表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/19

第15話 源氏名

 検事勾留十四日目。2月7日(木)


「もう明日だよ。お父さんが出てくるの」

 サトミちゃんがアクリル板の向こうで半ベソだ。朝一で来てくれた。

 また俺は余計な心配を掛けている。


 サトミちゃんの口を通して、親父が留守電に吹き込んだ内容を聴かされた。

 例の朴とつな物言いだったに違いない。

 方言丸出しの言葉遣いから声の調子まで想像出来るから厄介だ。

 普段は安らぎをもたらすその声が、今の俺には辛辣に響く。


「どうするつもりだったの」

「ここを出てから連絡するつもりなんだ。うちの親は田舎者で、超がつくほど真面目だから免疫がないんだ。俺が、暴力団と繋がっている売春組織で働いていた。ましてや、逮捕された。なんて聞かされたらショックがデカすぎてヤバいんだ。親父は心臓に持病を抱えているし、お袋はもうすぐ緑内障の手術をするんだ。だから、四谷署の刑事さんからも電話はしてもらってないんだ」


「ゴン君に電話して貰ったら」


 それも少しは考えたんだが・・・ゴンは今どんな状態なんだろう。


「サトミちゃん、ゴンは?」

「それが、健ちゃんの十日間延長のことを知らせに行ったんだけど、家から出てこないの。かなりショックだったのか、完全に引きこもってしまったみたい。これから先は健ちゃんに任せた方がいいと思って帰ってきたの」

「うん、それは正解だ。俺に任せてくれ」

「でも非常事態だから。また合鍵で中に入って説明すれば、電話してくれるかも」

「いや、それは危険だ。あいつまた自分のせいで、俺の家族にも迷惑を掛けたと思い込んで、今度はなにするかわかんない・・・」


 俺は大きく嘆息した。

「ふうう。あいつ、前に一度、リストカットしたことがあったんだ。傷が浅くて大事に至らなかったけど」


 サトミちゃんが、眼を閉じて首を落とした。


 ごめん、サトミちゃん。俺達の屈折した姿ばかりを見せてしまって。

 申し訳ない。

 パワーステーションのファンだと言ってくれているのに、夢のかけらも見せてあげられてねえじゃねーか。情けないったらありゃしねえ。


 すると、サトミちゃんがすっと顔を上げて、

「私が電話する」

 と言い出した。


「いや、そこまでしなくいいよ。これ以上はサトミちゃんに迷惑掛けられない。俺が出てからなんとかするから、もう関わらないほうがいい」


「でも、明日来て、お父さんが健ちゃんの家を訪ねて、健ちゃんがいなかったら、どうすると思う。あたしだったら警察に行って捜索願いを出すわ。家族だったらそうしない?もう何日も連絡取れてないのよ。いとこの結婚式だって言うのに」


