第5話 逮捕
午前11時の約束だったが、俺は10時半に事務所に行った。
カギは開いていた。
静まり返った事務所に、冬の午前の淡い光が差し込んでいた。
夜のそれとは違う空気感を漂わせていた。
俺はコタツのスイッチを入れ、足を突っ込んだ。
遅刻はマズイと思ったが、さすがに早く来過ぎたか。
15分ほどしてマンションのドアが開いた。
宮下のオッサンか田所さんか、どっちだ。と思ったが、
四谷署の刑事さん達が十人程の徒党を組んでやってきた。
「お、いたな」
「なんだ、まだ一人か?」
「いや~寒いな。今日は」
などと言いながら、十人の刑事は無造作にコタツに入って来た。
1対10でコタツを挟んで俺は刑事達に囲まれる形になった。
当然、昨日取り調べで俺をビビらせた、タヌキと、篠崎のとっつぁんもいたが、二人は俺より離れたところに座った。
あまり馴染みのない、細身の中年刑事が俺の隣りに座った。
「ふるやぁ、古屋よ、お前、あんまり喋んないからさ。俺達とんでもない大物捕まえちゃったかと思っちゃったじゃん。もう・・・」
と、したり顔して肘で小突いて来た。
俺は、「なんだ、なんだ、この馴れ馴れしさは」と一瞬戸惑った。
すると反対側に座った巨漢の刑事が、こちらもニンマリと笑みを浮かべて、
「昨日は、四谷署中、お前の話題で持ち切りだったんだぞ。何かやってる。あいつ。絶対何かやってるぞ。やったー、デカいヤマ当てたって、みんなでガッツポーズしたんだからな。ったく・・・」
俺は、そんな事になっていたのか。と驚きながら、ちょっと照れた。
すると、またまた細身の刑事が、
「ところが、他の連中に聞いたら、単なる運転手なんだもん。お前。・・・もうやめてくれないかな、そういうの。期待させるだけさせちゃってさ。・・・もうさ、みんな、いろんな夢が膨らんじゃってさ。もしかしたら、グリコ森永の真犯人じゃねえか。とか。はたまた第二の大久保清だったりして。とか。話題の人だったんだからな、チミは・・・この、この~」
と言い、肘打ちに少しだけ力を込めてきた。
「はあ・・・どうもすいません(ご期待に沿えなくて)」
俺は頭を掻きながら謝った。
ただ、単なる運転手として認識して貰っている事に、ほんの少し安堵した。
さらに細身が、
「俺達が本当に捕まえたいのは、経営者の宮下だから。暴力団の資金源を断ちたいんだよ。分かるだろ。ただの運転手なんだからさお前は。いいんだよ頑張んなくて。な」
俺は、もうそのつもりだったので、「はい」と素直に答えた。
「だったら喋っちゃえよ。ぜんぶ。知ってる事は全部な」
うん? どこかで聞いた事あるぞ。
と思っていたら、反対側の巨漢も、
「知らないことまで喋らなくてもいいからな。その代り、知ってる事は全部喋っちゃえよ。ぜんぶ」
判で押したように同じ言葉を繰り返してきた。
昨日のタヌキも同じフレーズを使っていたが、これは刑事達の常套句なのだろう。
ただ、若干の違和感を覚えた。
まず、「知ってる事は喋っちゃえよ」については問題ない。当たり前の事を言っている。
だが、「知らないことは喋らなくていいからな」が引っ掛かる。
知らないことは喋りようがないだろ。
知らないことって例えば何だ?何を想定しているんだ?
いや待てよ。知らないことをペチャクチャ喋る奴がいるのかな?
