第13話 延長
検事勾留八日目。2月1日(金)
四谷署からの呼び出しが久々に掛かった。
実に一週間ぶりだ。十日で出られるとしたら、2月3日に釈放だ。
あと二日だ。
どういう段取りになるのか聞きたくてウズウズしながら、朝一で連行された。
四谷署のいつもの取調室で待っていると、篠崎のとっつぁんが入ってきた。
苦虫を噛み潰したような顔をしている。
俺は軽く会釈をした。
とっつぁんはイスに座って重たそうな口を開いた。
「古屋、お前、十日で出られんぞ」
――え?
篠崎のとっつぁんがこんな冗談を言う筈がない。キツネ村じゃないんだ。
俺の、十日で出られる。という固定観念が音を立てて崩れ始めた。
「お前、練馬の事務所に行ったことあるな」
ヤバい。練馬の事務所は、この間すっとぼけてしまった。
「いえ」としか返事が出来なかった。
すると、篠崎のとっつぁんが写真を一枚出して机の上に置いた。
コンビニの、焼きそばパンの袋が写っている。
なんだ?と思った。
「これが練馬の事務所のゴミ箱から出てきた・・・」
「お前の指紋が付いているよ」
「・・・・・・」
言葉がでなかった。
「秋津という男のことも知っているな」
篠崎のとっつぁんが尋問を重ねる。
いかん。これだけは伏せなければならない。宮下のオッサンとの約束だ。
と、半ば反射的に「いえ、知りません」と答えた。
「いいか。この写真をよく見ろよ」
篠崎のとっつぁんが写真を指差して言った。
「ここに製造年月日、平成2年12月25日 18時00分。とあるな。消費期限が48時間後の平成2年12月27日 18時00分。になっている。お前は25日から27日の間にこのパンを買って、どこで食べたか。練馬の事務所で食べたか。それは知らんが、袋を練馬のゴミ箱に捨てた。――これは間違いないか?」
当時、食品には製造年月日が記載されていた。
調理パンにはご丁寧にその時間までもが記載されていた。
俺は、警察の捜査の仕方に脱帽した。
こんな細かいところまで見るのか。さすがだな、敵わない。
確かに、練馬の事務所に集金に行った時に、コンビニで何か買って行き食べたような・・・そんな記憶が蘇ってきた。
「はい、そうだと思います」と、答えた。
「よく思い出せ。毎月、月末の給料日を過ぎると忙しくて電話が取り切れなくなり、秋津が練馬の電話番をしていたな。このときはさらに年末だ。ボーナス時期と重なり特に忙しかったんじゃないのか。多分、26日か27日に練馬に行ったお前は、必然的に秋津と顔を合わしているな」
そうか。
秋津を不愛想なヤツだと思った理由を思い出した。
余分に買ったパンをすすめたんだ。
「これ食べます?」と差し出したが、秋津は無視した。
それで会話をする気も失せたんだ。
「すいません。秋津はいました。練馬に行ったとき、そこにいました」
俺は、力なく答えた。
篠崎のとっつぁんは、ため息を大きくついた。
「あれだけ、知っていることは喋れよ。って、言ったじゃないか。嘘を付いていたことで、お前の取り調べは続行だ。もう十日間、勾留延長だよ。何故喋らなかった。宮下に口止めでもされていたのか」
俺は、今更言い訳などしてもしょうがないと思った。
そんなことより、
2月3日までだと思っていた拘留期間が、十日のびると、
2月13日までということになる。
「篠崎さん、実は、田舎の親父が東京に上京してくるんです。いとこの結婚式が2月9日にありまして前日に山口から上京してくるんです。十日延長されたら、オヤジを迎えに行けません。なんとかなりませんか。なんとか十日で」
悪いのは俺だ。随分身勝手なことを言っているは分かっている。
「古屋、それはなんともならんぞ!」
篠崎のとっつぁんは語気を荒げて一喝した。
当然だと思った。
今年の正月明けのことだった。
親父から電話があり、東京の俺のいとこ、親父にとっては甥にあたるアキラ兄ちゃんが結婚すると知らされた。
2月9日(土)が結婚式。
2月8日(金)に上京し、俺の家に一泊して翌日一緒に結婚式に出席する段取りになった。
お袋は緑内障の手術があってこられないので、親父一人で上京するらしい。
詳しいことは2月に入ってからまた連絡を取り合おう。ということになっていた。
今日が2月1日(金)だ。そろそろ電話が掛かって来るかも知れない。
このまま連絡が取れずに、オヤジが上京することになったら心配かけるだろうな。
