第18話 命題
検事勾留十七日目。2月10日(日)
「わははは、バカだなお前は・・・」
また、キツネ村のワンマンショーが繰り広げられている。
この男は監視席に座っている姿など滅多に見せない。
房の前をウロウロしながら、中の人間をからかって笑っている。
キツネ村が目の前にやってくると、みんな鉄格子に顔を張り付けバカ話で盛り上がる。
ま、退屈しのぎにはもってこいだ。
俺は、このやり取りにそろそろ飽きてきたのか、もしくは、笑いをとるキツネ村に嫉妬を始めたのか、参加せずに漫画に没頭する。
ただ、この光景はどっかで見たことあると、前々から思っていた。
あ、思い出した。
ドリフのコントだ。刑務所コント。
いかりや長介が看守で、「バカ~」と言いながら、カトちゃんや志村けんを相手に牢屋の前で散々騒いでいたアレだ。
あの懐かしの名作コントだ。
くそ~。あんな、全国の子供達を鷲掴みにした憧れのコントを地でやりやがって。俺はキツネ村に対して、ますます嫉妬を覚えてしまう今日この頃だった。
「俺、来月休暇とってグァムに行くんだよ」
知るか。どこへでも行け。帰ってくるな。
「俺はグァムで、お前らは、小菅かな~、府中かな~、網走って一年中寒いのかな~」
そういういじりか。
腹立つなぁ。無視しよ。
「去年もグァムに行ったんだけどな、向こうで日本人のお姉ちゃんと知り合ってよ。その娘と浮き輪一つで沖にでたんだよ。そうしたらこっちのモンだよ。海の中で水着脱がして、ヤッチャッタよ。いや、いや。なんて言ってもダメだ」
くそ~コイツ、警察官の端くれにもおけないクズだぜ。
と思ったら、
これにはみんなからブーイングの嵐が起こった。
「お巡りがそんなことやっていいのかよ」
「強姦じゃねえかソレ」
「この犯罪者。デバガメ!」
キツネ村がすかさず反撃した。
「バカやろう、お前らに言われる筋合いはねえぞお前らに。いいか、俺は日本では立派なお巡りさんだが、海外ではいち旅行者だよ。旅を満喫する権利がある。だけどな、コレにはオチがあってな。その娘が実はソープ嬢でよ。あとからしっかり元を取られてな。ショッピングセンターっていうのか。あそこで随分買わされたんだよ。カード残高いっぱいまで」
今度は、みんなが拍手喝采で喜びはじめた。
「ざまあみろ」
「いいぞいいぞ、ソープ嬢」
「骨の髄までシャブってやれ」
「俺もな、おかしいなと思ったんだよ。いやよ。いやよ。と言うわりには、妙に水の中での動きがスムーズだったからよ。プロは違うね。最後はリードされちゃったよ。恥じらいもクソもあったもんじゃない。結局は金目当てだったんだな。風俗嬢なんて所詮そんなモンだよ」
――なに? なんだって。風俗嬢がなんだって。
「しかし、グァムはいいな。葉っぱ、コカイン、やり放題。俺も嫌いなほうじゃないんだよ。らりるれろ~っと、キモツイイもんな。なあ、親分」
と、キツネ村が田丸の親分に振った。
すると親分が、
「遊ぶ時は思いっきり遊んだらよろしい。シャブでもヘロでも好きなモノやりなはれ」
と言った。
この手の話はここでは日常茶飯事だ。
それを受け、キツネ村が今度は俺に向かって、絡んできた。
「おい、古屋。お前さ、芸人目指しているんだったら、シャブのひとつも経験しておけよ。ここ出たら新宿の大ガード行って、あそこに売人がいるから、声掛けてみたらどうだ」
ふざけんな、こいつ。と思いながら、
俺はムスっと答えた。
「嫌ですよ」
「なに言ってんだ。芸人になろうとしてる奴がそんなことでどうするんだ」
「関係ないでしょ。芸人とは」
