ー第3項 震える手で煽った酒の味と、死への恐怖を嗅ぎつけて現れた目も口もない巨大な毛むくじゃらの怪物の出現
第3項 震える手で煽った酒の味と、死への恐怖を嗅ぎつけて現れた目も口もない巨大な毛むくじゃらの怪物の出現
カッ、と喉が焼けるような刺激。
安酒特有の荒々しいアルコールが、食道を通り、空っぽの胃袋へと落ちていく。
「……うめぇ」
涙が溢れた。
死にたくないという本能的な恐怖と、酒の熱さが混ざり合い、強烈な情動となって全身を駆け巡る。
――誰か助けてくれ。
――俺はまだ生きたい。
――なんで俺だけがこんな目に。
ドス黒い感情が、酒と一緒に体外へ放出されるような感覚があった。
その時だ。
完全なる闇だったはずの空間が、ゆらりと歪んだ。
魔力感知のスキルが、警鐘を通り越して悲鳴を上げている。そこに在るのは、魔物なんて生易しいものではない。このダンジョンの、いや、この世界の「システム」そのもののような圧倒的な質量。
俺の目の前に、それは現れた。
直径三メートル、いやもっと大きいか。
真っ黒な、球体。
目も、口も、鼻もない。ただただ黒く、そして異常なほどにふわふわとした長い毛に覆われた、巨大な毛玉。
『――――』
声は聞こえない。だが、存在感だけで圧殺されそうだ。
本来なら、見た瞬間に発狂してもおかしくない異形。
だが、酔いが回った俺の目は、奇妙なことに釘付けになっていた。
その毛玉が、俺の身体から立ち上っているらしい「黒い霧」のようなものを、目に見えない器官で吸い込んでいるのだ。
ズズズ、ズズズ。
そんな幻聴が聞こえるほど、猛烈な勢いで。
あれは俺の恐怖か? 絶望か?
酒を飲むという行為の刹那に生まれた、俺の魂の叫び。
毛玉はそれを、まるで極上のつまみでも味わうかのように、貪り食っていた。
「……なんだ、お前」
俺は掠れた声で問いかけた。
毛玉は答えない。ただ、俺の方をじっと見ている気がした。目のない顔で。
切ないような、慈しむような、そしてもっと寄越せとねだるような気配。
俺に危害を加える様子はない。むしろ、俺の周りに漂う「死の匂い」を丁寧に舐めとっているようだ。




