ー第5項 恐怖を失った男と毛玉の魔王による奇妙な宴の始まり、そして四苦から解脱した肉体に宿る未知なる力
第5項 恐怖を失った男と毛玉の魔王による奇妙な宴の始まり、そして四苦から解脱した肉体に宿る未知なる力
「へへ……お前、面白いこと言うな」
俺はへらりと笑った。
体はまだ動かないが、心は羽が生えたように軽い。
目の前の巨大な毛玉が、恐ろしい魔王なのか、神なのか、ただの幻覚なのかはどうでもよかった。
こいつは俺の「苦しみ」を食べてくれた。
なら、礼をしなきゃいけない。
俺は残っていた『ドワーフの涙』の小瓶を、震える手で掲げた。
「俺のつまみ(絶望)は美味かったか? なら、次は酒だ。ほら、飲めよ」
毛玉が反応した。
ふわりと毛が逆立ち、俺の持っている小瓶へと触手を伸ばすように毛束が伸びる。
小瓶の中の液体が、重力に逆らって宙に浮き、毛玉の中へと吸い込まれていった。
『……悪くない』
満足げな波動が伝わってくる。
その瞬間、俺の体に温かい光が満ちた。
ボキボキ、グシャッ。
不気味な音と共に、折れていた手足の骨が勝手に繋がり、裂けた皮膚が塞がっていく。
回復魔法? いや、違う。これは「病」や「老い」といった、肉体の欠損状態を否定する力だ。
解脱の防壁。
俺を苦しみから遠ざけるために、毛玉が無意識に与えた加護。
「すげぇ……治った」
俺は立ち上がった。
体中の痛みが消えているどころか、今まで生きてきた中で一番調子がいい。
目の前の毛玉――ケダマと名付けよう――は、俺を見下ろして、どこか親しげに体を揺すった。
『もっと、寄越せ。お前の苦悩は芳醇だ。代わりに、この地の安寧をやろう』
「ああ、いいぜ。俺には苦労話しかねぇからな。朝まで語り明かそうぜ、相棒」
俺はリュックの底を探り、もう一本だけ隠していた秘蔵の酒を取り出した。
ここはダンジョンの最下層。
地上には戻れないかもしれない。
でも、不思議と不安はなかった。
最高の酒と、最高の聞き上手(捕食者)がいる。
ここを、俺の極楽にしてしまえばいいのだ。
こうして、Sランクパーティーを追放された俺と、ダンジョンのラスボスである毛玉の、奇妙な同居生活――いや、終わらない宴が幕を開けた。




