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第10話 判決ゲーム

 検事勾留一日目。1月25日(金)


 三人部屋に移ってから嬉しい事もあった。

 本が読めるようになったのだ。

 独房では、規則で読めないと言われていたので、これは嬉しかった。


 留置場の中はとにかく暇だ。

 警察や検察から取り調べの要請がなかったら、一日中何もすることがない。

 ただ、本だけは読める。


 だが、図書館ではないので新刊がラインアップされている訳ではない。

 みんな差し入れされた本を読んでいた。

 俺には差し入れしてくれる人がいない。


 諦めかけていたら、担当さんが、古屋、お前も小説でも読むか。なんでもいいか?

 と聞いてきた。この日の担当さんは比較的優しい人だった。

 キツネ村ではない。アイツにこんな配慮はないからだ。


 過去に差し入れられた本や、警察官が読み終えた本などいくつか前室にあるらしい。

 俺は嬉しくて、何でもいいです。と返事した。

 で、松本清張の小説を渡された。


 普段マンガしか読まない俺は、慣れない小説を手にして驚いた。

 読めない漢字が多い。

 内容どころではなかった。

 勿論辞書などない。常用漢字との格闘が始まった。


 この日、午後になって四谷署から呼び出しが掛かった。

 篠崎のとっつぁんと三日ぶりのご対面だった。

 いつもの取調室に入った。逮捕されたあの時以来だ。


 俺は、結局検事勾留十日間をくらったので、当局はそのことを、誰か一人に知らせる義務があると説明された。

 通常は家族に知らせるものだが。と、とっつぁんは言った。


「家族は勘弁してください。自分の実家は山口県で、知らされても、簡単に来ることは出来ません。それにうちの親は至って真面目なんでショックで死んでしまいます・・・ゴンだ。俺のお笑いの相方で、権田一明というのがいます。そいつに知らせて下さい。とりあえず接見に来いって、言って下さい」


 ゴンの電話番号をとっつぁんに伝えた。

 ゴンの家の電話番号は頻繁に掛けていたので記憶していた。

 やっとゴンに連絡がとれる。

 ライブには急病とかなんとか言い訳をつけて、今回は出演をキャンセルさせてもらうしかない。俺はひと安心した。


「わかった。その権田君に連絡をとればいいんだな」

 とっつぁんが席を立って部屋を出て行こうとしたときに、振り返って、

「あ、そうだ。古屋、お前、秋津って男を知っているか?」

 さりげなく聞いてきた。


 秋津は練馬の事務所で電話番をしていた男だ。

 俺は瞬間的にあの光景を思い出した。


「フルちゃん、ひとつ頼みがある。秋津の事は黙っておいてあげてくれ。あいつは俺が無理に頼んで、ほんの一瞬だけ手伝ってもらっただけだから。あいつは仮保釈で出てきたばかりのところだったんだよ。これでパクられたら可哀そうだから、頼むよ」


 宮下のオッサンがファミレスで、俺に向かって深々と頭を下げた、あの光景だ。


 俺は咄嗟に、

「いえ、知りません」

 と答えた。

 そう言ってしまったあと、心臓が高鳴り始めた。


 すると、篠崎のとっつぁんが、

「中野のほかに、練馬に事務所があったこと、知っていたか?」

 と、聞いてきた。


 うわ、どうしよう。練馬の事務所は秋津の存在と直結している。

 秋津を知らないと言った手前、知っているとは言いづらい。


 待てよ。

 刑事達の常套句に「知らないことまで喋らなくてもいいからな」というのがあったな。

 知らないことは喋れないんだ。

 すっとぼけてしまえ。

 と無理やり自分に言い聞かせた。


 心臓が高鳴るまま、

「え、そんなところあったんですか?」

 と答えてしまった。 


 すると、とっつぁんが

「そうか、知らないか。じゃあ、いいんだ」

 と言って部屋を出て行った。


 俺は一応、宮下のオッサンに仁義を通したつもりになったが、妙に後味が悪かった。



 検事勾留二日目。1月26日(土) 


