ー第5項 四苦からの解脱により開花したクロードの『ゾーン』、スローに見える世界と精神干渉無効の絶対安寧
第5項 四苦からの解脱により開花したクロードの『ゾーン』、スローに見える世界と精神干渉無効の絶対安寧
そんな平和(?)な営業の中、トラブルが起きないわけではない。
噂を聞きつけていない、よそ者の魔物が迷い込んでくることもある。
鋭い爪を持つ『シャドウ・ヴァイパー』が、背後から音もなく俺に襲いかかった時のことだ。
普段の俺なら、気づくことすらできずに首を刎ねられていただろう。
だが。
「……おっと、危ないよ」
俺はグラスを拭く手を止めず、最小限の動きで首を傾けた。
ヒュンッ、と俺の耳元を爪が通過する。
世界が、遅く見えた。
いや、正確には俺の意識が「恐怖」や「焦り」というノイズに邪魔されなくなったことで、知覚能力が極限まで澄み渡っていたのだ。
これが、ケダマの影響による『解脱状態』。
生への執着も、死への恐怖もない。ただ「在る」がままに世界を見る。
ヴァイパーは驚愕し、次々と連続攻撃を繰り出してくる。
だが、そのすべてが止まって見える。軌道が読めるというレベルではない。相手が「攻撃しよう」という意思(殺意という苦しみ)を持った瞬間に、それが俺には色付きの予兆として見えるのだ。
俺はひらりひらりと舞うように攻撃を躱し、最後にヴァイパーの口の中に、焼き立ての熱いキノコを放り込んだ。
「熱っ!?」とは言わなかったが、ヴァイパーはたじろぎ、動きを止めた。
その隙を見逃さず、天井からケダマが触手を伸ばし、ヴァイパーの「獲物を狩れない屈辱」をチュウウウと吸い取った。
数秒後。
そこには、床に丸くなって満足げに寝息を立てるヴァイパーの姿があった。
『見事だ、クロード。お前はもう、四苦に囚われたただの人間ではない』
ケダマが賞賛の念を送ってくる。
「よせよ。俺はただの、酔っ払いの店主だ」
俺は苦笑して、自分のグラスに水を注いだ。
精神干渉無効、超反応速度、そして魔王級の相棒。
気づけば俺は、地上最強のSランク冒険者ですら手出しできない領域に足を踏み入れていた。
だが、そんな力はどうでもいい。
俺にとって重要なのは、今日の営業が終わり、ケダマと一緒に飲む一杯の酒が美味いかどうか、それだけだった。




