第11話 接見
検事勾留四日目。1月28日(月)
昨日も今日も四谷署からの呼び出しはない。
それもそのはずだ。
警察にすれば主犯の供述の裏合わせで俺が必要なだけだ。
大して聞くことはないらしい。その先も暫く取り調べに呼ばれることはなかった。
だが、ようやく俺に接見が入った。
ゴンがやっと来たんだ。
接見室には立会人として担当警察官が一人付き、話した内容を調書に記録する。
今日の立会人は係長だ。
四角いメガネをかけた係長は、担当さんの中でも一番物腰が柔らかくて人情派だ。
その係長から、事件に関することを喋らないように。時間は15分だからな。
と諸注意を受けて接見室に案内された。
接見室に入って驚いた。
――サトミちゃん。
ゴンではなく。サトミちゃんがそこに居た。
穴が空いたアクリル板の向こうにサトミちゃんが座っていた。
俺が麹町に振り分けられたことを聞いて接見に来てくれた。
めちゃくちゃ嬉しかった。
サトミちゃんは「何か困っていることはない?」と聞いてくれた。
相手がサトミちゃんで良かった。
俺は、まずライブに出られなくなったことを話した。
そしてそれをゴンに伝えたいこと。
四谷署から連絡がいっている筈なんだけど、あいつ、まだ来ないんだ。
こんなことになったことも謝りたい。ゴンに早くここに来てもらいたい。
と、思いの丈を打ち明けた。
サトミちゃんは「わかった、私からも連格してみる」と言ってくれた。
他に困ってることは?
と、聞いてくれたので、着替えがないことを話した。
ジーンズとシャツとパーカーで過ごしているがそろそろ匂ってきた。
スウェットの上下が欲しい。
下着類も替えていない。
下着類は金があれば売店で買えるのだが、金は使い切ってもう無い。
サトミちゃんは、一度俺のおんぼろアパートに来たことがあるので取りに行ってもらうことになった。ポストの裏に合鍵を隠してあることを教えた。
あと、なんといっても漫画が欲しい。
松本清張はつらい。と、ベソを掻いた。
「そう言うのは得意だから任して」
アニメ・漫画オタクのサトミちゃんは自信満々に答えてくれた。
頼もしいぜ。
さらにサトミちゃんはその日のうちに現金を差し入れしてくれた。
3万円もだ。
だが、この金は手をつけないぞ。大事にとっておくんだ。
下着は取りに行ってもらったし、自弁なんか買って小腹を満たすなんて、おこがましいわ。
少しはヒモの意地を見せたる。
何から何までサトミちゃんにお世話になりっ放しだ。
ここを出たら、おもいっきりヒーヒー言わせて恩返ししなければアカンぞ。
と、心と股間に固く誓った。早く恩返しがシテエ。
* * *
接見を終え、サトミは麹町署を出たその足で、吉祥寺の健司のアパートを訪れた。
下着やスウェットなど必要な着替えを用意したあと、部屋の掃除を始めた。
いつの間にか大掃除のようになり、キッチンやトイレまできれいに磨いた。
風呂はなかったのでその分の手間は省けた。
近くのフラワーショップで、小さなガジュマルの観葉植物を買ってきて置いた。
ガジュマルは幸福をもたらす精霊が宿り「幸せを呼ぶ樹」として知られている。
健司の部屋に居てもらいたかった。
掃除が終わって帰ろうとしたとき、机の端に、裏返して置いてあるプリクラを手にとった。
それを見た途端、涙が溢れて止まらなくなった。
* * *
検事勾留五日目。1月29日(火)
「エースをねらえ」と「ガラスの仮面」、少女漫画不朽の名作。
やったぜ。以前から読みたいと思っていたのでドンピシャだ。
翌日早速、サトミちゃんが漫画と着替えを持って来てくれた。
ありがとう、これで少しはましな生活が出来る。
もう俺はサトミちゃん無しでは生きていけないよ。
と言おうとしたが、何故か、サトミちゃんの様子がおかしい。明らかに不機嫌だ。
「これ、どういうこと?」
と言って、プリクラを一枚出された。
見ると、俺とクルミが、腕を組んでいたり、顔をくっつけたり、ほっぺにチューされたり、唇と唇でチューしたり、と四分割されたプリクラだった。
つい最近クルミが、渋谷でプリクラ撮ろ。と言い「フルッチにも一枚あげるね」と渡されて持って帰ったモノだ。
俺は、「ああ、単なるプリクラじゃん」と思った。
サトミちゃんが、見たことのない冷めた表情で、
「クルミちゃんとつき合っていたの?」
と言った。
うん? これはどういうことだ。
この雰囲気、この口調、マジのヤツだぞ。
確かにクルミと遊んでいることはサトミちゃんにも言ってなかった。
だが俺としては、サトミちゃんとは、それ以上に楽しく遊んでいるつもりだった。
あ、あそびじゃなかったのか。
俺とサトミちゃんって正式につき合っていたのか?
