ー第4項 満足した竜の帰還と魔物ネットワークによる口コミ拡散、殺し合いの螺旋から抜け出した深層の変貌
第4項 満足した竜の帰還と魔物ネットワークによる口コミ拡散、殺し合いの螺旋から抜け出した深層の変貌
ドラゴンは千鳥足のような足取りで、しかし来た時よりもずっと軽やかに帰っていった。
その背中からは、あの重苦しい殺気は消え失せていた。
「……なんか、すげぇことになったな」
俺が竜の鱗を布巾で磨いていると、暗闇の奥から無数の視線を感じた。
ヘル・ドラゴンが大人しくなって帰っていった様子を、他の魔物たちが見ていたのだ。
本来、ダンジョンは弱肉強食の世界だ。弱みを見せれば食われる。
だが、ここの主は、肉ではなく「苦しみ」を食う。
そして、俺という人間は、彼らに安らぎの食事を提供する。
その事実は、魔物たちの独自ネットワーク――咆哮や魔力の波長、あるいはフェロモン――を通じて、爆発的な勢いで深層全域に拡散していったらしい。
『あそこに行けば、楽になれる』
『あの黒い玉が、イライラを食べてくれる』
『あの人間が焼くキノコは美味い』
そんな噂が広まったのだろう。
数時間後には、店の周りには行列ができていた。
三つの首を持つ番犬ケルベロス(真ん中の首が喧嘩の仲裁疲れで胃潰瘍気味)、死霊の王リッチ(永遠の生に飽きて鬱気味)、巨大な蟲(ただ腹が減っている)……。
普段なら顔を合わせた瞬間に殺し合いを始める連中が、ここでは不思議と大人しい。
ケダマが「店内での暴力行為禁止(破れば苦しみを倍にして返す)」というルールを念話で強制しているのもあるが、彼ら自身もまた、戦いに疲れていたのだ。
深層は「地獄の釜の底」から、奇妙な「社交場」へと変貌を遂げつつあった。
俺は次々と訪れる客の悩み(魔力感知でなんとなくわかる)を聞き、適当な相槌を打ち、キノコや魔獣の肉を焼き続けた。
彼らが置いていく「代金」――レア素材や魔道具――が、カウンターの裏に山積みになっていく。
「いらっしゃい。相席でもいいか? ああ、リッチの旦那、骨が軋むならカルシウム多めのスープがあるぞ」
俺は完全に、居酒屋の大将になりきっていた。




