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第6話 詐欺罪

 四谷署から麹町署に移送された。

 だが、なんの説明もない。

 今後の段取りがわからない。

 

 不安と恐怖にさいなまれた。

 認知機能も低下していたのだろう。

 現状把握が出来なかった。


 写真と指紋を採られ、手錠を掛けられ、腰縄まで着けられた。

 パトカーに乗せられ、違う建物に連れて来られた。

 これから何をされるんだ。ここはどこだ。

 お前は麹町だ。とは言われたが、ここが麹町署かどうかも、わからない。


 手錠。腰縄。パトカー。

 ――最悪だ。

 完全に、人生終わった。終わった。終わった。

 そればかりが頭を駆け巡る。


 俺は犯罪者だ。

「吐け。この野郎!」と、今から拷問されてもおかしくないぞ。

 大袈裟ではなく、そういう思いまでもが頭をよぎる。

 後にして思えば、俺は意外とショックにもろい人間だった。ヘタレだった。


 ――そんな時、あいつが目の前に現れた。


 麹町署のとある小さな部屋だった。

 壁を背にして机が二つ並べてあった。

 周りには書類棚がぎっしりと並べられ、ファイルケースや資料が雑然と置いてある。

 机の上にも書類が散乱している。狭い部屋に三十代後半の男が一人いた。


 四谷署の刑事が、俺と調書をその男に引き渡し出て行った。

「じゃあ、あとは宜しくお願いします」

「はい、確かに・・・」


 その男は不愛想に返事をして調書を受け取り、右の机の椅子に座った。

 警察官の制服を着ているようだが、ベルトなどの装備品は付けていない。

 ネクタイをだらしなくゆるめている。

 男はしばらく調書に目を通していた。

 が、立ち尽くしている俺を見て言った。

「座れよ」

 俺は左の椅子に座った。


 ああ、ここで一対一の本格的な取り調べが始まるのか。

 ヘタをすれば拷問もあり得るな。と覚悟した。


「で、何やったんだよ。お前」

 男は、けだるい口調で聞いてきた。

「はい、ホテトルの運転手をやっていて、それで捕まりました」

 男はピクッと反応した。

「ホテトルっていうと、アレか・・・」


 そう言って、その男はエアで受話器を耳にあてた。

「もしもし、ええ、いい娘が行きますから。間違いないです。うちは可愛い娘しかいないですから。とか言って、トンマルキみたいなブスが来るんだよな」

 と、小芝居をしながら聞いてきた。


 なんだ? と一瞬躊躇したが、思い出した。

 トンマルキってなつかしいな。『いなかっぺ大将』に出てきたブスキャラだ。

 子どもの頃よくアニメで見ていた。


 あ。この人案外いい人かも。緊張している俺をほぐそうとしてくれている。


 プっとふき出しながら俺は言った。

「いや、まあ、そういう店もあるでしょうけど・・・」

「お前の店は違うの?みんな可愛いの。いい店じゃないか。でもよ、中には、激突直後みたいな顔した女がいたんじゃないの?」

 激突直後?