「ネタになるぞ。どうせお前は前科モンなんだから、犯罪ネタで行けよ」
もう面倒くせえな。適当にあしらおう。と思い、
「はいはい、わかりました」と答えた。
「そっか行くか?」
「ええ、行きますよ。行きゃいいんでしょ」
――すると、
「じゃあ、俺が逮捕しに行ってやるよ」
と、手の平を返した。
「ズルいですよ。そんなのズルい。今のは無しですからね」
俺はムキになった。
「冗談だよ。そんなに怒るなよ。俺にも手柄くれよ。こう見えても少しは出世したいんだぞ」
コイツ、今度は猫なで声を出してきた。
「今、根詰めて試験勉強にも励んでいるんですよ。逮捕実績も欲しいんでございますよ」
と、もみ手して媚びてきた。
こいつ、今日あったまくる。
ホントに人間のクズだな。
ゆるせねえ。
俺は立ち上がり鉄格子まで近づいた。
そして、吐き捨てるように言ってやった。
「さっきの、所詮風俗嬢なんて。って言うの、やめてくれよ。あんたに風俗で働いている娘の何がわかるんだよ。みんないろんな事情を抱えているんだ。何にも知らないくせに。売春は人類最古の商売だ。いいとか悪いとか、是か非で語るんじゃねーよ」
すると、キツネ村が急に真面目な眼つきに変わって、
「じゃあ、お前は売春婦を愛せるのかよ?」
と、ボソッと聞いた。
聞いた上に俺からジッと視線を離さない。
なんだよ。なんでそんな眼つきなんだよ。
冷たくて、しかも刺すような。
表情を一つも変えず、ピクリとも動かず。睨みつけるわけでもなく、感情のかけらも感じられない。
らしくないじゃないか、そんな眼つき。
こんなキツネ村は初めてだ。
さっきまで騒がしかった房が、嘘みたいに静かになった。
キツネ村の態度一つで、こんなにこの場の雰囲気は変わるのか。
何だって? なにを言ったんだっけ。
売春婦を愛せるか。だと、
なんでそんなこと。
――あっ。
こいつは、俺とサトミちゃんの接見室でのやり取りを一部始終見ていた。
俺は固まった。完全にフリーズした。
そこにまた、キツネ村が聞いてきた。
「古屋、お前にとって一番大事なのは、過去なのか?」
そう言って、またしても俺にジッと視線を送り続ける。
俺はそれにも返答を返せず固まり続けた。
しばらくして、キツネ村は監視席に戻って座った。
俺は部屋の隅に座って「ガラスの仮面」を開いた。
売春婦を愛せるかだと。
ふざけるな。ぶっちゃけ、愛せるはずがねえじゃねーか。
毎晩毎晩、違う男と寝ているんだぞ。俺以外の男とやりまくっているんだぞ。
仕事だからしょうがないってか。
うるせえ。じゃあ逆に聞いてやるよ。
仮に、お前の彼女が毎晩毎晩違う男と寝ていたら我慢できるのかよ。黙っていられるのかよ。そうだとしたら彼女を愛していないだろうが。それと同じなんだよ。
だから、愛せないんだよ。今更そんな命題、俺に振るなよ。
わかってるよ、こう言いたいんだろ。
それでもお前は彼女に食わして貰っている。小遣い貰っている。ガソリンを入れて貰っている。だから感謝しろってか。
感謝してるよ精一杯。それでいいだろうが。なんか文句あんのかよ。
ゴンは文句つけたよな。
偉そうにゴタク並べやがって、あいつ何様のつもりだ。俺に食わせて貰ってるくせに。
おかげで俺はブタ箱行きじゃねーか。
お前のせいで俺はパクられたんだぞ! ちっくしょう。分かってるのかよ、あの野郎。
分かっているから引きこもったのか。くそっ。
ゴンはいろいろ分かっているからタチが悪い。
俺らしくない。とか言いやがって。
なんなんだ、俺らしくないって。
一体なんなんだよ、ゴン!