 そこまで気が付かなかった。確かに、その可能性もある。


「お巡りさん、この場合、捜索願いが出されたらどうなりますか?」

 サトミちゃんが立会人の担当さんに聞いた。


 今日の立会人は――キツネ村だ。

「そりゃ、ここ(麹町署)にいますよ。って、すぐに判明するよ」

 キツネ村はあっさり答えた。


「ほら。だから、まずは今日中に連絡して、本人は電話に出られないけど、無事です。大丈夫です。ご安心ください。って、誰かが伝えるのが先決じゃない」


 正論だ。いや、正論かどうかわからんが俺には正論に聞こえる。

 一番心配しているのは俺の安否だ。

 生きるか死ぬかの心配をさせるなんてとんでもない。


「なるほど。でも、なんで俺は、電話に出られないの?」

「それは、健ちゃんが考えて。私なんかが思いつくはずないもん。どう言ったらいいの?」

「もし電話出来たら、こうでも言おうかなと思ってたのは、急に地方で漫才の仕事が入った。お世話になっている人の紹介で頂いた仕事だ。どうしても断り切れない。みたいな」


「それいい。それだったら結婚式に出られなくて不思議じゃない。すぐ電話しなさい」

「いや、だから、電話が出来ないんだよ」


「そうだった。だから私がするんだった。とにかく健ちゃんが電話に出られない状況を考えなくちゃ。声が潰れたってのはどう?」

「声が潰れても結婚式には出られるよ」

「そうか。結婚式にも出られなくて電話にも出られないなんて・・・誘拐されちゃったのよ!」

「誰が?」

「健ちゃんが」

「え?」

「それだったら、電話にも出れない。結婚式にも行けないわ」


「それはいいかもしれないな・・・」

 キツネ村が、口を挟んだ。

「ね。お巡りさんもそう思うでしょ」

「う~ん。確かに、電話と結婚式、どちらにも不都合が生じる。それは納得できる・・・」

 キツネ村は顎に手を当てて考えた。


「でも、お嬢さん。いらないものが増えておりますな」

「なにが?なにが増えてるんですか?」

「よーく、考えましょう」

「なにかしら・・・」

 口に手を当てて、サトミちゃんは考えた。


 コイツ。遊んでやがる。

 お前、いい加減にしろよ。と言いたかったが、

 それを言っちゃ、サトミちゃんに気の毒だ。


「お巡りさん。なんですか。なにが増えたんですか?」

「余計な心配です」


 ――あっ。


 サトミちゃんは目を瞑った。

「ごめんなさい。私、バカだから、変なこと言っちゃって」

「いえいえ。そんなことはありません。そうやって、トライアンドエラーを重ねれば、きっといい案が浮かぶでしょう。他になにかありませんか?」


 キツネ村、なに調子にのってんだ。


「どうして彼は、電話にも出れない。結婚式にもいけない。のか?」

「お巡りさんも一緒に考えてくれます?」

「私の様な、赤の他人が口を挟む事ではないと思いますが・・・この場合、問題の核心は何なのか?もう一度、そこを見なしてみるといいかも知れませんね・・・」

「どういうことですか?」


「ふと思ったのですが、ご両親が一番心配なさることは、何だろう?と思いまして」

「それは、逮捕されたってことかしら・・・」

「逮捕もいろいろありますよ。その理由が問題なのでは?」


 しばらく考えていたサトミちゃんだったが、

 ピクッと、顎を上げた。


「わかった! 健ちゃんはやっぱり警察に捕まったのよ」

「だから、それは」

「待って待って。ご両親がびっくりするのは、暴力団とか売春組織が出てきちゃうからじゃない」

「うん。そう」

「そうじゃなくて、健ちゃんは喧嘩をして誰かを怪我させちゃったのよ。それも、ひとが喧嘩しているのを見て、仕方なく仲裁に入って、不慮の事故的な、そんな感じだったの。健ちゃんは悪くないのよ」


 サトミちゃん一生懸命考えてくれている。

 アクリル板がなかったら抱きしめてやりてーよ。


「これだったらいけるわ。待って、それでも電話だけでは安心しないわ。健ちゃんに頼まれたからと言って、まず私は電話します。すると、お父さんは直接会って話を聞きたい。と言うはずよ。で、東京駅に迎えに行って、喫茶店にでも入って、事の経緯を細かく話すの。来週には出られるから、その時はすぐに連絡します。って健ちゃんは言ってました。ご安心ください。どう? お巡りさん、どう思います?」

 サトミちゃんがキツネ村に振った。


「うん、多少強引だが、相手は田舎の素朴なお父さんだ。行けなくはないだろう。古屋、俺がお前の家族だったらな、この人が直接会って説明してくれたら、すこしは安心するぞ」


 くそっ。キツネ村のやつ、まともなことを言いやがって、


「よし、今回はその手で押し切ろう。行きなさい!」

 と、キツネ村が語気を強めた。


 この野郎、どこまで本気なんだ?


「やったわ。お巡りさんのお墨付きも出たわ。私、頑張る」


 うわっ、サトミちゃんのテンションもあがった。


「いや、そこまでして貰っても、俺なんて言っていいか・・・」

「ここまで来て遠慮しないの。同じ戦場に立つ同志と思いなさい。そんなことより、健ちゃんと私の関係はどうしよう。近所のオバサン? 大家さんの娘とかは? 健ちゃんがあとで説明しやすいのがいいと思うのよ。なにがいい?」


 え? あとで説明しやすいって言ったらなんだ。

 やっぱり・・・と考えを巡らせていたら、


 キツネ村が割って入った。

「そんなもん、彼女しかないだろ」


 そうなんだ。彼女しかいないんだ。こんなことまでやってくれるのは。


「じゃあ、彼女でいい? 気にしないで。仮の話だからね。のちのち別れたとかなんとか言えば済む話だもんね。じゃあ、嘘はつきたくないから、本名でお父さんに御挨拶しますよ。私の本名覚えてる?」


「酒井瞳さんです。覚えてる。忘れるわけないよ」

「正解。それで話は合わせてね。じゃ、実家の番号教えて」


 意気揚々として酒井瞳さんは帰っていった。

 サトミとは店で使っていた源氏名だ。

 本名サカイヒトミを縮めてサトミと名乗っていた。



 第15話 終


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