第15話 源氏名
検事勾留十四日目。2月7日(木)
「もう明日だよ。お父さんが出てくるの」
サトミちゃんがアクリル板の向こうで半ベソだ。朝一で来てくれた。
また俺は余計な心配を掛けている。
サトミちゃんの口を通して、親父が留守電に吹き込んだ内容を聴かされた。
例の朴とつな物言いだったに違いない。
方言丸出しの言葉遣いから声の調子まで想像出来るから厄介だ。
普段は安らぎをもたらすその声が、今の俺には辛辣に響く。
「どうするつもりだったの」
「ここを出てから連絡するつもりなんだ。うちの親は田舎者で、超がつくほど真面目だから免疫がないんだ。俺が、暴力団と繋がっている売春組織で働いていた。ましてや、逮捕された。なんて聞かされたらショックがデカすぎてヤバいんだ。親父は心臓に持病を抱えているし、お袋はもうすぐ緑内障の手術をするんだ。だから、四谷署の刑事さんからも電話はしてもらってないんだ」
「ゴン君に電話して貰ったら」
それも少しは考えたんだが・・・ゴンは今どんな状態なんだろう。
「サトミちゃん、ゴンは?」
「それが、健ちゃんの十日間延長のことを知らせに行ったんだけど、家から出てこないの。かなりショックだったのか、完全に引きこもってしまったみたい。これから先は健ちゃんに任せた方がいいと思って帰ってきたの」
「うん、それは正解だ。俺に任せてくれ」
「でも非常事態だから。また合鍵で中に入って説明すれば、電話してくれるかも」
「いや、それは危険だ。あいつまた自分のせいで、俺の家族にも迷惑を掛けたと思い込んで、今度はなにするかわかんない・・・」
俺は大きく嘆息した。
「ふうう。あいつ、前に一度、リストカットしたことがあったんだ。傷が浅くて大事に至らなかったけど」
サトミちゃんが、眼を閉じて首を落とした。
ごめん、サトミちゃん。俺達の屈折した姿ばかりを見せてしまって。
申し訳ない。
パワーステーションのファンだと言ってくれているのに、夢のかけらも見せてあげられてねえじゃねーか。情けないったらありゃしねえ。
すると、サトミちゃんがすっと顔を上げて、
「私が電話する」
と言い出した。
「いや、そこまでしなくいいよ。これ以上はサトミちゃんに迷惑掛けられない。俺が出てからなんとかするから、もう関わらないほうがいい」
「でも、明日来て、お父さんが健ちゃんの家を訪ねて、健ちゃんがいなかったら、どうすると思う。あたしだったら警察に行って捜索願いを出すわ。家族だったらそうしない?もう何日も連絡取れてないのよ。いとこの結婚式だって言うのに」
そこまで気が付かなかった。確かに、その可能性もある。
「お巡りさん、この場合、捜索願いが出されたらどうなりますか?」
サトミちゃんが立会人の担当さんに聞いた。
今日の立会人は――キツネ村だ。
「そりゃ、ここ(麹町署)にいますよ。って、すぐに判明するよ」
キツネ村はあっさり答えた。
「ほら。だから、まずは今日中に連絡して、本人は電話に出られないけど、無事です。大丈夫です。ご安心ください。って、誰かが伝えるのが先決じゃない」
正論だ。いや、正論かどうかわからんが俺には正論に聞こえる。
一番心配しているのは俺の安否だ。
生きるか死ぬかの心配をさせるなんてとんでもない。
「なるほど。でも、なんで俺は、電話に出られないの?」
「それは、健ちゃんが考えて。私なんかが思いつくはずないもん。どう言ったらいいの?」
「もし電話出来たら、こうでも言おうかなと思ってたのは、急に地方で漫才の仕事が入った。お世話になっている人の紹介で頂いた仕事だ。どうしても断り切れない。みたいな」
「それいい。それだったら結婚式に出られなくて不思議じゃない。すぐ電話しなさい」
「いや、だから、電話が出来ないんだよ」
「そうだった。だから私がするんだった。とにかく健ちゃんが電話に出られない状況を考えなくちゃ。声が潰れたってのはどう?」
「声が潰れても結婚式には出られるよ」
「そうか。結婚式にも出られなくて電話にも出られないなんて・・・誘拐されちゃったのよ!」
「誰が?」
「健ちゃんが」
「え?」
「それだったら、電話にも出れない。結婚式にも行けないわ」
「それはいいかもしれないな・・・」
キツネ村が、口を挟んだ。
