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第12話 パワーステーション

 次の日、サトミはゴンのアパートを訪れた。

 築二十年以上は経っているだろうと思われる木造モルタルアパート。

 ハイツ三鷹101号室。

 健司の住んでいる風呂無しアパートと、ほぼ同じような貧素な造りだ。


「良かった。この方が確認しやすい」

 とサトミは思った。

 オートロックのマンションだったらお手上げだと思っていたからだ。

 木造づくりのドアをノックして声を掛けた。


「ゴン君、サトミです。覚えていますか。一度、明大前で一緒に飲みましたよね。古屋君と一緒に。留守電に入れたメッセージ聞いてくれましたか?」


 暫くすると、ドアの向こう側でゴソゴソと音が聞こえてきた。

 やっぱりいる。

 健司の言う通り引きこもっていた。

「ゴン君。いるんでしょ。古屋君が大変なのよ。ここ開けてくれない」


 すると、ゴンの声が聞こえてきた。

「サトミちゃん。覚えていますよ。ケンが逮捕されたのもわかっています。僕が悪いんです。僕のせいなんです。ケンに言って下さい。もうコンビ解消だって」


 ――え? 

 

 サトミは驚くと同時に鳥肌が立った。ゾクっと悪寒が走った。

 そんな返答が帰って来るとは思ってなかった。


「ゴン君。なに言っているの。ライブはどうするの?明後日だよね。古屋君は明後日までには出てこられないのよ。それ知っているの?まずは古屋君に会いに行こう。ゴン君が来るのをずっと待っているのよ」

「帰ってくれ。ライブなんかもういいよ」

 と、ゴンは捨て台詞を吐いた。

 二度とサトミの投げかけに応答してくれなかった。


 サトミは動揺した。コンビ解消なんて受け入れられなかった。

 自分がいつの間にか、パワーステーションというお笑いコンビのファンになっていたことを実感した。


 *   *   *


 検事勾留七日目。1月31日(木)


 サトミちゃんが泣いている。

 接見室で俺を見るなり泣き出した。

 ゴンの家に昨日行ってくれたみたいだ。


 やはりゴンは引きこもっていた。

 普段なら俺が行かないとゴンは出てこない。

 他の誰が行っても反応しない。


 だが、サトミちゃんならもしかして、と思って託してみた。

 思った通りだ。サトミちゃんには反応して返事をしたんだな。

 えらいぞゴン。

 症状はまだ最悪のところまで進んでいないな。


「ゴン君がコンビ解消だって、健ちゃんに伝えてくれって、私どうしたらいいか」


 しかし、また、サトミちゃんを泣かすことになってしまったのか、俺は。


「心配ないよサトミちゃん。あいつのコンビ解消は病気だから。いつものことなんだ。あいつ、俺が捕まったこと、自分のせいだと言ったんでしょ。バイトが続かない自分を責めているんだ。食い扶持を面倒見て貰っているせいで、俺が捕まった。そう思って引きこもったんだ。コンビ解消病は引きこもりとセットで発病するから慣れっこだよ。ああなると、なかなか出てこないから厄介なんだけど。あと三日すれば俺は出られるから、そうすれば無理やり部屋に上がり込んで、カーテンと窓を全開にして、空気入れ替えて、ブルーハーツを大音量で掛けて歌うんだ。この時期は寒いだろうけど、そのくらいの方が丁度いい。『リンダリンダ』『「TRAIN TRAIN』『人にやさしく』の順番で掛ける。3曲目の、人にやさしく。からゴンも一緒に歌い出す「きーが、くるいそう、ノーノ―ノーノ―ノーノ―ノー」って。・・・だから、心配ない。ま、外に出られるようになるには、それから一週間は掛かるけどね。ありがとう、行ってくれて」


