第14話 供述調書
検事勾留九日目。2月2日(土)
あと一週間もすれば親父が上京する。
俺はこのまま連絡が取れずに、結婚式もバックレる。
当然、親は俺のことを心配するだろう。
二十日経ってここを出たら、すぐに田舎に電話して無事であることを知らせよう。
言い訳は・・・今は出てこない。そのうち考える。
というのが、俺がもっか最善だと思い選択した道だった。
だが、最善でもなんでもないこともわかっている。
自分に鬱憤がたまっていくのがわかる。
何かにつけてイラついてしまう。
三人部屋の房の中で、それは他人に向けて発散することになった。
「静かにしてもらえませんか!」
俺は星川さんに怒鳴った。
この男が段々嫌いになっていた。
その日、安藤さんは取り調べで呼び出されて居なかった。
俺と星川さんの二人だった。
星川さんは、漫画を読んでいる俺に対して愚痴をいい始めた。
ちなみに、俺はどこに行ってもフルちゃんと呼ばれることが多い。
「フルちゃん聞いてよ。ひどいんだよ。今度の新しい刑事が、子供のことを引き合いに出して尋問してくるんだよ。子供は関係ねえって言うんだよ。な。俺の息子たちが悪さしたわけじゃないのによ・・・」
この人はとにかく愚痴ばっかり巻き散らしている。
星川さんは、俺や安藤さんとは違い、毎日呼び出されていた。
相当きつい取り調べを受けているらしい。
銃刀法違反という重罪の容疑なのだから仕方がない。
毎度、この房に帰って来るなり「安藤さん、聞いてくれよ」と始まり、2時間ぐらい平気で愚痴る。安藤さんはそれを黙って聞いている。黙って聞いているというより、じっと視線を外さず、丁寧にうなづき、聞き入っている。2時間ずっとだ。
俺はそれを傍で見ながら、よく平気だなと思っていた。
今日は安藤さんがいなかったので、星川さんの矛先が俺に向かった。
途端に俺はちょっとキレてしまった。
「俺、今漫画読んでいるんっすよ」
この野郎、右翼だ何だって偉そうなこと言っている割には、肝っ玉が小さい男だよな。
と、自分のことを棚に上げて、俺はむかっ腹を立てた。
「あ、ごめんごめん。邪魔しちゃ悪いな」
星川さんはあっけなく引き下がった。
その夜、布団を敷いているとき、俺は二人に、
「この部屋、寒くないですか。寝ている時寒くて、俺目が覚めるんですけどね」
と、なに気なく聞いてみた。
すると星川さんが、
「フルちゃん、そこトイレに一番近いからすきま風が来るんだよ。代ってやるよ。俺暑がりだから結構平気なんだよ」
と言って代ってくれた。
少し気がひけたが、昼間、星川さんに強めの態度に出たのが功を奏したか。と満更でもなかった。安藤さんは黙って見ていた。
次の日、例によって星川さんが呼出しをくらった。
いなくなった時に、俺は安藤さんに訊ねた。
「安藤さん、毎日よく平気で星川さんの愚痴を聞いていられますね。俺なんか、昨日我慢できずに、ちょっとキレちゃいましたよ。静かにしてもらえませんかって」
すると、安藤さんは淡々とした口調で話し始めた。
「平気じゃないよ。つらいよ。それにほとんど聞いてない。右から左に流しているだけさ。聞いているふりをしているだけ。こんなところでギスギスしても損するのは自分だよ。俺、若い時にも大麻で捕まったことがあって、その時に拘置所で、やなヤツと衝突してイジメにあってさ。ひどい目にあったよ。だから、こういうところで我を張っても意味がないと思ってる。どうせすぐ離れ離れになるんだ」
演技だったのか。聞いているふりだったのかと、俺は驚いた。
「フルちゃんも、損しないようにな。昨日、星川さんと寝る場所交代したのには驚いたよ。星川さんは一応この部屋の部屋長だよ。一番古株なんだから。トイレに一番近い場所は普通新入りが寝るもんだからね。まあ、星川さんは気にしてないみたいだから、よかったけど。気を付けてな。こういうところには変なヤツがゴロゴロしてるから、些細なことは気にしないほうがいい。うまく立ち回る方が得だよ」
その時、留置管理課の係長がやって来た。
「安藤、明日の支度だ。ちょっと来い」