「どうなの?」
「え?」
「クルミちゃんともつき合ってたんですか?」
「いえ、つき合っていません(だって遊びだもん)」
「浮気したでしょ」
「していません(浮気ってどういうこと)」
「聞きました。しかも3人で。レイコちゃんも一緒だった」
バレてる――。
ファミレスのあとの3Pが見事にバレてる。
クルミのヤツ喋ったな。あいつ余計なことを。
しかし、いつからここは取調室になったんだ。
接見室じゃなかったのかよ。
本来の取り調べがないのに、なにを取り調べられているんだ、俺は。
すると、ななめうしろから、ププっと吹き出す音が聞こえた。
――しまった。
今日の立会人はキツネ村だった。
俺は後ろを振り返ってキツネ村を睨んだ。
奴は調書を取る手を一旦止め、真剣な顔つきになり、咳払いを大きく一つした。
「ウン、これは失礼」
と、ガラにもなく紳士的に会釈をしてみせた。
こいつ猫被りやがって。と思ったがそれどころではない。
この詰められ方は、明らかに恋人同士の関係で起こりえることだぞ。
どうする。まず、誤解を解こう。
俺達は遊びの関係だということを確認するんだ。
だから浮気は成立しない。と。
いや、待て待て待て。
こういう考え方を俺はゴンに怒られたんじゃないのか。
「サトミちゃんの気持ちをお前は気付かなかったのかよ!」
そう言われてショックだった。
人としてサイテーだと思った。
ヒモの端くれにもおけない俺は、思いやりの気持ちが足りないのだ。
そうだった。これだけ世話になっているサトミちゃんを傷つけてはならない。
嘘をついてはならない。
「浮気をしましたか?」
サトミちゃんがなおも冷静に聞いてきた。
「はい。しました」
俺は正直に答えた。
誠心誠意をもってこの状況に対処したつもりだった。
すると、サトミちゃんが急に立ち上がり、
「浮気はゆるさないっちゃ!」
凄い形相をして叫んだ。
両腕を伸ばして、拳をギュッと握っていた。
――あ、ラムちゃんだ!
そうだった。
この娘は「鬼っ娘ラムちゃん」の大ファンだったのだ。
可愛いくて優しいときばかりではない。
怒ると電撃をブチかます、超ド級の国民的人気キャラが潜んでいた。
バチバチバチっと、電撃音まで聞こえてきそうだ。
まさに今、おのれがその化身と化したのだ。
さらに、サトミちゃんの眉間が、みるみるうちにそそり立ち、裂ける程に口が広がった。
――ああっ、あの時の般若だ。
レイコちゃんの背中で俺を睨んでいた。あの般若がまるでサトミちゃんに憑りついたかのようだった。
鬼っ娘から般若へと、激烈なる変貌というか、むしろ成長を遂げるさまには、とりつくしまもなかった。
その姿を座った状態から見上げる俺の恐怖たるや尋常ではない。
このままでは殺されるぞ。
食い殺されるぞ。
粉々に引き千切られるぞ。
ああ、アクリル板があって助かった。接見室でよかった。
「クルミちゃんとはいつからですか?」
「いつからと言われても、クルミちゃんが店に入ってきたのが二ヵ月前なので、それからだと思います」
「レイコちゃんとはいつからですか?」
サトミちゃん、敬語はこわいです。敬語はやめましょうよ。
「レイコちゃんとはアレ一回きりです。3Pのときのアレ一回だけ」
その時、後ろの立会人席に座っているキツネ村が、わざと声に出して、記入した。
「サンピーっと」
「書くな! 書かないで下さい。そんなこと」
俺は電光石火でツッコんだ。
ツッコミ人生の中でもおそらく最速の部類だ。
するとキツネ村のヤツ、調子に乗りやがって、まるで宮廷書記官のように振舞った。
「では、サンピーは、削除。で、よろしいですか?」
「黙っててもらえますか。削除して、少し黙ってて下さい。サトミちゃん、とりあえず座ろう。座って話そう。なにはともあれ、レイコちゃんとはアレ一回きりですから」
サトミちゃんは、少し落ち着きを取り戻したようで、椅子に座ってくれた。
「クルミちゃんとは何回エッチしたんですか?」
まだ敬語か。これは直らんか。よし、勝負だ。
「二回か三回だと思います」
「ウソです。十四回です。ちゃんと聞いてきました」
じゃ、聞くなよ。
撃沈じゃねーか。
