04 どうやら飾り立てたいらしい
馬車での移動は、いつも以上に長く感じられた。
車内が揺れるたびにエウレカの膝はアルキメデスの膝に当たるので、緊張が走る。不思議なことに夫の方もどこかそわそわした様子で気を張っていたので、会話は少なかった。
(無理して黙っているのかしら……?)
結婚してから戦地に行くまでの短い記憶が正しければ、アルキメデスという男はおしゃべりな方ではなかったと思う。どちらかというと無愛想で、こちらが何かを問い掛けても「はい」「いいえ」ぐらいの返事しかしなかった。
膝の上で拳を握りしめる夫を観察する。
母親譲りの黄金色の髪が時折風を受けて揺れる。
綺麗な顔をしているとは思う。顔で夫を選んだわけではないが、おおよそ大半の女はこういった顔の男を好むだろう。
鍛え上げられた肉体が本領を発揮するのは仕事の場のみで、エウレカは夫の裸を見たことはない。興味もとうの昔に失せてしまった。どうせ人間の身体なんて大差はない。
「私の顔に何か付いているか……?」
困ったように眉尻を下げてそう問うので、エウレカは慌てて首を横に振った。
「いいえ、そうではありません。久しぶりに貴方が帰って来たので、まだ実感が湧かなくて……」
「当然だ。寂しい思いをさせてすまなかった」
伸びて来た手がエウレカの手に重なる。
逃げ遅れた両手が柔らかな温もりに包まれた。
あれほど冷たい目をしていた男に、こんなに熱い血が流れているなんて不思議だ。もっと不思議なのは、この瞬間を心地良いと感じている自分。
「アルキメデス……」
名前を呼ぶと、嬉しそうに目を細める。
「エウレカ、愛している」
「……ありがとう」
感謝を述べるのがやっとで、エウレカはどんな顔で夫を見れば良いか分からなかった。握られた手から伝わる熱がくすぐったい。
彼が言う愛という言葉に実際のところ大した意味はなくとも、今だけは「愛される妻」のフリを続けても良いかもしれない。そう思えるぐらいには、エウレカの心は軽くなっていた。
「これとそれ、あそこに飾ってあるドレスも頼む」
テキパキと指示を飛ばすアルキメデスの姿を、エウレカは呆然と見つめる。
二人が店に入ったのは一時間ほど前だが、すでに白い箱の山が三つほど出来上がっていた。ほとんどが女性ものの衣服である。
「あの……どういうことですか?」
「何が?」
怪訝な顔で見上げると、夫は首を傾げた。
「私は貴方の買い物に付いて来たのです。どうして自分の服を見ないのですか?」
「私は夏用のシャツを三着選んだ。残りの時間は君の服をじっくり選びたい。気になるものがあれば、なんでも言ってくれ」
「私の服は足りています!」
聞く耳を持たないアルキメデスに、思わずエウレカは声を張り上げる。
五年も不在にしていた夫だ。
妻のクローゼットの中身を把握していなくても仕方はない。だけれど、あれもこれもと買い与えられては困るし、伯爵家に十分な資金力があるとは分かっていても負担に感じる。
「春服も夏服も要りません。今持っているもので着回しは効きます。新しい服は必要ありません」
「私が買いたいんだ」
「……はい?」
一瞬、女性物の服をアルキメデス自身が纏いたいのかと勘違いしそうになったが、たぶん違う。彼が言いたいことは、つまり。
「君に贈りたい。ドレスでも、コートでも、手袋でもなんだって良い。装飾品でも構わないから、美しい妻を飾り立てるものを揃えたい」
「そんなもの、私には……」
「おかしいと思うか?」
アルキメデスの手が、棚の上から片方のイヤリングを拾い上げる。白いパールが輝く金の耳飾りをそっとエウレカの顔に近付けた。
「ほら、よく似合っている。君にはいつだって最高の気分でいてほしい。女性は美しいものが好きだと聞いたから、こうして連れて来た」
アルキメデスの後ろで、控えていた若い店員たちが頬を赤らませて目配せをし合っている。何を考えているかは容易に想像できたので、エウレカは大人しく頷いた。
(これじゃあ、誰の目に見ても良い夫ね。意地になって拒否し続けるのは良くないわ)
「分かりました。貴方のご厚意に甘えます」
「あぁ、そうした方が賢明だ」
アルキメデスは嬉しそうに目尻を下げて笑う。
結局、エウレカは二時間ほどを費やして夫の着せ替え人形となり、大量に仕入れた新しいドレスたちは後日オルガノ邸に送られることになった。
「今日は充実した一日だった。付き合ってくれてありがとう」
自分の買い物はものの数分で終わらせてほとんどを妻の衣装選びに使っていたにも関わらず、アルキメデスは帰りの馬車でそんなことを言う。
「礼を伝えなければいけないのは私の方です。もうこの先数年は服を買わなくて良いでしょう」
「いいや、近々また別の店に行こう。知り合いにも良い店を聞いてみる。君は何を着ても似合ってしまうから、本当はすべて買い占めたいんだが……」
そうもいかないからね、と笑い飛ばす夫の横顔を、エウレカは凝視した。
これは一時的な脳の障害による影響が出ているだけ。何度も言い聞かせているのに、いまだに慣れることはない。
「エウレカ、君の真っ直ぐな瞳にはこの真珠がよく似合う。明日は王宮で叙勲式があるんだ。これを付けて私の隣を歩いてくれないか?」
「はい……構いませんが……」
アルキメデスが差し出したのは、彼が店の中で見つけてくれたパールのイヤリング。エウレカはおずおずと頷いて、承諾した。