と言って安藤さんを連れ出した。
明日、安藤さんは小菅の東京拘置所に移送されることになっていた。
自分も随分慣れたもんだな。と俺は思った。
ここに来た時は怖くて怖くてしょうがなかったが、今じゃ部屋長にキレたりする始末だ。
ここは所詮犯罪者の巣窟だ。社会の底辺だ。
安藤さんの言う通りだ。気を付けないと、どこかでしっぺ返しを食らうかも知れない。
翌日、安藤さんは小菅に行ってしまった。
房を出る時、俺に「じゃあな」と一声掛けてくれた。
俺には「フルちゃん、くれぐれも気を付けてな」と聞こえた。
俺は「安藤さんもお気を付けて、いずれまたどこかで」と心の中で返して、
胡坐をかいたまま深く頭を下げた。
* * *
検事勾留十二日目。2月5日(火)
四谷署に呼び出された。
俺の供述調書を清書する為だった。
あらかじめ下書きのような作文を見せられた。
篠崎のとっつぁんは、
「今から声に出して読むから間違いがあったら言いなさい。訂正するからな」
と言った。
あたかも俺が喋ったように書いてあった。
まあ、さして間違ったことは書いてなかった。
とっつぁんが手書きで清書していくので随分時間が掛かった。
最後に俺がサインして終了だ。
「ところで、親父さんはそろそろ上京してくるんじゃないのか?俺が電話して事情を話した方がいいんじゃないのか」
篠崎のとっつぁんは、一応心配してくれていた。
「いえ、それだけは勘弁してください。ここを出てからなんとか説明しようと思ってます。なんとかなりますので、ご心配おかけして申し訳ありません。お気遣い有難う御座います」
俺は断った。
が、なんとかなるような言い訳は考えつかない。
考えるたびに親父の顔が頭に浮かんで、やるせない思いでいっぱいになった。
* * *
検事勾留十三日目。2月6日(水)
東京地検、検事室。
検事さんによる取り調べを受けた。
取り調べと言っても、篠崎のとっつぁんが清書した供述調書を、読みながら確認していくだけだ。はい、間違いありません。と俺が答えて終了。あっけなかった。10分で終わった。
東京地検に行くときは、手錠を掛けられ、他の容疑者と一本のロープで繋がれ、護送車に乗せられる。
朝9時ぐらいに地検に着き、6人ぐらいまとめて、地下の待合室に入れられる。
待合室といっても、当然鉄格子が付いている部屋だ。
手錠は付けられたままだった。私語は厳禁。横になることも禁止。
木のベンチみたいな固いイスで尻が痛くなる。
呼び出されて、取り調べは10分で終了。
地下に戻され、また、尻が痛いのを我慢しながら待たされる。
一日中苦行のような時間を過ごし、午後四時ぐらいに地検を出た。
帰る時はまた、手錠にロープを通され、犯罪者の皆さんと数珠つなぎになって護送車に乗せられる。情けないにも程がある。
護送車で麹町署に帰りながら考えるのは、やはり親のことばかりだった。
連絡の取れない俺を、今どれだけ心配しているだろう。
この窓の外の公衆電話から電話一本掛けられれば、なんとでもなるのに。
急に地方で漫才の仕事が入った。
お世話になっている人の紹介で頂いた仕事だ。
どうしても断り切れない。
などと、電話一本できれば、余計な心配を掛けずに済むのに。
チクショウ。チクショウ。チクショウ。
* * *
ガジュマルの観葉植物が気になり、サトミは健司の部屋を訪れていた。
水をあげたらすぐに帰ろう。
そうそう頻繁に来ていたらストーカーになりかねない。
と、自分でちょっと可笑しくなった。
マグカップで水をあげていたら、電話がなった。
留守電に切り替わりアナウンスが終わると、しわ枯れた声が聞こえてきた。
「けんじ。父さんじゃが、なして電話に出てくれんのか。どうしたんか。アキラものう、結婚式にお前が来てくれるいうて、よろこんじょるけど、でられるんか。どうなんか。明後日にはわしは新幹線で東京にでるがの、けんじとあえるんかの。明日また電話するけえ。お願いします。ほれじゃあ」
ガチャっと、受話器を置く音。
サトミは茫然とした。
第14話 終




