第17話 親分
「今から、新入りの紹介をする。謹んで聞くように。ゴッホン」
キツネ村の様子が、いつになく畏まっている。
「今回の新人はそんじょそこいらの奴とはわけが違うぞ。お前らも御存知の、かの有名な任侠ヤクザ山岸組。日本最大の暴力団組織だな。その山岸組の、幹部の中の大幹部、山岸組にこの人ありと恐れられた大悪党が――とうとう、ここにやって来られた」
え? あの山岸組の。
「わくわくするなぁオイ。たった今、麹町署の門をくぐられたぞ。本日は神戸の三ノ宮からはるばるベンツのパトカーに乗ってやって来た」
ベンツ?
「あるんだよ。日本にたった一台、ベンツのパトカーが。こういうVIPを運ぶ時だけ出動するという特別仕様車だ。とにかくお前ら、失礼のないようにな。よろしく頼むぞ。粗相を仕出かしてあっさり消されちゃったりするなよ。片付けるの面倒くせえからな。それではご紹介いたしましょう。山岸組系田丸組組長の田丸だ。田丸、もういいぞ、こっち来いよ」
わお、どんな恐ろしいのが来るんだ。
いよいよ、本格的な大悪党のお出ましか。
と思ったら――。
「いや~、毎度、毎度、よろしゅうたのんまっせ」
小っちゃいオジサンが腰をかがめて、手刀を切りながら、やけに愛想よく入ってきた。
あれ? なんか違うぞ。腰が低いし、ノリも軽い。
小っちゃいオジサンは、六十は過ぎているであろう風貌で、ハトが豆鉄砲くらった様なひょうきんな顔をしていた。だが、ロマンスグレーの頭に、高級ブランドのジャージを着ているところは、金回りの良さを匂わせている。
「いや~、あんさん。なんぼなんでもふかし過ぎでっせ。ワイはそんな気合の入った極道ではありまへんがな」
小っちゃいオジサンはキツネ村にそう言った。
「謙遜するなよ。山岸組の田丸と言えば、『戦後最大の経済事件』といわれるイヨマン事件では、結局お前が裏で暗躍しているって、地検の特捜部で専らの評判らしいぜ。フィクサーなんだろ・・・」
と、肘で小突くキツネ村。
「よしなさいって・・・」
笑っていなす、小っちゃいオジサン。
「今回、しょっ引かれたのも、五億巻き上げたって話じゃないか。いいよな~。やることでけえよな。夢があるよ。俺もよ、高校卒業する時に迷ったんだよ。警官になるかヤクザになるかって。だってよお前、やってること同じだろ。暴力につぐ暴力。利権の奪い合い。そして裏切りの応酬。国家権力が有るか無いかの違いだけだ・・・でも俺ってさ、根が真面目だからさ」
キツネ村がトホホ顔して正面向いた。この場合の正面とは俺達の房の方だ。
「結局この有様だよ」と敬礼した。
オイッ。漫才始まってるぞ。
しかも面白いじゃねーか。
くそ~、悔しいな。
「こら、誰が五億巻き上げたんじゃ(明るく)」
わっ。ツッコミも入ったぞ。
「アレは商売。商売でんがな。見解の相違ちゅうやっちゃ。大体、ワイの先祖は近江商人でしてな、代々お金が大好き。商売しとるだけでっせ」
「五億もぶんどっといて一体何に使うんだよ。おこぼれないのかよ」
「つかわしまへん。貯めるだけ。ワイはお金貯めるのが大好きでしてな」
小っちゃいオジサンが、親指と人差し指で丸をつくった。
「名前だけに」
「どういうことだ?」
「お金が貯まるの――田丸です」
一瞬の間のあと、
ドッと笑いが起きた。
ああ、オチたぁ。きれいにオチた。
かなり、ウケてる。
おいおいおい。
やめろ、爆笑するんじゃないよ、こらっ。
くそ~なんてもの見せやがるんだ。
しかも、即席じゃねーか。
ホントに素人なのか、こいつら。
しかもオチの時に正面切ってドヤ顔するなんて、プロの技じゃねーかよ。
あ、関西弁だ。クソ~、関西人め。
「じゃ、田丸のことはこれから親分と呼ぶことにしよう。みんな、それでいいな」