「どこにぶつかって来たんだ。っていうブスな。鼻はつぶれてて、目は大抵一重だろ」

「まあ、そういうのも、確かにいましたけど・・・」


 俺は可笑しくてしょうがなかった。

 激突直後は言い得て妙だ。

 うまい。ネタにしよう。


「あ、やっぱりいたの。お前の店にも?」

「ええ、半分ぐらい」

「やっぱりな。電話では美人ですって、言うんだ?」

「そりゃ。電話ではそう言いますよ」

「で、行かせたのは、ブスなんだな」

「はい。まあ・・・」

「お前、それ、詐欺罪」

「えっ・・・」


 一瞬、場が凍った。

 唐突過ぎて、多分俺は、今の言葉が理解出来なかった。


「え。じゃないよ。美人美人って聞いてブスが来た日にゃ、客は目も当てられないじゃないか。騙されたって思うだろうが」

「いや、だから、嫌ならチェンジってシステムもあるし・・・」

「チェンジって、女を替えるってことか?」

「そうです。気に入らなければ替えて・・・」

「お前はそれでも人間か!人を物扱いしやがって。チェンジって言われた女の身になって考えてみろ」

「そりゃ、気の毒だなって思いますけど」

「見ろ。客だってそう思うから、そうそうチェンジなんて言えないだろ」

「そういう人もいるでしょうけど」

「いるよ。アルバイトで貯めた金を握りしめて、ようやく童貞を捨てにはるばる埼玉からやって来た青年だ。女子とろくに口も聞いたことのないような生真面目で不細工な野郎が、ブスが来たからって無下に断れないんだよ。そんな男の気持ちがお前にわかるか?」

「なんとなく・・・」

「なんとなくじゃ駄目だ。わかるかって聞いてんだよ。美人が行きます。美人が行きます。って言われて、ドキドキしながら扉を開けたら、なんとブスだよ。その童貞野郎はどう思うかって、聞いてんだよ!」


 バン! っと男が机を叩いた。


 鬼の形相だ。

 俺はとうとう地獄の取り調べが始まったと思い、恐れおののいて固まってしまった。


 男は、じーと俺を見つめた後、静かに語りかけた。

「黙ってちゃわからんだろうが。お前が被害者の気持ちになって、自分の犯した罪を悔い改め、反省する。ここはそういうところなんだぞ。わかったか?」

「はい」

「じゃあ、ちょっとやってみろ。生真面目で不細工な童貞野郎だ。お前は」

「はい?」

「はい?じゃねーよ。被害者の気持ちを理解するためにも、やるんだよ。俺がブスやってやるからな。いいな。行くぞ。コンコン」

 男はドアをノックする真似をした。


 俺はキョトンとした。

「だから、女がやってきたんだから、わくわくドキドキしながら玄関開けるんだよ」

「ああ、なるほど」

 そうか。

 実際に演じてみて、被害者の気持ちを理解しろってことか。


 俺はドアを開けながら言った。

「はい。どうも」

「どうも。じゃねーよ。そんなに暗くてどうすんだよ。夢にまで見た日がとうとうやってきたんだぞ。不細工でモテないお前がだ、どうにも我慢できなくて、埼玉県は鴻巣市からわざわざ渋谷までやって来たんだ。うれしくてうれしくて、そりゃあもう、しょうがないだろう。そういう気持ちを全部口に出しながらやるんだよ」


 そうか。そのほうが理解しやすいかも。


「じゃあ、もう一回ノックするぞ。コンコン。ほら、美人がやって来たぞ。すぐにドアを開けるな。今思ってること口にしてみろ」

「きた。きた。キター」

 俺は、コブシを突き上げて叫んでみた。


「いいぞいいぞ。その調子だよ。続けろ。全部吐き出せ」

「やるぞ。とうとう俺は童貞を捨てるんだ。しかも相手は美人だ。ビビるな。いや、ビビるよ。なんたって電話では相当な美人だって言ってたからな。髪が長くて色が白くて細身なのに巨乳だって。何拍子揃ってるんだよ。贅沢すぎるだろ。俺なんかが太刀打ちできる相手じゃねーぞ。だからビビるなって、バカ!」