 サトミちゃんが顔からハンカチを離した。

「そっか、ブルーハーツか。男の子らしいな」

「そのときに出来たネタもあるんだ。『ブルーハーツの取調室』っていうネタ」

「どういうネタ?」

 俺は、サトミちゃんを笑わせたくて、身振り手振りで、ネタを説明した。



 刑事が、イスに座っている犯人にこう聞く。


 刑事「で、お前のアリバイを聞いているんだ。昨日は一体どこにいた?」

 犯人「銀座にいました」

 刑事「なに、ギンザ」

 犯人「そう、ギンザ」


 と犯人が返したら、刑事はすぐに歌い出す。リンダリンダのリズムで。


 刑事「ギンザギンザ~、ギンザギンザギンザ!・・・」


 刑事が歌っている間、何故か、犯人は甲本ヒロトのようにピョンピョン飛び跳ねなければならない。ここに意味はないよ。ナンセンスギャグだから深く考えない。


 刑事がエアギターでノリノリで歌い出す。

 すると、犯人は体が勝手に動き出し、縦乗りで、ジャンプを思いっきり繰り返す。

 軽く跳んではダメなんだ。思いっきり跳んで、疲れていくところが味噌。

 犯人が疲れていくところを笑ってもらう趣向だ。

 終わったら、ハアハアと肩で息をする。

 で、もう一度イスに座る。


 刑事「銀座に何時ごろいたんだ」

 犯人「ハアハア、深夜です」

 刑事「なに、シンヤ」

 そしてもう一度、

 刑事「シンヤシンヤ~、シンヤシンヤシンヤ!・・・」


 犯人はもちろんジャンプをしなければならない。バッキバキに疲れる。イスに座る。


 刑事「銀座で深夜に何をしていた」

 犯人「シンナー吸ってました」

 刑事「シンナシンナ~、シンナシンナシンナー・・・」



 これが永遠続く。

 刑事がゴンで俺が犯人。

 俺にとっては、体力の限界に挑戦する過酷なネタなんだ。

 女の子にはウケがいいネタだ。

 サトミちゃんはどうかな?と思ったら、


「面白い。バカバカしいもんね。単純でくだらない。ちゃんと見たい」


 よかった。サトミちゃんに笑顔が戻った。


「このネタは俺が創ったんだ。ゴンとブルーハーツを聞いている時に。あいつが引きこもるのも悪いことばかりじゃないんだ。思わぬ収穫もあったんだ」

「健ちゃんのそういうところ頼もしい。ゴン君も頼りにしていると思う。でも、明日のライブはどうするの?」


「問題はそれさ。俺が急病になったって電話してくれれば、それだけで済む事なんだけど」

「私が電話しようか?」


「いや、出来ればゴンが電話したほうが印象がいい。不義理をすると干される可能性がある。干されたコンビが実際にいたんだ。ライブハウスの丸山店長は、ゴンのこと気に入っているから尚更だ。直接連絡入れた方が信用が保たれる」

「さっき、無理やり部屋に上がり込んでって言ってたけど、どうやるつもりなの」


「俺、アイツんちの合鍵持っているんだ。最初引きこもった時はガラスを割って入ったんだけど、そうそうガラス代もバカにならないからね。もういっそのこと寄越せって、ふんだくって、うちの机の引き出しの中に入れてあるんだ」