世の中変な奴多いからな。警察も、そういうの相手にするのも大変なんだろうな。
ま、俺は大丈夫。もう全部喋るつもりですから、参考人としての役目は果たしますよ。
そう思っていると、ジャスト11時にマンションのドアが開いた。
宮下のオッサンと田所さんが二人揃ってやって来た。
派手なシャツとスラックス、皮のジャケットを着た宮下のオッサンは初めて見た。
田所さんはノーネクタイだが、フォーマルなジャケットとスラックスだった。
ただ、二人ともパンパンに張った紙袋を持っており、着替えのジャージやシャツやモモヒキなどが詰め込んであった。
「お、来たか」
「時間通りだな」
「(紙袋を見て)用意万端だな」
と気さくに声を掛け、刑事達は宮下のオッサンと田所さんを招き入れた。
さらには、
「まあまあ、寒いからコタツに入れよ」
と、二人のために隙間をつくり、まるで旧知の仲の様に接した。
十数人のおっさんで、ギューギュー詰めになりながら、二つ並んだコタツに入った。
束の間の団欒となった。
「どうだ、昨日はかあちゃんを可愛がってやったか?」
とか、
お猪口を傾ける真似をして、
「宮下、お前随分いけるんだってな。底無しらしいじゃないか」
まるで同窓会かなにかのように、刑事達は振る舞っていた。
が、次の瞬間、
「よし、そろそろやるか!」
どこからか低い声が響くと同時に、十人の刑事が一斉にドンっと立ち上がった。
宮下、田所、古屋のもとに三分割してキレイに別れた。
俺は両側にいる細身と巨漢に腕を掴まれ、引き上げられて立たされた。
ふと見ると、いつの間にか離れて座っていたタヌキが目の前にいる。
タヌキは内ポケットから封筒を取り出し、
「古屋健司。お前に逮捕状が出ている」
と言って、その封筒から用紙を取り出し、俺に中身を見せた。
「よく見ろ、お前が欲しがっていた、逮捕状だよ。東京地方裁判所、裁判官○○○○の名前が書いてあるのが分かるな。平成3年1月22日。古屋健司。売春防止法違反、売春斡旋幇助の容疑により」
タヌキは袖をまくり、腕時計をゆっくり見た。
「11時6分、おまえを、逮捕する」
俺の顔に向かって真っすぐに指をさした。
すかさず両腕を掴んでいる、細身と巨漢が、
「ジュウイチジロップン、ジュウイチジロップン」
と叫んだ。
さらにその声に呼応するように、宮下、田所に詰め寄った刑事達も、
「ジュウイチジロップン、ジュウイチジロップン」
声を張って連呼した。
部屋の中でダミ声の「ジュウイチジロップン」がコダマする。
まるで、「ジュウイチジロップン」の恐怖の儀式が始まったかのようだった。
しかも刑事達はその儀式に明らかに陶酔していた。
細身と巨漢が、俺の両腕を絞り上げた。
目の前のタヌキが、勝ち誇ったかのように、不敵な笑みを浮かべている。
昨日のファミレス会議では、運転手は女の子と一緒。
参考人として事情聴取されて終わり。だと聞かされた。
だから、そのつもりでやって来たんだ。
俺は、首を横に振りながら、「はなしが、ちがう」と思わずつぶやいた。
* * *
昨日と同じ様に四谷署に連行された。
昨日と違うのは、手錠を掛けられ、パトカーに乗せられたことだった。
細身と巨漢に挟まれ、パトカーの後部座席に座らされた。
俺は、移動中ずっと、
「逮捕された。逮捕された」
とブツブツ言っていた。
放心状態だった。
気が付くと、目の前に篠崎のとっつぁんがいて取調室の椅子に座っていた。
昨日と同じ光景だった。
とっつぁんの顔を見て、やや正気に戻った俺は、
「これって、親に連絡したりするんですか?未成年ならそうかもしれないけど。俺、24ですけど。24って、未成年でしたっけ?」
と、自分でも、言っている事が訳分からなかった。
「安心しろ、そんな事はしないから。さて、今日は喋って貰うぞ」
と篠崎のとっつぁんが調書を開いた。
とりあえず親には連絡しないでくれるのか。
ひと安心した俺は、
「なんで俺は逮捕されたんですか。参考人じゃないんですか。話が違うじゃないですか!」
とっつぁんに噛みついた。
「話が違うって、なんだよ。そりゃ、逮捕する必要があると判断したからだよ」
「なんでそんな判断になるんですか?」
「お前が喋らないからだよ」
「じゃあ喋ればよかったぁ!」
俺は口角泡を飛ばして叫んだ。
「お前、今日はやけに饒舌だな」
と言いながら、とっつぁんはハンカチを出して、顔に着いた俺の唾をぬぐった。
その後、少し落ち着きを取り戻した俺は、取り調べに素直に応じた。
店の営業時間。
女の子の人数。
本番行為の有無等。
とっつぁんが一番知りたかったのは店の売上だった。
一日何人の客を取っていたのか。
月末と普段とでは大きく違うが、大体平均すると、一日15人から20人ぐらい。
と答えた。
とすると、
一回2万5千円だから、20人を掛けて、
一日50万円の売上。
一ヶ月1千500万円。
年間で1億8千万円か。
とっつぁんは、単純計算した。
1億8千万円と聞けば随分荒稼ぎしているように感じる。