もう、木っ端みじんです。
好きにしてくれ。
「エッチがしたかったら、なんで私のところに来ないの。なんでもしてあげるわよ。なんでもしてあげたでしょ。あれでもまだ足りなの。私はどうすればいいの。クルミちゃんが若いからいいんでしょ。私みたいなオバサンは適当に遊んで捨てるつもりなんでしょ。健ちゃんの裏切り者!」
あ、健ちゃんって言った。
サトミちゃん、周りが見えなくなっているぞ。人いるぞ。
「私は健ちゃんの望む女になろうと努力したのに、何がいけなかったの。何が足りないの。大体同じ職場の女の子とこれみよがしに浮気することないじゃない。私のよく知っている女の子と、しかも3Pだなんて、健ちゃんなんて不潔よ。不潔極まりないわ!」
「それを言ったらサトミちゃんだって」
「私がなに?なんなの?言ったらどうですか。どうせ、お客さんとしてるって言いたいんでしょ。毎晩毎晩、違う男の人と寝て、お金を稼いでいるって、言いたいんでしょ」
「だから、浮気浮気って、俺ばっかりが言われる筋合いはないよ」
「私のは仕事です。浮気じゃありません」
「そんなのおかしいよ」
「おかしくありません。浮気じゃないもん」
どの口が言ってるんだと思った俺は、カッとなって思わず言った。
「セックスしてるだろ!」
「私、セックスはしても、キスはしてないもん。キスは健ちゃんとしか、しないもん。お客さんとは絶対、しないもん!」
「はあ? 痛い女だな!」俺は思わず立ち上がった。
言った瞬間我に返った。
バカ!なに言ってんだ俺は。と、血の気が引いた。
アクリル板を一枚挟んだ向こう側のサトミちゃんが、眼にいっぱい涙をためて俺を見つめて立っている。
しまった。また、やっちまった。ゴンにまた怒られるぞ。
頭の中に声が響いた。
「いいか、ケン。サトミちゃんをよく見ろ。あの、泣き虫なサトミちゃんが泣き崩れることもせず、歯を食いしばって立っている。何故だと思う?これはサトミちゃんの矜持なんだ。立派な矜持なんだ。本当はサトミちゃんも、お前に対して申し訳なく思っているんだ。毎晩毎晩違う男に抱かれていることをな。『キスNG』は、その自分の迷いを断ち切るための唯一の手段なんだ。お前に対する愛情をブレさせないため、自分で決めた約束なんだ。風俗雑誌に載っている文言とは、訳が違うんだぞ」
ゴンがここに居たらそう言うに決まっている。
その通りだよ、ゴン!
サトミちゃんは本当にピュアだ。
だからこそ、これは浮気じゃない仕事だ。
と自分に言い聞かせ、信じぬいているんだ。信念を貫いているんだ。
この想いだけはちゃんと受け止めないと、本当に俺はロクでもないヤツに成り下がってしまう。
サトミちゃんはいい女だ。誰がなんと言おうといい女だ。
歳なんて関係ねーし、ましてや、痛い女だなんて、とんでもない。
よし、こうなったら乗っかろう。
「俺も、キスはサトミちゃんとしかしないんだ」
「ウソはやめてください」
と言って、サトミちゃんはさっきのプリクラをバンっとアクリル板に押し付けた。
俺とクルミが見事にチューをしていた。
ああ、これは。浮気の証拠だったのか。
クラっときた。
再撃沈だった。
おかしいな、なんでこうなるんだ。
「私が遊びだったのはよくわかりました。健ちゃんにとって私は彼女ではなかったのですね。それを言いに来たんです。今日は帰ります。それと、ゴン君は電話しても留守電でした。何回か吹き込みましたが、返事はまだありません」
サトミちゃんが立ち上がって帰ろうとしたので、
俺はすかさず、
「サトミちゃん。ライブは三日後なんだ。ゴンは絶対家にいます。引きこもる癖があるんだ。ごめん。こんなこと頼めるのはサトミちゃんしかいません。ゴンの家に行ってみて貰えませんか。もう、こんなこと頼める義理ではないとはわかっていますが・・・」
そうお願いしてゴンの住所を教えた。
サトミちゃんは、行けるようだったら行ってみます。お約束は出来ません。
と言って帰った。
キツネ村が、今書いていたページをビリビリと破って、折りたたみ、俺に渡した。
開いてみると判決が書いてあった。
――浮気防止法違反、無期懲役。
第11話 終