 四谷署からの呼出しはなかった。

 それよりも、ゴンが来てくれないかと待っていた。

 でも、土日は接見を受付けてないらしい。

 明けて月曜日に来ることを期待した。

 一日中読書で過ごす。


 そしてそれは、夕食を済ませたあとのことだった。

 皆、それぞれに静かに読書をしていた。

 すると、いきなり鉄格子がカンカンカンカンカン! と鳴り響き、叫び声がした。


 ――判決ゲーム。


 見ると、キツネ村がボールペンを手にして立っていた。

 なんだ? なんだ? なんだ? なにが起こるんだ。

 と、キョトンとしていると、


「さて、誰からいこうかな・・・」

 キツネ村は、それぞれの房を覗き込むように見て回り、我々の房の前に止まった。


 ここは三人部屋。俺、安藤さん、星川さんがいる。

 誰から行こうかな?って、いったいなんのことだろう?


「おい、古屋。お前の罪状は何だっけ?」

「はい。売防です」

 このころになると、俺も少し慣れてきて、略語で会話できるようになっていた。


 キツネ村は軽く頷き、

「売春防止法違反。売春斡旋幇助か。ホテトルの運転手だったよな。大したことないよ。お国もよ、お前ごときにそうそう税金使っていられないんだよ。ま、略式起訴で罰金10万円、てところかな・・・」

 と、やさしく言ってくれた。


 俺は嬉しくて、

「そうっすか。ここにいる星川さんと安藤さんにも、罰金10万円、十日で出られる。って、言って貰ったんですけど、担当さんもそう思われますか」

「うん、お前の場合は罰金10万円で間違いないだろう。十日で出られるよ。はい、それ確定」

 そう言って、キツネ村がボールペンで、鉄格子をカンっと響かせた。

 判決が下った。


「ヨッシャー、ヤッター、有難う御座います」

 俺は大喜びをした。

 キツネ村、お前ええヤッチャのう。見直したぞ。


 さらにキツネ村が、

「安藤は大麻だっけ?執行猶予だな。ま、安心しろ、実刑はないよ。懲役一年、執行猶予二年。はい、それ確定」

 鉄格子がカン!と鳴り響いた。


 この判決の意味は。

 一応、一年間は刑務所に行く。

 ただし、二年間の執行猶予期間中に、新しく罪をおかさなければ、刑務所に行かなくてもよろしい。ということだ。


 執行猶予がつけば事実上御咎めなし。だ。

 安藤さんは俺と違って、声に出しはしなかったが、両手を握りしめ、「よし!」と喜びを噛み締めていた。


 すると、ほかの房の人達から、

「担当さん、俺は?俺は?」

「こっちは過失傷害なんですけど」

「バカ。俺が先だ。冤罪なんだぞこっちは」

 みんな自分の判決が聞きたくて、身をのりだしてきた。


「まあ、まあ、まあ。順番に行こうよ。順番に。あせらない、あせらない」

 と、キツネ村がそれらを制したところで、俺は気づいた。


 はは~ん。こいつ、また遊んでやがるな。

「判決ゲーム」って言ってたもんな。

 ひどいゲームだな。

 もしかして恒例でこんなことやっているんじゃねえのか。


 でも、これは楽しいぞ。なんと言っても俺は十日で出られるからな。

 ゲームかも知れないが、警察官が言うのだから説得力が違うぜ。


「問題は、星川だよ」

 キツネ村が星川さんに的を絞った。

 星川さんも、期待と不安の入り混じった様子で「お願いします」と答えた。


「お前の罪状は銃刀法違反か。拳銃何丁持ってたんだっけ? 十丁か。多いな。う~ん、難しいな。まあ、ざっと俺の見積で、拳銃一丁に付き一年。十丁で十年。ところがお前、結婚しているか?」


「はい」と星川さん。


「じゃあ、情状酌量で一年引き。子供はいるか?いる。じゃあ、もう一年引き。なに、二人いる。じゃあ、もう一年引こう。で、模範囚で仮保釈で出られたとして、まあ、せいぜい五年かな。はい、それ確定」

