05 どうやら真面目らしい
アルキメデスが見立ててくれたイヤリングは、確かにエウレカの黒い髪によく似合った。
鮮やかな赤いドレスが映えるように、髪はゆるく巻いて高い位置でまとめる。メイドたちがせっせと小さな髪飾りを差し込んでいく様子を、エウレカは鏡越しに眺めていた。
「若奥様の気品が伝わる上等なイヤリングですね。新しいドレスにも合います!」
「こんなお姿を見たら、きっとアルキメデス様は舞い上がってしまうでしょう。十年以上このお屋敷に勤めていますが、ここ数日のあの方は今まで見たことがないぐらい幸せそうで……」
微笑ましそうに言ってエウレカに意味ありげな目線を送る女は、屋敷のメイド長であるハルム。彼女とて、失われた五年のことを忘れたわけではないはずだが。
「久しぶりに家に帰ったからよ。誰だって戦地から自分の生まれ故郷へ戻ったら浮かれるわ」
「それだけではないと思いますが……」
「この五年間、一度も手紙はなかったの」
鋭い声で言い返せば、メイド長は困ったように視線を逸らす。エウレカはなるべく苛立ちを抑えて、冷静であろうと努めた。
「とにかく……今の彼はまともじゃないわ。だけどすぐに思い出すはずよ。自分の妻が愛するに値しない存在だったと」
「若奥様、」
「早く戦地へ戻れば良いのよ。そんなに戦が好きならずっと蛮族を相手に剣を振っていれば良い。私はもう夫のいない生活に慣れたから」
そう言ってエウレカは立ち上がる。
オロオロと目を泳がせるメイドたちの間を縫って部屋を出た瞬間、朱色の壁にぶつかった。
よく見ればそれは軍服を着た夫で、屈強な肉体に似つかわしくない悲壮な顔をしていた。
「……聞こえていましたか?」
項垂れたままにアルキメデスは頷く。
エウレカは顔を上げてその目を見据えた。
冬の空みたいな灰色の瞳。
「謝罪しろと言うならば、謝ります。だけれど私はあくまでも事実を述べたまで。貴方は戦地で一度でも私のことを考えましたか?」
アルキメデスの唇がわずかに開いて、切れ長の目に迷いが浮かぶ。エウレカにとってはそれは十分な回答だった。
「もう結構です。今更夫婦ごっこは要りません」
「エウレカ……!」
「叙勲式には妻として出席しますから、ご安心を」
何か言いたそうなアルキメデスの視線は感じていたが、エウレカは黙って階段を降りた。
聞かれたならば、仕方がない。
取り繕う必要はないだろう。
アルキメデスとエウレカは揃って同じ馬車で王宮まで運ばれたが、その道中二人の間に会話らしい会話はなかった。
◇◇◇
国王ペドロ・マルチネスによる叙勲式は滞りなく進行し、エウレカは英雄となった夫が賞賛の嵐を受けるのを見届けた。
早朝から行われたにも関わらず、出席者は多く、続いて開催された食事会では若い令嬢の姿も目立つ。
アルキメデスは初めこそエウレカの様子を気にする素振りを見せたが、化粧室に抜けてテーブルへ戻ると、もう何処かへ消えていた。
(これで良いのよ。ずっと隣で立たれても息苦しいだけだもの……)
エウレカは小さく息を吐く。
自分の友人を探すためにキョロキョロと頭を動かしていたところ、背後から声を掛けられた。
「オルガノ中佐の奥様ですよね?」
振り返れば、小柄な女が立っている。
人懐っこい笑顔に見覚えはない。
「すみません、どなたでしょうか……?」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私は中佐の部隊で薬師を務めているラウラと申します。オルガノ中佐の受勲、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
薬師という仕事があることは知っていたが、アルキメデスの隊で働く担当者がこんなに若い女だったとは。自分とさほど変わらない相手が、軍人の傷を手当てするために戦地で働いていることに感心した。
ふと、エウレカは思い立って口を開く。
「あの……夫のことで相談があるのですが」
「どうされましたか?」
ヘーゼルの瞳を丸くしてラウラは顔を近付ける。
エウレカは言葉を選んで話し始めた。
「今回、屋敷に戻る前に夫は滑落して負傷したと聞きました。何か私生活に影響はあるのでしょうか?」
「と、言いますと?」
「記憶障害や人格が変わるなんてことがあるのか知りたいのです。帰ってから、少し様子が変なので……」
素直に打ち明けたエウレカをじっと眺めて、薬師は再び笑顔を浮かべた。
「心配はいりませんよ。オルガノ中佐は真面目な方でしたから、もっと言葉で伝えた方が良いって教えて差し上げたんです。分かりにくいところがあったでしょう?」
「ええ、まぁ……」
「戦場でも無理をなさることが多いので、手当てする側からしたら心配が尽きません」
「それは……申し訳ないです」
良いんですよ、と返すラウラを見つめる。
仕事柄、アルキメデスとの接触が多く、彼女は親切心からエウレカに話して聞かせてくれているのだろう。屋敷で待つ妻は、戦地における夫の日常など知るはずもないから。
「だけど、上手くいっているようで安心しました。国境を発つ前に何度も言ったんです。奥様には過剰なぐらい愛を伝えてくださいって」
「そうですか……」
「たまにいらっしゃるでしょう?軍人の夫が戦地で他に女を作ってるんじゃないかって勘繰る方が」
「……はい、そのようで」
ラウラは軽快に笑って、エウレカの手を握った。
「どうぞ、お気になさらないでください。真面目なあの人に愛人はいませんから!」
何か心配事があればお気軽にどうぞ、と連絡先を書いた紙を渡してくれたので、エウレカは頭を下げて礼を伝えた。




