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第二十五話


 背後から抱きかかえられた“彼女”は、必死に身をよじって抵抗する。

 けれど、その腕は思った以上に強く、振りほどくことができない。


 このままでは、妹たちを助けるどころか――自分まで捕まってしまう。

 そう思った瞬間、込み上げるものに視界が滲みかけた。


 そのときだった。


 頭上から、かすかな声が落ちてくる。


「……ごめん。心配になって、黙ってついてきちゃった。

 でも……ゆっくりしてる時間、なさそうだ」


 聞き覚えのある声。

 先ほど、帰したはずの少年だった。


 森を渡る風が、妹たちに危険が迫っていることを知らせてくれた。

 だからこそ、無関係な彼には帰り道を示したはずだった。


 巻き込みたくなかった。

 危ない目に遭わせたくなかった。


 それなのに――今は、彼がそばにいてくれることが、何よりも心強い。


「キミの力は、あんな奴らに使うべきじゃない。

 僕が何とかする。だから、隙を見てお友達を助けるんだ」


 そう言いながらも、状況は厳しい。


 一人は、赤いバンダナを頭に巻いた体格のいい男。

 人の姿をした“木”に跨り、その両腕を力任せに押さえつけている。


 もう一人は、黒いフードに顔を隠した男。

 こちらも同様に、必死に拘束を続けていた。


 タケルは、以前ラズロの部屋で聞いた、この中立地帯の決まり事を思い出す。


(……どうする。

 一人なら、何とかできたとしても……その時点で、僕は自陣営に戻される)


 敵対行為を行えば、中立地帯のルールによって、即座に強制送還。

 そうなれば、どうしても一人は残ってしまう。


 迷いが、ほんの一瞬だけ足を止めさせる。


 けれど、その間にも、ゴロツキ風の男たちは容赦なく動いていた。

 押さえつけた“木”から、実っていた果実を次々にもぎ取り、インベントリへと放り込んでいく。


 ――その光景を目にした瞬間。


「やめろっ!!」


 頭に血が上り、考えるより先に身体が動いた。

 タケルは身を潜めていた木陰から飛び出し、大声で叫びながら、赤いバンダナの男へと体当たりをかます。


 森の静寂が、激しく破られた。


「っ……なんだ、てめぇは! どこの陣営の者だ!!」


(……戻されてない?

 これ、まだ“敵意”に該当してないのか……?

 ――いや、今はそれどころじゃない)


「やめろって言ってるだろ!

 その木だって、嫌がってるじゃないか!!」


 叫びながら、タケルはじりじりと後退する。

 自分が飛び出してきた背後の木から、少しずつ距離を取るように。


「うるせぇな……。

 何だか知らねぇけど、口出ししてくんじゃねぇよ」


 果実の成った“木”を押さえ続ける黒フードの男が、吐き捨てるように言った。


「お前らも遠征で来てんだろ?

 余計なことして、送り返されてぇのか?」


「放っとけ、そんなガキ。

 早く残りの果実も採っちまえ」


 だが、吹き飛ばされた赤バンダナの男は、その言葉に応じなかった。

 苛立ちは、もう抑えきれない様子で顔に滲んでいる。


「あぁっ!?

 こんなガキに舐められたままで、いられるかよ!」


 男は一歩、前に出る。


「後はお前一人で何とかなるだろ。

 俺は戻されてもいい。――こいつをぶっ殺してやるっ!!」


 唾を飛ばしながら喚き散らす男と、真正面から向かい合い、タケルは冷静に観察する。


(二人のうち、どちらかが残っても……

 最悪な結果にしかならない)


 だが、もう一人が“助けたい木”を押さえつけている限り、相打ちは避けなければならない。


 そのときだった。


 赤バンダナの男の視線が、不意にタケルから外れる。

 彼の背後――森の奥へと向けられていた。


(……そんな、見え見えの誘導に――)


「おいっ!!

 その変な、ちっこい奴に気をつけろ!!」


「なっ!?

 なんだよ、こりゃ!! 蔦が……急に……っ!」


 タケルが振り返った先で目にしたのは、

 小さな“木”が両手を振りかざし、周囲の蔦を操っている光景だった。


 蔦は生き物のようにうねり、

 黒フードの男の腕へと絡みついていく。


 


「まだ……出てきちゃだめだ!」


 思わず叫びそうになるのを堪えながら、タケルは歯を噛みしめる。

 なぜ姿を現したのか――そう思う余裕すらない。

 けれど、小さな“木”の勇気ある行動が作ったこの一瞬を、無駄にするわけにはいかなかった。


 ――助けるべき存在は、もう決まっている。


「くそっ……!」


 自分の不甲斐なさに悪態をつきながら、タケルは走った。

 果実を奪われ、押さえつけられている“木”へ向かって。


 背後で、赤バンダナの男が小さな“木”へ向かっている気配がする。

 それでも、今優先すべきはこっちだ。


 ――それが、勝つための条件。


 距離が一気に縮まった、その瞬間。

 黒フードの男が、蔦を引き千切ろうとして腰元に手を伸ばす。


 ナイフだ。


「させるかよっ!!」


 叫びと同時に、タケルは飛びかかった。

 男の身体に体重をぶつけると、二人はもつれ合い、そのまま押さえつけられていた“木”の上から転がり落ちる。


「お、おい!!

何してんだよ、逃げちまうぞ!!」


 怒鳴る赤バンダナの男。

 次の瞬間、不気味な力を使う“小さな木”を苛立ち紛れに蹴り飛ばした。


 軽い身体は、驚くほど簡単に宙を舞う。


 だが――


 その直後。

 赤バンダナの男は、信じられない光景を目にすることになる。


 仲間だったはずの黒フードと、

 捕らえていたはずの“獲物”が、すでにその場を離れつつあるという事実を。


 慌てて振り返った彼の視界に飛び込んできたのは、

 思わず目を見開かずにはいられない、決定的な瞬間だった。






「お、おい……。

 なんでお前、自陣営に戻ってないんだよ……!

 ここは中立地帯なんだぞ!!」


 もつれ合って倒れ込んだ二人のうち、

 光とともに掻き消えたのは黒フードの男だった。


 その場に残されたのは、

 先ほどインベントリに収納されたはずの果実。

 そして――立ち上がった少年。


 赤バンダナの男は、息を呑む。


「それに……それ、アイツのナイフじゃねえのかよ!

 なんで他人の装備を勝手に持ってやがる!!

 おかしいだろ、どう考えてもっ!!」


「……知らねぇよ。そんなこと」


 短く言い捨て、タケルは一歩踏み込んだ。

 ナイフを持つ手を背後に隠したまま、距離を詰める。


「クソが……!

 なんなんだよ、お前はっ!!」


 赤バンダナの男が、焦ってインベントリに手を伸ばす。

 その動きより、タケルのほうが速かった。


 振り上げられた腕。

 ――だが、その手にナイフはない。


「がぁっ!!

 め、目に……なにしやがった、てめぇ!!」


 隠していたナイフと入れ替えるように、

 反対の手に握っていた砂を、顔面へ叩きつける。


 視界を奪われ、男の動きが大きく乱れる。


 その一瞬。


 タケルは背後へ回り込み、

 迷いのない動作で首筋へ刃を当てた。


「……ついでに。

 このナイフも、返しといてくれよ」


 低く、静かな声。


 次の瞬間、

 赤バンダナの男の姿もまた、光の中へ溶けて消えた。


 森に残ったのは、

 果実と、倒れた葉の音、

 そして――取り戻された静寂だけだった。




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