 カンっと鳴った。


 模範囚とか仮保釈なんて言い出したら、もはや判決じゃないだろ。

 と、ツッコミたかった。


 それでも星川さんは案外楽しそうだ。

 十年が五年になったのだから半額セールだ。

 相当嬉しかったのか、星川さん、肘を振ってねだった。

「え~、五年はないっすよ。きついっすよ~。もうちょっとオマケして貰えないですかね~」


「結構オマケしたぞ。カタブツの裁判官ならこうはいかないからな。こういうのを大岡裁きって言うんだぞ」


「いいな~大岡裁き」

「俺も欲しいな~」

「大岡裁きってなに?」

 いろんな声があがってきた。


「大岡裁きも知らないのかよ。まったくしょうがねえな。はい、ちゅうもーく」

 といい、

 キツネ村が、机の上にドカッと上がった。


「いいか。ドラマ大岡越前では、人情味のあるご沙汰を下す、お奉行様をよく見るだろうが。あれを大岡裁きと言う。罪を憎んで人を憎まず。みたいなヤツな。出世をしても威張らない。正義感に熱く法を重んじる。なおかつ義理人情も忘れない、公明正大なお奉行様が、大岡越前だ。カッコいいだろうが」


「加藤豪だもん。かっこいいに決まってる」

 誰か、俳優・加藤豪のファンがいるみたいだ。


「そう、加藤豪だ。俺は今日、加藤豪に成り代わって、お前らに大岡裁きを見せてやろう。ってすんぽうだ。どうだ!」

 キツネ村が見得を切った。


「待ってました。加藤豪」

「ちょんまげも似合いそうだぞ」

「自分がやりたいだけだろ」

 歓声と怒号がそれぞれの房から響いた。


 よし、こうしよう! とキツネ村は机から飛び降り、鉄格子の前にやって来た。


「判決が下ると、普通、鐘が一つなる」

 カンっと鉄格子を叩いた。


「大岡裁きが出たときは、鐘が三つなる。というのはどうだ」

 カンカンカンっと叩いた。


「なんか景気いいぞ」

「連チャンフィーバーだ」

「のど自慢じゃねーぞ」


 キツネ村がまたしても星川さんの前に立った。

「さて、今日はすでに大岡裁きが出た。鐘三つを忘れてたからな。もう一度沙汰を下そう。控えおろう。そこへなおれ」

 星川さんをボールペンで指した。

 星川さんも「ははあ」と平伏した。


「星川なにがし。求刑十年のところ、情状酌量で懲役五年の実刑判決。これにて一件落着」カンカンカンと鳴った。


 鐘三つ。鐘三つ。大岡裁きで鐘三つ。

 あ、それ!

 と、誰かが手拍子して音頭をとった。


「かねみっつ。かねみっつ。おおおかさばきでかねみっつ」

 皆が続いて大合唱となった。

 星川さんも一緒になって手拍子を打っている。

 まさに一件落着だ。

 ひとしきり、手拍子で盛り上がって、落ち着いた。


 キツネ村は、隣の房に目をやった。

「で、石川だ。石川は何だっけ? あ、お前、昨日再逮捕されていたよな。おい、みんな。こいつ再逮捕だってよ。ツイてないよな~」


「そういう時もあるよ。めげるな」

「これ以上は見つかるなよ」

「俺は見つかっちゃった。こっちは再々逮捕だよ」

 それぞれの房からエールが送られた。


 するとキツネ村、

「まあ、まあ、石川に関しては、今後の動向を伺おうよ」

 と言って、次に移った。


 キツネ村は、ほぼ全員に対して判決を下して回った。

 大岡裁きもそれから二つ出た。

 その度に、鐘三つ音頭の大合唱になった。

 大いに盛り上がった。

 みんなで一体となって笑いあった。


 そして、キツネ村は時計を見て、

「そろそろ交代の時間か。じゃ、今日はこれでお開き」

 と言って帰ってしまった。


 ああ、楽しかった――。


 ふと、星川さんを見たら、頭を抱えてしゃがみ込んでいる。

 五年。五年。五年。とブツブツ言っているようだ。


 俺と安藤さんは顔を見合わせた。

 ヤバい、浮かれている場合ではない。

 俺達みたいに、十日で出られる。とか、執行猶予だとか言われた者はいい。

 が、星川さんにとっては、身につまされる思いなのだ。


 これシャレにならんわ。

 ゲームになってないぞ。


 その夜、俺と安藤さんは、星川さんに声を掛ける事が出来なかった。



 第10話 終


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