こんなことなら家族に連絡して貰っておいた方が、良かったんじゃないのか。
いや、俺が逮捕されたと、警察からいきなり電話が掛かってくる方が、親にとってはショックがデカい。
うちの両親は田舎で素朴な生活をしている。
およそ警察沙汰とは無縁な人種だ。
親父は地元のタクシー会社でコツコツと働いてきた。
今年で60歳になる。酒もタバコもやらない。
お袋と一緒に畑で野菜作りをするのが唯一の趣味だ。
近くの山のふもとに、ひと月三千円でバスケットコートぐらいの広さの土地を借りて、野菜を育てている。季節季節の野菜を送ってくるが、ほとんど料理をしない俺は使い切れずにいつも腐らせてしまう。
もういいよ。と言っても送ってくる。
お笑い芸人になる。と言って家を飛び出した息子のことを常に気に掛けている。
そんな俺が、暴力団の資金源になっている売春クラブでは働いていた。
しかも逮捕された。なんて聞いたら気が狂う程に心配するに違いない。
心臓の持病が悪化するかもしれない。そんな思いは絶対させてはならない。
どっちにしても、親不孝極まりないことをやらかした。
俺はなんて、くそバカ野郎なんだ。
* * *
「ゴン君が電話してくれたの。受け答えがしっかり出来ていて、驚いちゃった」
サトミちゃんが喜び勇んで、笑顔いっぱいで報告に来てくれた。
これでライブの件はひと安心だ。
ありがとう。サトミちゃん。なんとお礼を言っていいか。
と言いながらも、俺にしょげた空気が漂っていたのは一目瞭然だったのだろう。
サトミちゃんが瞬時に表情を固くした。
「なんかあったの?」と聞いてきた。
「十日で出られなくなった。もう十日延長されて勾留されることになった。出来ればゴンに伝えてもらえるかな」
「どうして? 十日で出られるんじゃなかったの」
「黙っていたことがあって、それがバレたんだ。俺が悪いんだ。全部喋れよって言われていたのに、黙っていたから」
「なにを黙っていたの?」
サトミちゃんの目が潤んできた。
そのとき、立会人の担当さんが「おい、古屋」と声を掛けてきた。
そうだ、取り調べの内容をそう簡単に喋っていいはずがない。
あんまり詳しいことは話せないんだと言おうとしたら、
サトミちゃんが、ハッと何かに気が付いたような顔をして、口パクをした。
「ね・り・ま」と発音しているがわかった。俺はうなずいた。
サトミちゃんもファミレスの緊急会議の時に同席していた。
秋津のことを黙っていてくれ。と言った宮下のオッサンの姿を見ていた。
すぐにそれに気付いたみたいだ。それ以上は押し黙ってしまった。
俺は話題を変えて、サトミちゃんのことを聞いた。
「入院しているおかあさんの容体はどう?」
「うん、先日の再手術が成功して順調に回復してる。まだ人口呼吸器をつけていて話せないから、五十音表を使って会話しているの。時間が掛かっちゃってしょうがないの」
そうか。順調にいってるのか。良かった。
サトミちゃんが、おかあさんを心配して泣いているところを、何度も見てきたからな。
なによりだ。よかった。ホントによかった。
そうだ、サトミちゃん、仕事はどうしているんだろう。と思い聞いてみた。
「まだ、なにもやってないの。私も、今回のことショックだったからまだなにも。でも、心配しないで。カオルちゃんって覚えてる?彼女が、今働いているところは稼げるから、面接に来ないかって、声を掛けてくれたの」
カオルちゃんは、うちの店をやめて歌舞伎町のヘルスに行った娘だ。
確かに、ヘルスは客の回転が早いから稼げるとは聞いた。
だが、体力的にはきついらしい。
が、なにより、もういいよ。サトミちゃん。風俗で働くのは止めよう。ちゃんとした他の仕事を見つけて欲しい。と、喉まで出かけたが、俺にそんなことを言う資格があるのか。と思い、二の足を踏んだ。
あれだけ飯をおごって貰ったり、小遣いを貰ったりしておいて、無責任にそんなこと言えた義理じゃない。じゃあ、お前が稼いでサトミちゃんを食わせてやったり、おかあさんの入院費を面倒見たりすることが出来るのか。と自問自答した。
「もう少ししたら、行ってみるつもりだから、仕事のことは心配しないで」
と言ったサトミちゃんの顔は、明らかにつくり笑顔だった。
俺は、無理はしないでね。と言うのが精いっぱいだった。
第13話 終




