18 day82
「エウレカ……!アルキメデスが帰ってくるそうだ!!」
ノックもそこそこに部屋に飛び込んできた義父の言葉に、エウレカは振り返った。
手に持っていた白い封筒を机の上に下ろして、笑顔を向ける。封筒にはオルガノ伯爵家の家紋である金獅子の印が押されていた。
「はい。どうやらそのようですね」
「今回は随分と早い帰還だと思わないか?あれなりに何か思うところがあったのかもしれない。手紙だって二回も送ってくれたんだぞ!」
嬉しそうに目を輝かせる義父ゴルディに相槌を打ちながら、エウレカは自分の元へ届いた四通の手紙のことを考えていた。夫からの手紙はいつも気が利いた文面ではなかったけれど、彼は無事で、今どこにいて何をしているのかを教えてくれた。
変わろうとしてくれているのだろうか。
不器用な彼なりに、少しずつ。
「せっかくの帰還だ。次はルーヴェンの家族も呼んで晩餐会を開こうじゃないか!」
「晩餐会……ですか?」
「妻も賛成してくれている。今日中にタランタへ使いの者を送るから、都合が合えば是非!」
鼻息荒くそう言う義父は、どうやら相当乗り気のようだ。
エウレカの両親はきっと誘われたら参加するだろう。兄のアイザックあたりは微妙だが。
(まぁ……良い大人だものね)
へそ曲がりな兄の顔を思い浮かべつつエウレカはゴルディに賛成の意を示した。いささか突発的ではあるけれど、戦地から戻る夫を皆で歓迎するという考えは良いかもしれない。エウレカだけで迎え入れるのは、ちょっと気が重いから。
こうして、その日の昼過ぎにはオルガノの従者がルーヴェンへと向かい、快く承諾を受けて戻った。屋敷のメイドたちが慌ただしく走り回る中、エウレカはぼんやりと物思いに耽っていた。
はたして今度はどんな顔で戻るのだろう。
また愛妻家を気取りだしたらどうしようか、と。
◇◇◇
アルキメデスがオルガノ伯爵家に到着したのは、翌々日の夕方のことだった。
近付く馬の足音をいち早く聞き付けたのは義母で、ハッとしたように目を見開いて立ち上がったかと思うと「戻ったわ!」と叫んで部屋を飛び出した。
エウレカの身体も強張る。
夫がとうとう戦地から帰還した。
今度は死地と言われていた場所だ。
他国から攻め入ろうとする海賊たちを、夫は撃退したのだろうか。怪我について手紙に記載はなかったけれど、もしもどこか負傷していたら?
逸る気持ちが伝染して、エウレカは義両親の後を追って部屋から出る。三ヶ月足らずの不在なので、今回は夫の顔をよく覚えていた。何度かアルキメデスのことを考えることがあったから、そのせいかもしれないが。
「そうか、お前もついに大佐に……!」
義父ゴルディの歓喜の声を聞きながら、エウレカはゆっくりと玄関へと近付く。取り囲む人々の向こうに、頭一つ分とびでた男を見つけた。
「エウレカ」
名前を呼ばれて、心臓が跳ねる。
どういうわけか、五年ぶりに再会したとき以上にエウレカは緊張していた。今回は手紙で近況を知っていたし、時間だってそんなに経っていないというのに。
何か言いたそうな顔のアルキメデスの背後で、勢いよく扉が押し開かれる。「これはこれは!」という驚きの声とともに現れたのは、タランタから来た両親たちだった。
「あんな場所から生きて帰ったのか?」
信じられないといった表情で見上げるアイザックに、アルキメデスが「残念ながら」と返す。こんな場所でお話しするのもね、というオルガノ夫人の掛け声で、一行は食堂へと移動した。
「すみません、馬車に乗るまでに砂漠を抜けて来たので、私だけ先に湯浴みをさせていただき……」
恐縮した様子でそう伝える夫を、エウレカはマジマジと見つめる。
食堂に移動する途中で「着替えたい」と言い出したアルキメデスは、一人自分の部屋と向かった。着替えを済ませた夫は、制服ではなく白いシャツに黒いズボンという出立ちで、そのシンプルな装いはかえって彼の筋骨隆々とした体格を際立たせている。
アイザックが怪訝な目を向けているのに気付いて、エウレカは慌てて夫から顔を背けた。変な勘違いをされたくない。
第一、今回は手紙を寄越してくれたとはいえ、もともとは冷遇を続けていた男だ。惚れ薬を飲んでいた間は激変していたが、本性は知れている。
妻として、冷静に対処しなければ。
「……エウレカ?」
何度か声を掛けられていたようで、顔を覗き込む夫を目にしてエウレカは大袈裟に肩を揺らした。
「な、なんですか……?」
どうにか落ち着いた顔を作って問い掛ける。
アルキメデスは灰色の瞳に迷いを浮かべて、言葉を探した末に口を開いた。
「今晩、私の部屋へ来てほしい」
「えっ」
頭の中の思いが素直に飛び出したので、慌てて「どうして」と続ける。またもや夫は困った様子で咳払いを何度かした。
「君と話したい」
「今も話しているでしょう」
「……出来れば二人で、話したい」
隣に座るアイザックのナイフが皿からはみ出て彼の左手の上を滑っていることに気付いて、エウレカは慌てて止めに入る。心配性な兄が何かを言い出す前に、ひとまず「承知いたしました」と返答をしてエウレカは夫との会話を打ち切った。