検事勾留十八日目。2月11日(月)
今日は月曜日だ。接見が可能だ。
サトミちゃんが来てくれると思っているのだが、午後になってもやって来ない。
その後の親父のことも気になる。
サトミちゃんにいろいろ聞きたいのだが、なんで来てくれないのか。
俺に接見が入ってないか、担当さんに聞いてみた。
「今日は祝日だ。建国記念日だ。接見は出来ないぞ」
と言われた。
そうか祝日か。だとしたら無理だな。
ああ、会いたいな。サトミちゃんに。
出会いが悪かったんだ。
普通に出会っていれば何の問題もなかった。
半年以上前になる。
俺が前の店をやめて今の店で働きだしたのは。
初日に出会ったのがサトミちゃんだった。
はじめは暗くて無口な娘だと思った。
それがアニメの話になった途端、息咳切ったように喋り出した。
『うる星やつら』が大好きなので、その話で盛り上がったな。
俺も高校時代にはよく見ていて「メガネ」というキャラが好きだった。
メガネの、早口でまくしたてる口調を、モノマネした。
「あたる~、キサマという奴はもうゆるしておられん・・・ラムさーん!」
ラムさーん。と叫ぶ声が裏返るのがメガネの特徴だ。
これをやったら、サトミちゃんはメチャメチャ笑ってくれた。
お腹を抱えて、涙を流しながら、
「もう一回。もう一回」
と言われたので、繰り返した。
「ずうっとラムさんだけを見ていた、俺の青春・・・ラムさーん!」
その日はサトミちゃんの笑いが止まらなかった。何回もリクエストされた。
同い年ぐらいかな。と思っていたが、年上だったのに少し驚いた。
一週間ぐらいして、俺が、ライブでウケなくて落ち込んでいた時だった。
はじめて「よしよし」して貰った。
車の中だった。
辛抱たまらなくて襲い掛かってしまったが、受け入れてくれた。
あ、待てよ。あの時すでにキスしてくれたな。
あの時からもうすでに・・・。
それから段々仕事に送り出すのが辛くなった。
車を止めると、「じゃあ、行ってくる」と言って彼女は車を降りて客先に向かう。
その際は必ず物憂げな表情をしている。
俺の方をチラッとも見やしない。
俺は、「頑張って」と言って見送るだけしか出来ない。
なにを頑張れっていうんだ。いつも自問自答してしまう。
気が狂いそうになるから、そのあとのことは考えない。
そうだよ、そうなんだよ。
深く考えないことに決めたじゃないか。
なにを今更。
いいカネヅルだし、楽しく遊んでいればいいんだ。
それでいいんだ。
なにも問題ない。
ただ、もう少し早く出会っていれば。
サトミちゃんが保母さんの頃にでも出会っていれば・・・。
「お前にとって一番大事なのは、過去なのか?」
急にキツネ村が言ったひとことが頭に蘇った。
わかってるよ。
何一つ良いことはないよ。
そうやって、変えようもない過去を振り返って、悔やんだところで。
やってることは愚かだよ。
誰だって、過去と未来を計りにかければ、未来のほうが大事だと言うに決まってるだろ。
だけど、理屈ではぬぐい切れない、もやもやしたモノがあるんだよ。今の俺には。
「あんちゃん、明後日で二十日経つんとちゃうか?そろそろやな」
田丸の親分が話しかけてきた。
そうなんだ。ようやく明後日で俺は出られるんだ。
「親分。親分にとって、未来より大事な過去ってありますか?」
と、思わず俺は聞いてしまった。
「なんやそれ。けったいなこと聞くな」
俺は、ペコっと頭を下げた。
「難しいことは解らんけどな、肝心なこと忘れてないか」
「なんですか?」
「現在やがな。現在の自分が決めれば、ええんとちゃうか」
と、さりげなく親分は言った。
なかなか含蓄あるじゃないか。
さすがフィクサーだ。
過去を消し去り、果たして未来を掴み取れるのか。
勝負のカギは、現在の俺が、決めるしかないのか――。
第18話 終




