14 day10
わけが分からない。
結婚してから今日に至るまで、アルキメデスという男を理解できた日は一日たりともないが、それにしても彼の心情が計り知れない。
柄にもなく情けを掛けているのだろうか?
エウレカを五年も待たせた挙句、軍人と離縁した女というレッテルを貼って世に送り出すことに、申し訳なさを感じているとか。
(だったら今まで放置しないわよね……)
そこまでの配慮ができる人間であれば、葉書の一通でも送ってきたはず。
可能性としては、帰還後すぐに離縁すると「英雄」としての彼の評価に傷が付くため、しばらく表面上は夫婦を続けたいのかもしれない。それこそ、再び戦地へ戻ってから離縁状が届くのかも。
結局、悶々としたままエウレカは翌朝を迎えた。
「若奥様はお顔が小さいですから、今回のように短い髪型でも似合いますね。ですけれど、髪飾りはどうしましょう……?」
困った顔で鏡越しにこちらを見るメイドをエウレカは見つめ返す。
頭がおかしかったときのアルキメデスに買ってもらった腐るほどの装飾品は、すべて木箱の底に仕舞い込んだ。それらはどのみちエウレカの長い髪を飾り立てるものだったので、今となっては使い道がない。
「何も要らないわ。その方が頭が軽いし」
「あ、そういえばアルキメデス様が若奥様の着替えが終わったら声を掛けるようにと」
「……どうして?」
思わず不機嫌な声が出る。
メイドは目を泳がせて口を開いた。
「わ……分かりません。ただ、何か直接お伝えしたいことがある様子でした」
もしかして、昨日の会話に関することだろうか。
一人になった部屋でよくよく考えた結果、自分たちの場合は大人しく離縁しておいた方が良いと考えを改めたのかもしれない。そうだと良いが。
エウレカはあからさまに嫌な顔をして「分かったわ」と返答する。メイドに罪はないものの、憂鬱な気持ちになったのは変わりない。
鏡の中に映る姿を確認して、エウレカはアルキメデスのもとへと向かった。
「失礼いたします」
書斎まで訪ねて来た妻を一目見るなり、アルキメデスの顔が強張った。二人の間に一瞬にして緊張が走るのを感じる。こちらとて来たくて来たわけではないのに。
「手短にお願いしますね。貴方もきっと、長い話は望んでいないでしょうから」
「分かっている。君の都合を聞くために呼んだだけだ」
「都合というと?」
「買い物に付き合ってほしい」
エウレカは面食らってしばらく黙り込んだ。
まじまじと目を見開いて夫を観察する。
また惚れ薬を盛られたのではないか、と内心疑っていたが、落ち着いた表情からしておそらくその可能性は低い。
「……ご自分のものですか?」
やっとの思いで返した質問に、アルキメデスは首を横に振った。「違う」と言うから尚更頭が混乱する。
第二王女への贈り物だろうか。
ラウラの話では、すでに王女と夫は接触しているようだった。叙勲式で何か会話があったのだろう。夫はどこかへ行ってしまっていたから。
(なるほど……王女への貢ぎ物を離縁する妻に選ばせるのね。大した神経だわ)
嫌味の一つぐらい言ってやりたい気持ちだったが、なんとか思いとどまった。愛していない夫が誰の機嫌を取ろうと、今の自分には関係ない。
エウレカは「承知いたしました」と承諾し、夫婦は馬車に乗って屋敷を出発した。
運ばれる間、これといった会話はなかったが、それこそが従来の関係なのだ。車体が揺れるたびに表情を強張らせたり、膝が触れ合うたびに顔を赤らめたりする相手ではない。
すべて、元通りだ。
「あらあら、一週間ぶりではありませんか?」
服屋の店主はエウレカとアルキメデスを見て、驚いた顔で出迎えた。返答に困るエウレカの隣を夫が通り抜ける。
「女性用の装飾品がほしい」
「ネックレスでしょうか?それとも流行りの宝石が連なったブレスレットで……?」
「いや、髪飾りが良いんだ」
店主と夫が顔を突き合わせてあれこれと選ぶ様子を横目に、エウレカは店内を一人で歩き回った。
品揃えが多いが、どれも職人の技巧が見受けられる一級品だ。不器用な自分には真似できないけれど、自国にこのような技術を持った人たちがいることは誇らしく思える。
手持ち無沙汰に歩き回るうちに、前回夫が買って寄越したイヤリングと同じデザインのネックレスを見つけた。小さなパールが並ぶ姿は上品で愛らしい。
(離縁するなら返さないと……)
アルキメデスの心情は不明だが、彼が夫婦生活に前向きとは思えないから、おそらく何らかの理由があって今は離婚を思い止まっているのだろう。
第二王女も薬師もきっとヤキモキしているはず。
惚れ薬の効果が切れたならば、エウレカが申し出さえすれば二人の関係は解消されると踏んでいただろうから。
それはエウレカ自身もそうで、いったい何故何事もなかったかのように夫婦で買い物に出ているのか分からない。この無愛想な夫はいつだって理由を教えてくれない。
考えれば考えるほど胸が苦しくなったので、エウレカは夫に「馬車へ戻って待ちたい」と伝えて先に服屋を出ることにした。
アルキメデスはその後すぐにエウレカの元へと戻って来たが、相変わらず夫婦に会話はなく、無言の二人を乗せて馬車はオルガノ邸に到着した。