「ね。お巡りさんもそう思うでしょ」
「う~ん。確かに、電話と結婚式、どちらにも不都合が生じる。それは納得できる・・・」
キツネ村は顎に手を当てて考えた。
「でも、お嬢さん。いらないものが増えておりますな」
「なにが?なにが増えてるんですか?」
「よーく、考えましょう」
「なにかしら・・・」
口に手を当てて、サトミちゃんは考えた。
コイツ。遊んでやがる。
お前、いい加減にしろよ。と言いたかったが、
それを言っちゃ、サトミちゃんに気の毒だ。
「お巡りさん。なんですか。なにが増えたんですか?」
「余計な心配です」
――あっ。
サトミちゃんは目を瞑った。
「ごめんなさい。私、バカだから、変なこと言っちゃって」
「いえいえ。そんなことはありません。そうやって、トライアンドエラーを重ねれば、きっといい案が浮かぶでしょう。他になにかありませんか?」
キツネ村、なに調子にのってんだ。
「どうして彼は、電話にも出れない。結婚式にもいけない。のか?」
「お巡りさんも一緒に考えてくれます?」
「私の様な、赤の他人が口を挟む事ではないと思いますが・・・この場合、問題の核心は何なのか?もう一度、そこを見なしてみるといいかも知れませんね・・・」
「どういうことですか?」
「ふと思ったのですが、ご両親が一番心配なさることは、何だろう?と思いまして」
「それは、逮捕されたってことかしら・・・」
「逮捕もいろいろありますよ。その理由が問題なのでは?」
しばらく考えていたサトミちゃんだったが、
ピクッと、顎を上げた。
「わかった! 健ちゃんはやっぱり警察に捕まったのよ」
「だから、それは」
「待って待って。ご両親がびっくりするのは、暴力団とか売春組織が出てきちゃうからじゃない」
「うん。そう」
「そうじゃなくて、健ちゃんは喧嘩をして誰かを怪我させちゃったのよ。それも、ひとが喧嘩しているのを見て、仕方なく仲裁に入って、不慮の事故的な、そんな感じだったの。健ちゃんは悪くないのよ」
サトミちゃん一生懸命考えてくれている。
アクリル板がなかったら抱きしめてやりてーよ。
「これだったらいけるわ。待って、それでも電話だけでは安心しないわ。健ちゃんに頼まれたからと言って、まず私は電話します。すると、お父さんは直接会って話を聞きたい。と言うはずよ。で、東京駅に迎えに行って、喫茶店にでも入って、事の経緯を細かく話すの。来週には出られるから、その時はすぐに連絡します。って健ちゃんは言ってました。ご安心ください。どう? お巡りさん、どう思います?」
サトミちゃんがキツネ村に振った。
「うん、多少強引だが、相手は田舎の素朴なお父さんだ。行けなくはないだろう。古屋、俺がお前の家族だったらな、この人が直接会って説明してくれたら、すこしは安心するぞ」
くそっ。キツネ村のやつ、まともなことを言いやがって、
「よし、今回はその手で押し切ろう。行きなさい!」
と、キツネ村が語気を強めた。
この野郎、どこまで本気なんだ?
「やったわ。お巡りさんのお墨付きも出たわ。私、頑張る」
うわっ、サトミちゃんのテンションもあがった。
「いや、そこまでして貰っても、俺なんて言っていいか・・・」
「ここまで来て遠慮しないの。同じ戦場に立つ同志と思いなさい。そんなことより、健ちゃんと私の関係はどうしよう。近所のオバサン? 大家さんの娘とかは? 健ちゃんがあとで説明しやすいのがいいと思うのよ。なにがいい?」
え? あとで説明しやすいって言ったらなんだ。
やっぱり・・・と考えを巡らせていたら、
キツネ村が割って入った。
「そんなもん、彼女しかないだろ」
そうなんだ。彼女しかいないんだ。こんなことまでやってくれるのは。
「じゃあ、彼女でいい? 気にしないで。仮の話だからね。のちのち別れたとかなんとか言えば済む話だもんね。じゃあ、嘘はつきたくないから、本名でお父さんに御挨拶しますよ。私の本名覚えてる?」
「酒井瞳さんです。覚えてる。忘れるわけないよ」
「正解。それで話は合わせてね。じゃ、実家の番号教えて」
意気揚々として酒井瞳さんは帰っていった。
サトミとは店で使っていた源氏名だ。
本名サカイヒトミを縮めてサトミと名乗っていた。
第15話 終




