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第4話 参考人

 もう、かれこれ一時間は経っていた。

 静まり返った取調室の中、俺はまだ一人残されたままだ。

 篠崎のとっつぁんが出て行ったきり戻ってこない。

 他の刑事さん達も一向に顔を見せなくなった。ドアの外では喧騒が薄く響いてる。


 何がどうなっているんだ。なぜ俺は放置されているのだ。

 これからどうなるんだ俺は。刑務所にぶち込まれるのか?

 さすがに、タヌキに対して反抗的な態度を取ったのはまずかったんじゃないのか?

 今まで味わった事のないような、不安と恐怖と焦燥感が一気に襲ってきた。


 取調室のドアが開き、篠崎のとっつぁんが顔を覘かせた。

「古屋、ちょっと来い」

 俺は緊張でガチガチに固まった腰を、なんとか持ち上げた。

 次は何があるんだ。何処へ連れて行かれるんだ。と不安感を抱えて取調室を出た。


 時間は深夜0時になろうとしていた。

 保安課の捜査室には、まだ二十人近くの刑事さん達がせわしなく動いていた。

 ふと、部屋の隅を見ると、宮下のオッサンがいた。

 いつも着ている上下水色のジャージにレザーのブルゾンを羽織って立っていた。

 となりには田所さんと女の子が三人。

 一人はサトミちゃんだ。そして、レイコちゃんとクルミちゃん。

 ――ああ、捕まっていたのか。


 みんなのもとに歩み寄る。

 宮下のオッサンが、苦虫を噛み潰したような顔をして「やられたよ」と目で告げてきた。

 俺も、下唇を噛みしめながら頷く事ぐらいしか出来ない。

 十人ぐらいの刑事さんに囲まれているので、下手に会話を交わす事が出来なかった。


 皆、押し黙っている。

 田所さんにいつもの笑顔はなく、サトミちゃんは目を真っ赤に腫らしていた。やはり相当泣いたのだろう。

 姉御肌のレイコちゃんが、サトミちゃんの腕を支える様に組んでいた。レイコちゃんは25歳でサトミちゃんより年下だったが、いろんな場数を踏んでいるので、なんとか気丈に振る舞っているように感じた。

 クルミちゃんは若さからか、あまり動じていない。なるようになるんじゃない。てな感じの素っ気なさで立っていた。


「俺はこの事件を仕切っている多崎ってモンだ」

 ぐるりを囲んでいる刑事さん達を押し分けて、ひと際ゴツイ感じの刑事がやって来た。

 ゴリラみたいな顔をしていた。


 多崎は元・マル暴(暴力団対策を担当する刑事)だったと聞かされた。

 赤黒く焼けた肌に深い皺が刻まれ、がっしりと張った顎。その眼光の鋭さには、人を寄せ付けない迫力がみなぎっている。赤ら顔のゴリラだ。

 保安課の捜査室の中で異様な風采を放っていた。マル暴の刑事はゆくゆくこんな風に仕上ります。という、いい見本の様に見えた。

「どう見てもお前がヤクザだろ」と、俺は心の中で突っ込んだ。


 その多崎が我々に向かって、思わぬ一言を発した。

「今日はみんな帰っていいから」

 ――えっ?

 帰っていいって言ったのか。釈放って事か。嘘じゃないよな。多崎はここのボスだぞ。ボスが、帰っていいって言うのだから嘘じゃないだろ。


 ヤッター!

 証拠不十分か何かで詰め切れなかったんだ。喋らなくて良かった~。

 俺は目を丸くして鼻の穴も広げて歓喜した。

 全身の毛穴が広がって、蓄積された老廃物が一気に抜けるような爽快感をもたらした。


 ところが、多崎が続けて、

「その代わり、明日の午前11時に、男三人だけでいいから事務所に来てくれ。女の子はいいから。宮下、田所、古屋の三人。おたくらの、中野の事務所に11時。夜じゃないぞ。午前11時に必ず来てくれよ。今日はこれで解散」