実際は2万5千円の内、1万円が店の取り分なので、実入りとしてはその半分以下である。
俺は、そう説明したが、とっつぁんは、そういう細かい事はいいんだよ。
と、軽くいなして調書に記載していった。
警察としては、逮捕した手前、盛り過ぎはダメだが、ある程度の体裁を整える必要があるみたいだった。
大体、宮下のオッサンが豪勢な暮らしをしている素振りは微塵もなく、生活していく為に働いていたというのが現状だった。
ニュースでよく聞く「何億円の荒稼ぎ」という報道は、警察発表からくるのだろうが、半ば恣意的なモノであることがわかった。
ただ、問題は自身の今後である。
もう店のことなんかどうでもよかった。
目下、俺の心配は刑務所に入れられるのかどうかだ。
捕まったあとの段取りを、何一つ知らないので、不安で不安でしょうがない。
篠崎のとっつぁんに聞いてみた。
「細かい事は省くが、まず、二日間は留置場に勾留される。これは絶対だ。警察が取り調べる為だ。次に検事が取り調べる為に、十日間勾留する。そのあとまだ取り調べが必要だと検事が判断すれば、もう十日間勾留する。要は、二日で出られるか、十二日で出られるか、二十二日で出られるか。お前の供述次第だから全部喋っちゃえよ」
「二日で出たいです」俺は即答した。
「う~ん、それは難しいかな。全ては検事さんの判断だから何とも言えないが、警察が取り調べたあと検察に送検する。そうなると検事拘留十日間が掛かるのが通常だ。早くても十二日で出られるっていうのが妥当かな・・・いやいや、適当な事は言えない。分からん。余計な事を喋り過ぎた。大体お前に余罪があるかも知れんじゃないか。別の事件の容疑が掛かれば、起訴され裁判になるかも知れんぞ。そうなれば今度は拘置所に収監される。裁判で有罪が確定して実刑をくらえば、その先は刑務所行きだ」
と言って、篠崎のとっつぁんは、頭を掻きながら取調室を出て行ってしまった。
俺は絶句した。
余罪なんてないとは言い切れない。
自転車盗んだり、道路標識壊したり、女風呂覗いたり、叩けば埃がいっぱい出るぞ。
累積されたらヒドイことになるぞ。
なんで俺が、そんな事で刑務所に行くことになるんだ。
元々は単なる運転手だし、参考人じゃないのかよ。
昨日のアレが悪かったんだ。
かたくなに喋らなかったのが悪かったんだ。
いや、それだけじゃない。タヌキに対してあの反抗的な態度もまずかったに違いない。
もう駄目だ。
俺はやっちまったんだ。
絶望的だ。
人生終わった。
と半ば、真っ白な灰になってしまった。
暫くしてドアが開いた。一人の刑事が、
「古屋、よかったな。お前、麹町に決まったぞ。良かった良かった」
と言ってドアを閉めた。
次に違う刑事がドアを開け、同じことを言う。
「やったな。麹町だってよ。良かったな」
今度は細身の刑事が取調室に入って来た。
細身も、俺が麹町だって事で、同じように喜んでくれている。
なんのこっちゃわからんかった。
どうやら、このあと俺が勾留される場所が、麹町警察署の留置場に決まった。
とのことらしい。
我々は四谷署に逮捕された。
が、三人共に四谷署の留置場に入れられることはない。
同じ留置場に勾留すると、口裏を合わせ、取り調べに支障が出るからだそうだ。
そのため違う警察署に振分ける。
主犯の宮下は、四谷だが、
田所は牛込。
古屋は麹町。
と決まったらしい。
それはそうと、なぜ麹町がいいのか?
細身に訊ねた。
「麹町署はほとんど新築なんだよ。建て替えたばっかりだから。カーペットがひいてあるぞ、カーペットが・・・」
細身は、平泳ぎのように両手を広げた。
続けて、
「田所は可哀そうになぁ。牛込なんだよ。あそこは古いからなぁ・・・板張りだ」
今度は、サッと片手で足下を撫でた。
牛込署の床のことだ。
「板張りは寒いぞー。牛込は冷暖房もなかったしなぁ・・・」
「その点、麹町は新しいから、冷暖房完備。カーペットもひいてあるからな。温かくて快適だぞ。良かったな」
うわ。牛込でなくて良かった~。
いいじゃないか麹町。新築だってよ。
ちょっと小綺麗なマンションの一室を思い浮かべた。
「有難う御座います!」
思わず頭を下げた。
その後の取り調べ。
結局、とおり一辺倒なことを聞かれ、本日の取り調べは終わった。
それから、写真撮影と指紋採取をされた。
写真は正面、真横、斜め後ろの三方向から撮られた。
思っていたのと違ったのが指紋採取だ。
赤ではなく黒い朱肉が使われていた。
そして、母印の様にポチっと押してはいけないと言われた。
まず、指の側面を押し付け、半回転させ反対側の側面まで押し付ける。
麺棒を転がすような感じだ。
四角くていびつな形の指紋が採れる。
それを十本採り、手のひらに黒朱肉をつけて手相の部分も採った。
さらに、小指から手首までの、手のひらのチョップの部分もご丁寧に採取された。
逮捕されたのだから仕方がないが、この行事を行うとさらに気分が滅入った。
自分が、犯罪者になった実感がありありと湧いてくるのだ。
指先の黒が、なかなか取れなかった。
第5話 終




