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白い結婚のはずですが、戦地から帰還した夫がやけに馴れ馴れしい  作者: おのまとぺ
前編

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07 どうやらショックらしい



 エウレカはじっとりと身体に纏わりつく暑さで目が覚めた。寝汗をひどく掻いたのか、シーツも服も湿っているように感じる。



「なんだか嫌な夢をたくさん見たわ……」


 ハッとして扉を見遣る。

 今日はあの騒がしいノックはないようで、ひとまず安心して立ち上がった。タイミングよく外からメイドの声が掛かる。


「おはようございます。お目覚めでしょうか?」

「ええ。着る物を選びたいの、手伝ってくれる?」

「もちろんでございます」


 部屋に入って来たのは嫁入りしたときから世話になっているアリーシャというメイドで、年が近いこともあってエウレカは彼女に親しみを持っていた。


 まだ寝ぼけ眼のままで寝着を脱ぎながら、あくびを噛み殺す。悪夢を見たせいか、眠りの質はあまり良くない。


 伸びをして何気なく後ろを振り向いたエウレカは、文字通り絶句した。



「待って、なんで彼がここにいるの!?」


 部屋の隅には申し訳なさそうな顔のアルキメデスが立っていたのだ。昨夜のこともあって、思わず彼の身体が正常かどうかを確認してしまう。


「私がお部屋に入ろうとしたところ、若旦那様も扉の前で待っておりましたので、お声を掛けさせていただきました」

「そういう配慮は要らないのよ!」

「ですけれど、なんだか気の毒で……」


 気の毒と言われた屋敷の主人は縮こまってこちらを見ている。


 成人済みの大きな男が、仔犬のように身を丸めて様子を伺う様はなんとも言えない。エウレカに罪はないと思うが、少しかわいそうになってくる。


「アルキメデス、着替えるまで待って」

「ここに居ても……」

「良いわけないでしょう」


 しゅんと肩を落として退散する後ろ姿を見送って、メイドは我慢ならないといった顔で吹き出した。


「申し訳ありません……!なんだか捨てられた犬の前を素通りするような気持ちになってしまって、ついお誘いを……」

「貴方は悪くないわ。まだあんな感じなのね」

「良いではありませんか!この調子で円満夫婦になって跡継ぎが生まれることを、旦那様たちも望まれているみたいですよ」


 嬉々としてそう語っていたアリーシャも、エウレカの表情を見て口を閉ざした。


 アルキメデスが帰ってからというもの、オルガノ伯爵夫妻が期待に満ちた目をこちらに向けているのは分かっている。気付かないほどエウレカは鈍くない。


 しかし、過去の自分が待ったを掛ける。



「知っているでしょう。今の夫は異常事態にあるの。正常な判断ができていないのよ」

「ですけれど、お二人は夫婦で……」

「そうね。白い結婚で結ばれた、夫婦よ」


 それ以上はアリーシャも何も言わず、エウレカは選ばれたドレスに袖を通して化粧台の前に腰掛けた。いつもエウレカに化粧を施してくれるメイドも、部屋の空気を察したのか静かに手を動かしていく。


 瞼の上に薄いベージュのアイシャドウを塗り、その上に細い筆でラインを引く。夫を待っていた健気な妻になんてなるものか。あの程度の甘い言葉で、巻き返せると思うなんてどうかしている。


 鏡の中に映る自分を見つめる。

 五年前のエウレカが、まだそこにいる気がした。




「今日はルーヴェンの家へ戻ろうと思います」


 朝食を終えてエウレカが告げると、義両親は「是非よろしく伝えてほしい」と笑顔で承諾した。


 エウレカの親であるルーヴェン伯爵夫妻が住むのは、ここから馬車で一時間ほどの場所にあるタランタだ。タランタ一帯がルーヴェンの領地であり、父は領主として昔からその地を治めていた。


 厳格な父はどちらかというと義父同様に長子は領主を継ぐべきと考えており、領主にもならなければ、新婚の妻を置いて戦地へ向かったアルキメデスをあまりよく思っていなかった。


(それより、心配なのは……)


 思いを巡らせるエウレカの目に、再びショックを受ける夫の姿が飛び込む。叱られた子供よろしく、アルキメデスは眉を下げて座っていた。



「予定がないならば、ご一緒しますか?」


 尋ねた後で我に返る。

 パッと輝く夫の顔を見て、言葉の意味を理解した。


 つい、社交辞令で誘ってみただけだったが、今のアルキメデスが断るはずがない。「手土産を何か包んでほしい」と嬉しそうに使用人に頼む横顔に、後戻りができないと悟った。


「そうね、そうね!ルーヴェン伯爵にご挨拶に伺うのは結婚式のとき以来じゃない?」

「そんなはずがないだろう。それじゃあ五年も前の話……」


 義母の話を鼻で笑い飛ばしながら、実際のところそれが真実だと気付いたのか、義父は口を噤んだ。


 さて、エウレカの両親はどんな顔をするだろう。

 夫が不在の間にも年に数回は顔を合わせていたけれど、そういえば彼が戻ったという報告をまだしていない。急な訪問に驚くことだろう。


 それに、ルーヴェン伯爵家には忘れてはならない存在がいる。エウレカの兄、アイザックだ。


 アイザックは今の夫に負けず劣らずの変わり者であり、同時にかなり妹思いだった。エウレカがあまり頻繁に実家に戻らない理由の一つでもある。



「エウレカの家族は私の家族だ。久しぶりの再会が楽しみで仕方がない」


 今朝方の落ち込みようはどこへやら、満面の笑みでそう言うアルキメデスを見て、エウレカは自分がとんでもない提案をしてしまったのではないかと内心後悔した。



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