 と言い、くるっと振り向いて行ってしまった。


 俺達はとりあえず四谷署を出て、ファミレスに立ち寄り緊急会議を開いた。

 男三人、女三人の六人で席に着くと、いきなり宮下のオッサンが頭を下げて謝った。

「すまん、本当にすまん」

 テーブルに頭を擦り付ける様にして、暫くそのまま動かなかった。

 かと言って、今更しょうがない。経営者に責任があるとはいえ、宮下のオッサンをこれ以上責めるつもりは誰にもなく、皆黙ったままだ。


 レイコちゃんが口を開いた。

「ケツ持ちからの情報はなかったの?」

「それがなかったんだよ」

 宮下のオッサンが頭を上げて答えた。


 ケツ持ちとは、風俗店や飲み屋のバックについている暴力団のことだ。

 主にはトラブル解決の為に存在する。客が暴れたとか、他のヤクザ組織に因縁をつけられた、といった場合に駆け付けてくれる。ケツを持ってくれる。という意味で「ケツ持ち」と呼ぶ。所謂用心棒だ。


 当然、毎月みかじめ料を払う。この店では毎月10万円を落としていた。ゆえに、このみかじめ料の事を「オトシ」と呼んでいた。

 因みに、女の子が店に収めるお金も「オトシ」という。90分二万五千円の料金システムが相場で、女の子の取り分が一万五千円。店の取り分が一万円。この一万円の事も「オトシ」と呼んでいた。


 つまり、女の子が稼いだ金は、まずは店にオトシて貰い、次にケツ持ちがオトシて貰う。体を張っている女の子達を上位に置き、自らを下位に位置付け、彼女達に敬意を払った呼び方になっている。これには裏稼業の仁義作法が垣間見られた。


 このケツ持ちから警察の内偵捜査の情報がもたらされることがある。

「○○署の内偵が入ってるから危ないぞ」

 なんて耳元で囁かれたら、経営者はすぐにマンションを移し、電話番号を変え、ピンクチラシを作り替えて、別な顔して商売を続ける。


 こうして警察とイタチごっこを繰り返す店が多い。

 警察の内偵情報がどうしてゲット出来るのか?

 警察官の中に暴力団と癒着している輩がいて、彼等がリークしてくれるのだ。

 そのお陰で裏稼業は捕まらずに食っていける。

 この時代、デリバリーヘルスという合法化された派遣型風俗はまだ誕生していない。

 出張風俗は本番ありの違法店が当たり前だった。

 よって裏稼業であり、暴力団の資金源になっていた。


 しかし、今回はケツ持ちから有益な情報はもたらされなかった。宮下のオッサンは元極道ゆえに、ケツ持ちのヤクザとは、謂わば後輩達だ。内偵情報を掴んでいたらいの一番に知らせてくれる。が、常にそううまく行くとは限らない。運がなかった。


「明日、11時に来てくれって言ってたけど、ジイジ達はどうなっちゃうの?」

 クルミちゃんが問い掛けた。

「逮捕だよ。逮捕・・・・・クソ~」

 宮下のオッサンが両の掌をググッと握り締め、頭を下げてホゾを噛んだ。


 実は、宮下のオッサンは二年前にもこの仕事でパクられ、現在執行猶予中の身であることを聞かされた。執行猶予中に再犯で逮捕されれば、間違いなく実刑を喰らって刑務所行きになるらしい。


「まあ、中では酒断ち出来るから、健康にはいいけどな」

 肩肘を張ったオッサンの物言いには痛々しさが拭えなかった。田所さんも店の経営者の一人として容疑が掛かっているらしく逮捕は免れない。と覚悟を決めていた。


 が、そんな事より俺はどうなる?

 逮捕なんて冗談じゃないぞ。刑務所なんて入ったら人生終わりじゃねーか。

 あれだけ怖い思いをしても喋らなかったんだ。みんなを売らなかったんだぞ。無罪放免にして貰える資格は充分あるだろうよ。と、訳の分からない苛立ちが爆発しそうだったが、女の子達の手前、取り乱すのもみっともないので、黙っていた。


「古屋君はどうなるの?」

 サトミちゃんが聞いてくれた。

「問題ないよ。運転手は女の子と同じで、参考人として事情聴取されて終わりだよ。警察が捕まえたいのは、あくまで経営者の俺だから」

 宮下のオッサンが答えた。


 ふ~・・・参考人かぁ。助かった。

 よし、今度は素直に全部喋ろう。と思っていたら、


「フルちゃん、ひとつ頼みがある。秋津の事は黙っておいてあげてくれ。あいつは俺が無理に頼んで、ほんの一瞬だけ手伝ってもらっただけだから。あいつは仮保釈で出てきたばかりのところだったんだよ。これでパクられたら可哀そうだから、頼むよ」