キツネ村が号令を掛けると、みんなが「は~い」と返事をした。
そのあと、田丸の親分は俺の房に入れられた。
安藤さんが抜け、いまだ三人部屋には俺と星川さんの二人だけだった。
そう言えば、安藤さんが言っていたな。
変なのがゴロゴロいる場所だから気を付けろって。この人もかなり変なんだろうな。
本当にヤクザの親分なのか――。
田丸の親分は壁を背にしてヨッコイショと座ると、俺に向かって、
「あんちゃん、何やったや?」
と聞いてきた。
「はい、ホテトルの運転手で捕まりました」
と答えると、
「ほう、さよか」
と、うなずいて腕を組んで目を閉じた。
先程までのトーンとは打って変わって静かになった。
その佇まいからして明らかに素人ではなかった。
腹の座り方が違う。
動かずとも、部屋の空気を持って行くような感じだった。
キツネ村の冗談にはいつも翻弄されるが、この人の場合、案外冗談じゃないと思った。
* * *
俺は、とうとうここまで来たか。と思った。
ヤクザの親分にまで嫉妬して、笑いを求めてる。
お笑い芸人になる為に必要なモノ。
それは何か?
当然、ネタが面白くないと相手にされない。
それは、ゴンと共に切磋琢磨して追い求めている。
が、それだけでは足りない。
ビームつとむに弟子入りするため、楽屋口で出待をするようになってから、心構えが変わった。出待ちをして、「お疲れさまでした」と挨拶を繰り返す日々を数週間も過ごしていると、段々と、つとむ軍団の皆さんからも、顔を覚えて貰えるようになった。
そのうち、つとむ軍団の兄さん達から、飲みに連れて行ってもらったり、早朝草野球に誘って貰ったりと、面倒を見て貰えるようになった。
つとむ軍団のリーダー格、ダントツさんは、我々の様な弟子志願者に対して、いろいろとアドバイスをくれた。どうすれば、ビームつとむ本人から、弟子として認められるのか。仲間として受け入れてもらえるのか。
結局は、面白ければいいのだ。
そうすれば、ダントツさんや、他の、つとむ軍団の兄さん達から、ビームつとむに進言してもらえるらしい。
「師匠。今来ている若いのに、こんなバカなヤツがいまして・・・」
「ふ~ん・・・どんなヤツ・・・」
と、気にかけて貰えたら、一歩前進だ。
そしてそのためには、常識を変える必要があった。価値観を変える必要があった。
ダントツさんが、過去にあった、師匠が喜んだエピソードを話してくれた。
飲んだあと、ダントツさんの彼女を送ることになった、ある弟子志願者。ダントツさんの彼女は飲み過ぎて、ベロベロに潰れているのをいいことに、そのままホテルに連れ込んで、夜ばいを掛けたらしい。
これを聞いた師匠は、大笑いしてくれたらしい。
ダントツさんもダントツさんだ。
自分の彼女だぞ。笑って話すようなことじゃないだろうと思った。
結果どうなったのかを聞くと、野暮らしい。
他には、
つとむ軍団の野外コンサート。楽屋で荷物番を任せられたある弟子志願者が、そのまま楽屋泥棒をした。
兄さん達の財布から、千円ずつ抜き取ってちゃっかり着服。
黙っていたらホントの泥棒だが、あとで「あの時、魔がさしまして」と自白した。
これも、師匠は大いに笑ってくれたとのこと。
本当かどうかは知らない。
俺は正直驚いた。
みんな、そこまでやっているのか。ある種、なりふり構わずだ。
『コンプライアンス』なんて言葉はない時代だ。
無茶するのが勲章だと思っていた。
見習わなければ。と覚悟を決めた瞬間があった。
覚悟? なんの覚悟だよ。
そのお陰で、とうとう俺はブタ箱に入ってしまった。
師匠は笑ってくれるだろうか?
――笑ってくれたら、それでいいのか?
第17話 終




