第10話 捕まえたもの
捕まえた。
だが、それで終わる話ではない。
門前の騒ぎはすぐに収まった。炎は広がらず、被害もほとんどない。表面上は、ただの“未遂”で終わる。
だが、問題はその中身だ。
「連れてこい」
父の声は低かった。
短く、無駄がない。
すでに次を見ている声だ。
僕は乳母に抱かれたまま、その場を動かない。
行く必要はない。
どうせ向こうから来る。
敵は、もう屋敷の中にいる。
数分後。
足音が近づく。
重い音。
引きずるような音。
そして――
扉が開く。
「連れてきました」
護衛が一礼する。
その後ろ。
縄で縛られた男が、床に押し出される。
顔を上げる。
笑っていた。
それが、最初の違和感だった。
普通なら、怯える。
怒る。
叫ぶ。
だが、この男は違う。
笑っている。
しかも――
楽しそうに。
「ずいぶんと手荒な歓迎だな」
軽い声だった。
状況に合っていない。
だからこそ、異質だ。
父が一歩前に出る。
「名は」
「ただの商人だよ」
「それは聞いていない」
「じゃあ、聞かなくていい」
会話が成立していない。
いや、成立させる気がない。
つまり――
時間稼ぎか。
あるいは、別の目的がある。
僕は男を見る。
視線を外さない。
断片と照合する。
石畳。
笑う顔。
炎の前の影。
一致した。
間違いない。
こいつが火種だ。
だが――
単独じゃない。
それも確信している。
「袋はどこから手に入れた」
父が問う。
核心だ。
男は笑う。
「落ちてたんじゃないか?」
「嘘だな」
「さあな」
軽い。
だが、崩れない。
精神が強い。
あるいは――
“切り捨てられる前提”で動いている。
使い捨てだ。
なら、情報は引き出せない。
ここで時間をかけても意味はない。
問題は別だ。
“誰が使っているか”。
それを見つけないと終わらない。
その時。
頭の奥で、断片が弾けた。
今度は、はっきりしている。
同じ男。
だが、場所が違う。
暗い部屋。
机。
向かいに座る、別の男。
顔は見えない。
だが、声がある。
「うまくいかなくても構わん。火が上がればいい」
低い声。
冷たい。
感情がない。
そして――
その机の上にある紋章。
見覚えがある。
王都の商会。
昨日の封書と同じ系統だ。
繋がった。
完全に。
僕は目を開ける。
呼吸を整える。
情報は揃った。
だが、どう使う。
この場で言葉は使えない。
なら――
見せる。
違和感を。
僕は、男を見続ける。
じっと。
動かずに。
まるで、理解しているかのように。
男の目が、わずかに揺れた。
一瞬だけ。
だが確かに。
気づいた。
何かに。
「……なんだ、その目は」
初めて、男が僕に言葉を向けた。
いい。
崩れた。
ほんの少し。
それで十分だ。
父も気づく。
視線の流れに。
「何か知っているのか」
父が低く問う。
僕ではない。
男に。
誘導だ。
男が笑う。
だが、さっきよりも硬い。
「赤ん坊に聞くのか?」
「お前が見たからだ」
父の声が変わる。
確信ではない。
だが、違和感を拾っている。
いい。
流れはできている。
あと一押し。
僕は、ゆっくりと視線を動かす。
男から――
父へ。
そして――
机の上の封書へ。
繋げる。
点を。
父の視線が動く。
封書を見る。
そして、男を見る。
「……王都の商会か」
来た。
言葉になった。
推測が。
だが、それで十分だ。
方向が決まる。
男が、初めて表情を崩した。
一瞬だけ。
だが、はっきりと。
笑みが消えた。
正解だ。
「……さあな」
遅い。
もう隠せていない。
父が一歩近づく。
圧が変わる。
「お前は切り捨てられる側だ」
静かな声。
だが重い。
「ここで黙っても意味はない。使った側はもうお前を見ていない」
核心だ。
男の目が揺れる。
初めて。
完全に。
崩れた。
いい。
これで引き出せる。
流れは変わった。
状況が動いた。
敵の輪郭が見えた。
だが――
終わりじゃない。
むしろ、ここからだ。
王都の商会。
組織。
そして――
この家を潰す理由。
それがまだ見えていない。
その時。
頭の奥で、最後の断片が弾けた。
王都。
広場。
掲げられる紙。
ヴァレイン家の名。
そして――
その隣に、別の名。
大きい。
もっと大きい。
商会よりも上。
権力。
政治。
繋がっている。
すべて。
理解した瞬間、背筋が冷えた。
これは――
ただの商会じゃない。
もっと上だ。
僕は目を開ける。
未来は変わった。
だが、敵は大きくなった。
次は――
王都だ。
敵の輪郭が、ようやく見えてきました。
ただし、それは想像よりも大きなものかもしれません。
ここから物語は一段階スケールが上がっていきます。
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次は――王都と繋がる“本当の敵”へ。