 と宮下のオッサンが頭を下げた。


 秋津は練馬の事務所で電話番をしていた男だ。

 坊主頭で眼つきが悪く思いっきり不愛想な奴だった。

 年齢は俺と同じぐらいの20代半ばに見えた。

 あいつ、ムショ帰りだったのか。


 うちの店には中野の事務所の他に、練馬にも事務所があった。

 ボロアパートの一室だった。

 ただ、練馬の事務所には人は常駐しておらず、電話があるだけで、普段はその電話を転送して、中野で受けていた。

 電話番号を異なる局番で取得して、それぞれにピンクチラシを作り、店が複数あるように見せかけるのだ。


『20代前半の素人娘専門店』とか、

『20代後半、大人の女性のみが在籍』

 といった具合にキャッチを付ける。

 ポストに、ピンクチラシが一枚より、複数入っている方が喰い付きがいいからだ。

 客は迷った挙句、二枚のチラシから一つを選んで電話を掛ける。

 が、結局同じ店に繋がるのである。


 ところが、月末の給料日になると電話がひっきりなしに掛かってきた。

『バブルがはじけた』と言われ出した御時勢だったが、その余波はまだ残っていた。

 月末になると、宮下のオッサン一人では電話が取り切れず、

 秋津に、練馬の電話番をお願いしていた。


 俺は、練馬の事務所に集金に行ってくれと頼まれ、秋津と一度だけ会ったことがあった。

 あいつの事はよく覚えている。ホントに不愛想で虫の好かない野郎だったが、無理に頼んで手伝って貰っていたと聞いては、さすがにパクられるのは気の毒だ。しかも仮保釈中だという。俺は秋津の名前を伏せる事を了承した。


 宮下のオッサンと田所さんは、まだ話があるからとここに残ると言う。

 俺が女の子三人を家に送る事になりファミレスを出た。

 先ずは、家が一番近いサトミちゃんを降ろした。


 次に向かっていたら、クルミちゃんが、

「あ~あ、この店終わっちゃうのか。残念だな。私、この店の人達好きだったのに。ねえフルッチ、寂しいから今日ウチにおいでよ。レイコさん、実はフルッチはたまにウチに泊まったりしていたんだよ」

 と言い出した。

「バカ、言うなよ。秘密だろ」

「いいじゃん。もう、店が無くなっちゃうんだから、気を使わなくても。レイコさんも一緒に来ない?みんなで3Pやろうよ。この間レイコさんと一緒に行った3Pのお客、楽しかったぁ。レイコさん凄いんだもん。さすがだよね」


 え、そんなに凄いの、レイコちゃん。

 わあ、ヤリテエなあ。

 レイコちゃんと一回やりたかったんだよな。美人だし、ナンバーワンだし、その上そんなに凄いと聞かされては、たまらんじゃないか。

「いいよ。古屋君可愛いから」

 と、レイコちゃんが返事をした。


 ――オッシャー!  キタキタキター!


 いいぞ。クルミ。ナイスファインプレー。お前は出来るヤツだ。よくやった。

 いや、これも店があげられたからこそ巡って来た春なのだ。

 ありがとう、四谷署の皆さん。刑事さん達。この御恩は一生忘れません。

 参考人、古屋健司。

 わたくしは、明日すべてを正直にお話し申し上げたいと思います。

 宜しくお願いしま~す。


 その夜、噂に聞いていたレイコちゃんの背中の彫物を拝むことになった。


 レイコちゃんは十八歳で極道の妻になった過去を持っていた。

 その際に気合を入れて彫り込んだ一品らしく、背中一面に般若の顔が刻まれていた。

 そそり立つ眉間、牙を剥き出し、裂けるほどに開口した、その形相。


 俺は思わず言った。

「レイコちゃん怖いよ、この刺青」

「もう、あんまり見ないで。若気の至りなんだから」

 レイコちゃんは恥ずかしがっていたが、それとは別に、般若の顔には違う意思が宿り、まるで、呪いと怨念を込めて俺を睨んでいるように思えた。



 第4話 終


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