 なんかノッテきた。


「そうだそうだ。もっと行け。芸能人でいうと誰だ。誰に似てる?」

「そりや、明菜でしょ。中森明菜。色が白くて巨乳。いや、待てよ。ミポリンか。スーパーアイドル中山美穂がとうとうやって参りました。ご当地の皆さんお待たせしました」

「工藤静香も捨てがたいぞ」

「忘れてたー。その手もあった。いや待ってください。一番大事な人を忘れてはいませんか?」

「誰だ?」

「森高千里」

「決まった。それだ。森高だ!」

 いつの間にか二人して手拍子をしてた。

「もりたか、もりたか、もりたか」

 もりたかコールが巻き起こった。

 イエーイ。イエーイ。とハイタッチも繰り返した。


 男が続ける。

「さあ、まさに今、ドアの向こうには森高がいます。お前は夢と希望に胸を躍らせて禁断の扉を開けるんだ。コンコン」

 俺は鼻息も荒く心臓が破裂しそうな程の鼓動に気圧されながら、扉を開けた。


「あっ!」・・・・・オッサンが立っていた。


 しかも、シナをつくって上目遣いだ。

「こんばんわ。よろしくお願いします」なんて言いやがった。

 なんじゃこりゃ。ふざけんなよ。


 絶句していると目の前のオッサンが口を開いた。

「なに固まってんだよ。森高だと思ったら、ブスが来た。っていう設定だろうが」

「だって、ブスとはいえ、相当なブスですよ」

「よし。その思いを全部口に出せ」


「ふざけんなよ!てめえみたいなブスに用はないんだよ。森高だ。っていうから呼んだんだぞ。俺の大事な初体験をてめえみたいなブスに穢されてたまるか。帰れ。帰れ。けーれ」


「そんなこと言わないでください。私、さっきもチェンジされました。今日はまだ一本もお仕事にありついていません。帰ったら、病気の弟と幼い妹がお腹を空かして待ってます。お仕事させてください」

「え?弟と妹?」


「はい。弟は不治の病で普段は食事も喉を通らないのですが、今日は調子がいいらしく、千疋屋のマスクメロンが食べたい。っていうから、私、どうしても仕事をして帰らないといけないんです」

「そんなの知らねえよ・・・」


「妹は明日、幼稚園の遠足なんですけど、お姉ちゃん、お弁当はいつもの日の丸弁当でいいよ。無理しないでねって。5歳の身空でそんなこと言うようになっちゃって。かわいそうに」

「両親は?」

「父と母は、去年交通事故で逝ってしまって、兄弟3人で力を合わせてやってます」

「・・・・・」


「私、自分がブスだとわかってます。昔からブタって呼ばれてました。気持ち悪いから近寄んなって男子からは言われてました。お客さんがご不満なのは十分承知しています。ですから、一生懸命頑張ります。お願いです。チェンジだけはしないでください。お願いします」

「もう、なんだよそれ。なんだよそれ。なんなんだよ。」


 女は頭を下げたまま、じっとしている。

「わかったよ。あんたでいいよ。あんたにするよ」


 パン!と鳴った。男が手を叩いた。

「はい、そこまで。よくやった。お前なかなか見込みあるぞ。あそこでチェンジするようなら、人として失格だ。かろうじて人間の尊厳を保ったんだ。偉いぞ」

「はあ、ありがとうございます。相当迷いましたけどね」


 そうか。

 これはお芝居だったな。いや~、疲れたな。


「で、被害者の気持ちはわかったか?」

「はい。よくわかりました。森高と思ってたら、なんとブスが。誰だって、騙された!って思いますよ」

「バカ。お前は騙したほうだ」


「騙したんだな!」

 男が激高した。 

「す、すいません」

 自責の念に駆られた俺はとうとう白状し、深々と頭を下げた。


「はい、詐欺罪!」

「刑法第246条に、人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。とあるんだよ」

 男はいきなり声を低くした。


 ――やられた。


 この男プロだ。

 まんまと引っ掛かった。余罪が炙り出された。

 俺は、どてっぱらをショットガンで打ち抜かれたような衝撃に襲われた。

 こわばって固まった。

 声が出ない。

 目の焦点が合わない。

 足の裏の感覚が、ふっと消えた。


 しばらくすると、

「冗談だよ。バカ」

 と声が聞こえた。

 男は表情をゆるめて鼻で笑っていた。



 第6話 終


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