「私、もう一度行ってみる。電話させればいいんでしょ」


 と、サトミちゃんがなにやら使命感に燃えて視線を上げた。


 とは言え、

「ありがたいけど、俺、これ以上サトミちゃんに迷惑かけていいのかどうか・・・」

「ううん、健ちゃんの為じゃないの。パワーステーションの為なの。私、もっともっと、パワーステーションのネタが見たい。だって、ホント面白いんだよ」


 そう聞いて俺は、嬉しさと寂しさとを、両方感じた。

 いや、明らかに、寂しかった。


 *   *   *


 サトミはカーテンと窓を全開にして、部屋の空気を入れ替えた。

 寒いくらいが丁度いい。と健司が言っていたので玄関も開けっぱなしだ。

 冬は日が落ちるのが早いので、もう外は薄暗くなり始めている。


「一曲目がリンダリンダね」

 と言って、プレーヤーにブルーハーツのCDをセットして選曲した。

 大音量とは聞いたがそれは少し遠慮した。普通に流した。


 ゴンは「サブッ」っと言って、傍にあった毛布をとって体に巻いた。

 頭まですっぽりと被って、モンブランケーキのようになった。


 サトミはリンダリンダのリズムに合わせて少しだけ、口ずさんだ。

「ギンザギンザ・・・古屋君から聞いたわよ。ブルーハーツのネタ。面白そう。ちゃんと見たいな。オチまでは聞いてないんだ」

「あのネタは爆笑だよ」

 モンブラン毛布の中から、ゴンのこもった声がかすかに聞こえた。


 そのままリンダリンダが最後まで流れて終わった。

 サトミは停止ボタンを押した。

「明日は古屋君がインフルエンザになって出演できなくなりました。これだけでいいから、電話しなさい。ここに電話置くね。次はTRAIN TRAINだったね」

 と言って選曲した。


 曲が流れ始めると、サトミは先程から気になっていたキッチンの流し台に向かった。

 コップとお皿とカップ麺の容器が雑然と放置してあった。

 傍にある小さな食器棚はほとんど空になっていた。

 給湯器に火を入れて洗い始めた。

 しばらくすると曲が途中で止まった。

 振り返ると、ゴンが電話に手を伸ばしていた。


「はい、この穴埋めはまた。恐れ入ります。お疲れ様です」


 ゴンの受け答えは意外としっかりしていた。

 サトミは腕組をしながらその様子を見守っていた。

 そして、ゴンが受話器を置くと同時に言った。

「えらい。意外とちゃんとしているじゃない。意外って言っては失礼かな」


「俺を何だと思っているんだ」

 と言いながら、ゴンはまた毛布を被ってモンブランになった。


 3曲目の『人にやさしく』をかけた。

 モンブランがリズムをとって揺れ始めた。

 それを見てサトミはちょっと吹き出し、

「私、あらいもの終わったら帰るからね」

 と言ってキッチンに戻り、先程の続きを始めた。


 コートが邪魔だったので脱いでカーディガン姿になり腕をまくった。

 チャチャっと終わらせるつもりだった。


 背中を向けて聞いていた『人にやさしく』が終わったので、あらいものをしながら声を張った。

「古屋君の面会に行かない?喜ぶと思うよ。ゴン君のこと心配していたから」

 と、投げかけるやいなや、

 サトミは、「ふさっ」という音と風を感じ、ゴンと一緒に毛布に包まれた。


 洗い物の手は止まった。

 そして、じっとして動かなくなった。

 給湯器からお湯は出っ放しになっているが、止めることもしない。

 ゴンも動かないし、黙っている。

 ただ、ゴンの体温だけが触れるか触れないかの間隔でサトミの背中に伝わってくる。


 目の前の流し台では、お湯がステンレスを叩き湯気が立ち上っている。

 冷え切った部屋の空気の中で、徐々に二人は体が温かくなっていくのを感じた。

 二人はしばらくの間、そのままでいた。


 そしてサトミが静かに口を開く。

「ゴン君、私の仕事のこと、気付いていた?気付いていたなら、そういう目で見られてもしょうがないけど。私、健ちゃんが運転手しているお店で働いていたの。だから何だ。ってことではないですよ。ゴン君には正直に話すね。私、健ちゃんのことが好きで、お付き合いしているつもりでした。でも、健ちゃんには彼女と思われていないみたい。それはそうだよね。私みたいな女が。私、バカだから勘違いしていた。それがわかって、今、結構不安定です。誰かに優しくされたら頼りにしちゃうかも。でも、やっぱり健ちゃんのことが、好きみたいです。そういう状態です。それをゴン君にはちゃんと伝えたいと思いました。そしてなにより、パワーステーションの大ファンです。なに言っているんだこいつ。って、思われるかも知れないけど、今じっとしていたら、そういう事が話したくなりました」


「寒いから」

 とひとこと言って、ゴンは毛布から自分だけすり抜け、サトミの背中にそっと掛けた。


「サトミちゃんに風邪をひかせたら、俺がケンに怒られる」

 そう言いながら、ゴンは開けてある玄関と窓とカーテンを閉め、自分は掛布団にくるまって座った。掛布団も頭まで被った。


「ありがとう、ゴン君」

 と言って、サトミは最後に残っていたコップを洗って帰った。


 *


 ゴンは、自分のしたことの恥ずかしさとおぞましさで、いっぱいになっていた。

 掛布団から顔を出して見送ることが出来なかった。


 サトミちゃんはいつか傷つく。

 ケンの彼女への接し方を見ていて、そうなる予感はしていた。


 ゴンは思った。

 俺だったらサトミちゃんを多少は癒してあげられるかもしれない。

 そう一瞬でも勘違いしたのが恥ずかしかった。

 いや違う。逆だ。俺は癒して貰おうとしたに違いない。

 都合のいい解釈で誤魔化すな。

 スケベ心も走ったじゃないか。

 仮にもケンの女だぞ。バカか俺は。


 彼女は、自分が不安定な状態だと言っていたが、とんでもない。

 知られたくないことをわざわざ俺に打ち明け、いつ、いかなる時でも誠実であろうとまっすぐに立っていた。

 言い訳はしない。逃げる気配もない。


 俺にはとうていできない芸当だ。

 逃げて、引きこもって、言い訳ばかりしているんだ。

 あれじゃ、まるで天使か女神だ。

 神々しくてまともに見ることなんか、今の俺には出来ねーよ。



 第12話 終


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