表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/26

第二十四話

「ねえ……僕ひとりで戻れる自信、あんまりないんだけど……大丈夫かな」


 ズボンを引いて何かを伝えようとしてきた“木”と手を繋ぎ、タケルは森の奥へと歩いていた。

 景色は似たような木立が続き、進めば進むほど、テントから離れていく感覚だけがはっきりしてくる。


 胸の奥に、小さな不安が芽を出しかけた、そのときだった。


 “木”が、ふいに足を止める。

 手を繋いだままのタケルも同じように立ち止まり、どうしたのかと視線を向けると“木”は今まで歩いてきた道の方を振り返り、空いているほうの手を大きく振りかざした。


 ――次の瞬間。


「……すごい……。君、すごい木だったんだね」


 “木”の動きに呼応するように、森の景色が静かに、けれど確かに変わっていく。

 不規則に立ち並んでいた木々が、まるで意思を持ったかのように左右へと退き、一本の道を形づくった。


 その先。

 吹き抜けのように開けた森の向こうに、テントを張ったあの場所――近くにそびえる巨大な岩山の姿が、はっきりと見えていた。


「あそこまで戻れるなら……安心だよ。

 心配かけてごめんね、じゃあ、もう少し先に進もうか」


 そう言って微笑むと、“木”は褒められたのが嬉しいのか、それとも照れているのか、俯いてもじもじと身を揺らす。


 タケルはその様子に思わず頬を緩め、頭から生い茂る葉を、そっと、優しく撫でた。


 一人と一本。

 再び手を繋ぎ、二つの足音は静かに重なり合いながら、森の奥へと歩みを進めていく。



しばらく歩いているうちに、タケルは森の空気に、かすかな甘い香りが混じっていることに気づいた。


「……まるで、果樹園の真ん中にでもいるみたいだ」


 その言葉に応えるように、“木”はふいに立ち止まり、タケルと繋いでいた手を離す。

 そして、そのまま一本の木の幹へと手を伸ばした――その瞬間。


「ん……? どうしたの……って、うわぁ!!」


 視界が、突然緑一色に覆われる。

 頭上から伸びてきた枝に、びっしりと茂った葉が揺れていたのだと気づくのに、ほんの一拍遅れた。


 慌ててしゃがみ込み、四つん這いになって“木”の姿を探す。

 すると、目の前にすっと差し出されたのは、桃のような丸い果実だった。


「……無事だったんだね。よかった……」


 何事もなかったかのように現れた“木”を、思わず抱きしめる。

 その腕の中で、タケルは差し出された果実に目を落とし、ようやくここまで連れてこられた理由を理解し始めていた。


「……もしかして。これを、食べさせたくて連れてきてくれたの?」


「……」


 “木”は言葉を返さず、ほんのりと樹皮を赤く染める。

 落とさないよう両手で果実を受け取り、そっと香りを嗅ぐと、見た目どおり、甘くやわらかな桃の匂いがした。


「ありがとう。じゃあ……いただきます」


 一口かじると、果肉とともに瑞々しい果汁が溢れ出し、思わず口元から零れてしまう。


「すっごく美味しい……! あ、こぼしちゃった。ちょっと恥ずかしいね」


 口元を拭いながら笑うと、“木”も両手を口元に添えるようにして、くすくすと小さく揺れた。


 あっという間に一つを食べ終えると、“木”はまた幹に手を伸ばす。

 頭上から枝が静かに降りてきて、タケルの目の前で止まる。そこには、先ほどと同じ果実が、もう一つ実っていた。


「……もう一つ、もらっていいのかな。

 さっきも、こうやって採ってくれたんだね」


 問いかけに、“木”は小さく頷く。


 森に道を作る不思議な力。

 そして、空腹の自分に果実を差し出してくれる、優しい心。


(……皆のところに戻ったら、この不思議な出逢いを話して聞かせたいな)


 隣でちょこんと座る“木”を見つめながら、タケルの胸は静かに温まっていく。


 そのとき。

 二人の周囲を、一陣の風が、さっと吹き抜けた。



吹き抜けた風の冷たさに、タケルは思わず息を詰めた。

 その隣で、“木”が静かに立ち上がる。


「……どうしたの?」


 問いかけにも答えず、“木”はその手を高く振り上げた。

 すると、森の木々がざわめき、帰路を示すかのように左右へと道を開き始める。


 何も語らぬまま、“木”は翡翠色の大きな瞳で、まっすぐタケルを見つめていた。


「……これって、帰れってこと?

 急にどうしたんだよ。もし、僕が何か気に障ることをしたなら……謝る」


 態度の急変に戸惑いながらも、タケルは必死に言葉を紡ぐ。

 けれど、その瞳に宿る意思は揺るがず、固いままだった。


 それ以上、何も言えず。

 タケルは静かに立ち上がり、示された帰り道を歩き始める。


 背中が、木立の向こうへ消えていく。


 ――その瞬間。


 彼の姿が完全に見えなくなると、“彼女”は弾かれたようにその場を駆け出した。


 一刻も早く辿り着くために。

 周囲の木々に道を譲らせ、案内する風とともに森を駆け抜ける。


 そして、目的の場所に辿り着いたとき――

 耳に飛び込んできたのは、下卑た笑い声だった。


「さすがはシュバルツさんだな。

 言われた通りにしてたら、本当に出てきやがったぜ」


「よく言うぜ。

 “夜の世界にしか見つからないもの”なんて、疑ってたじゃねぇか」


「うるせぇな。

 変な薬まで使わなきゃ、こんな夜中まで起きてられねぇんだ。分かるわけねぇだろ」


「まあな……こんな依頼じゃなきゃ、やりたくねぇよ。

 ――おい、あんまり暴れんな!!」


 ごろつきのような風体の男が二人。

 足元で激しく抵抗する、人の姿をした“木”を押さえつけていた。


 その“木”は、男たちと変わらぬ背丈。

 頭部から伸びた枝の先には、真っ赤な葉が生い茂り、そこには美しい黄色の果実が実っている。


「おい、大人しくしろって。

 全部取るわけじゃねぇんだ……まあ、ほとんど貰うけどな」


「これがそんなに価値のある素材かねぇ。

 悪いが、これも陣営の依頼なんだわ」


 必死に抵抗する“木”。

 それを力ずくで押さえ込もうとする二人の男。


 死角となる木の陰から、その光景を目にした“彼女”は、胸を締めつけられるような焦燥に駆られた。


 助けなければ。

 そう思った瞬間。


 ――足元で、枝が小さく鳴った。


 はっとして振り返った、その時にはもう遅い。

 背後に迫っていた人影に、強く抱きかかえられていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