ー第4項 負の感情を捕食され脳内に流し込まれる即身成仏の幻覚と、輪廻転生を否定し現世こそが極楽であるという啓示
第4項 負の感情を捕食され脳内に流し込まれる即身成仏の幻覚と、輪廻転生を否定し現世こそが極楽であるという啓示
恐怖が、消えていく。
物理的に吸い出されているかのように、心臓を鷲掴みにしていた冷たい手がほどけていく。
代わりに、毛玉の方から俺の脳内へ、何かが逆流してきた。
言葉ではない。強烈なイメージの奔流だ。
――極彩色の花畑。
――黄金に輝く酒の川。
――あらゆる苦痛から解放された、絶対的な安らぎ。
『死んで楽になろうなどと考えるな』
脳に直接、重厚な響きが染み渡る。
『人は死ねば無に帰すのみ。輪廻などない。来世に期待して徳を積むなど、無意味な徒労だ』
それは、この世界の宗教観を真っ向から否定する思想だった。
誰もが、辛い現世を耐えれば、来世では幸せになれると信じている。魂は不変で、新しい肉体に引っ越すだけだと。
だが、目の前の毛玉はそれを「無記」――考える価値すらないと切り捨てた。
『命の流れは続く。だが、お前という個は今ここにある肉体だけだ』
脳内でスパークする快楽物質。
痛みが遠のく。いや、痛みという信号が「心地よいノイズ」に変換されていく。
『生老病死の四苦に囚われるな。ここが霊山浄土だ。肉を持ったまま、仏となれ』
理懺悔。
俺が抱えていた負の感情は、すべてこの毛玉が飲み込んだ。
俺はただ、空っぽになった心に注がれる「多幸感」に身を委ねればいい。
ああ、なんだこれ。
すげぇ気持ちいい。
追放? どうでもいい。
骨折? 治るだろ、そのうち。
死ぬ? いや、俺は今、猛烈に生きている。
視界がサイケデリックに明滅する。暗闇だったはずの最下層が、まるでネオンきらめく繁華街のように明るく見え始めた。
俺は「悟り」を開いたのだ。
酒と、この毛玉のおかげで。




