ビックリして、面白くって。よくあんなこと思いつきますね。どうやって考えたんですか?」
若干上気した様子で、サトミちゃんはまっすぐにゴンを見つめた。
「ニュースを見てて・・・」
人見知りのゴンは、サトミちゃんから視線を外し、下を向いた。
「ニュース見て、あれを思いついたんですか? すごーい。すごーい。ゴン君。すごーい」
サトミちゃんは胸の前で拍手を小刻みに繰り返した。
目をキラキラさせてゴンを見つめている。
ゴンは照れ臭いのだろう。チラッと目線を上げるが、すぐに落とした。
それほどでもないけど。みたいな感じで小首をかしげていた。
ゴンは相当嬉しかったと思う。
いいぞ。サトミちゃん。ゴンを持ち上げてくれ。
こいつはノルと、いいネタを必ず書く。
その日のネタは「国会傍聴席」というネタだった。
ゴンらしい、通好みのするネタだ。
その当時、国会演説中の海部俊樹総理大臣に向けて、男が傍聴席から靴を投げ逮捕された。というニュースがあった。
ゴンはこれに目を付けてコントを創った。
左翼思想に染まった一人の男。
国会で答弁をする総理大臣に向かって、傍聴席で靴を脱ぎ、今まさに投げようとした。
するとそこに、衛視が止めにはいる。という設定だ。
以下が、ゴンの書いたコント『国会傍聴席』の台本である。
舞台にはパイプ椅子が一つ。男が板付きで座っている。
議長の声「内閣総理大臣・海部俊樹君。答弁をお願いします。皆さんお静かに」
国会傍聴席に座っている男が、立ち上がって叫ぶ。
男「侵略戦争反対。総理大臣はあやまれ!アジア各国にもたらした被害は甚大だぞ。住民虐殺、生体実験、性的虐待、強制連行。ソーリこっち向け。話聞いてんのか。この野郎」
男は、靴を片方脱いで手に取り、投げ込もうとしている。
そこにすかさず衛視がやってくる。
衛視「バカなことをするな。やめなさい」
男「くるな。こっちへ来るんじゃない」
男は手に持った靴を、衛視に向かって突き出し、ブンブンと振り回す。
衛視、靴が臭過ぎて思わずむせてしまう。
衛視「クサっ!何だその靴は。ゲホゲホゲホ。おえ~」
男「それ以上、俺に近寄るんじゃない」
衛視「ダメだ。目に染みて、近寄ろうにも近寄れない。ゲホゲホ」
男「あたり前だ。この日の為に俺は一年間靴を脱がずに生活した。そして、この凶器と化した靴爆弾を仕上げたのだ。ワハハハ」
衛視「危険物だ。こっちに渡しなさい」
男「ふざけるな。ここまで仕上げるのにどれだけ苦労したか。おかげで俺はこんなひどい水虫になったんだ」
男、靴下を脱いで足を見せる。
男「だがな、これに耐えてこの靴は出来上がった。そう簡単に渡せるか」
衛視「お前のその苦労はよくわかる。何故なら、俺はもっとひどい水虫だ。見ろ」
衛視も靴と靴下を脱ぎ、足を見せる。
そして、自分の靴を男に向かって突き出す。
衛視「お前の靴なんか大したことはない。俺の方が臭いぞ」
男「なに。どれどれ・・・」
男、恐る恐る衛視の靴を嗅いで、えづく。
男「おえ~~。ふざけるな。俺の方が臭いに決まってるだろ。見ろ」
男、衛視の鼻先に靴を持って行き、直に嗅がせる。
衛視「おえ~~。直は凄いな~。でも、やっぱり俺の方が臭いぞ」
お互いの靴を嗅がせ合って苦しむ二人。
――ここのやり取りが、このコントの見せどころ。稽古で面白く仕上げる――
でも結局、衛視の靴のほうが臭かった。
ということになり、
男「わかった。俺の負けだ。あんたの方が臭いよ。認めるよ。こんなバカなことは止めだ。騒ぎを起こしてすまなかった。そこで一つ頼みがある。俺の靴とあんたの靴を交換してくれ。サッカーでやるユニフォームの交換だ。そうしたらおとなしく捕まるから」
衛視「改心してくれたか。それだったらお安い御用だ」
衛視、自分の靴と男の靴を交換する。
男は靴を受け取るや否や、本会議場に投げつける。
衛視「あ!」
というオチだ。
自信作だったのにウケはイマイチだった。
サトミちゃんは終始、充分面白かったよ。と慰めてくれた。
しかし、普段俺から、ゴンのこと、ライブのこと、ネタのことを聞かされていたから、多分、身内感覚が養われて贔屓目になっていたんだろう。
今日の出来では、俺は満足いかなかった。
あのネタは、次で絶対にウケさせるつもりだった。
リベンジマッチのつもりだった。
――だが、その舞台には、もう立てない。
第8話 終




