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第十八話

「タケルー、いるゲコか? 遠征の最終準備をするゲコよー。吾輩の部屋に集まるゲコー!」


 二階――男性召喚者たちの居住区から響くラズロの声に、タケルとクロエははっと我に返り、握っていた手を慌てて離した。名残りが指先に残る。


「……早く行ってきなさいよ。仕方ないから、あんたのカップも洗っといてあげる」


 ぶっきらぼうに背を向け、手をひらひらさせるクロエ。

 その雑な仕草すらも、今のタケルにはどこか愛しく感じられる。

 小さく礼を告げると、タケルはラズロの部屋へ向かった。



 ラズロの部屋を開けた瞬間、タケルは思わず目を丸くした。


 本棚にはぎっしりと書物が詰め込まれ、それでも溢れた本が床にもソファにも積み上がり、テーブルの上には書きかけの紙が何層にも散乱している。

 知識を求めて異世界に召喚された彼の部屋は、ある意味で期待通りだったが……予想以上でもあった。


「……部屋が片付いていないと効率的じゃないわ」


 先に来ていたイリナがハンカチを口元にあて、眉をきゅっとひそめる。


「う、うるさいゲコ。吾輩には何がどこにあるか、全部わかってるゲコ!」


「言ったって座るところもねぇぞ。本の上に座るのはさすがに無理だろ……」


 ベルドも呆れ顔で部屋をぐるりと見渡す。

つい先ほど訪ねたイリナの部屋が整然としていたせいで、ラズロの散らかりようが余計に際立つ。二人の戸惑いも無理はなかった。


 タケルも苦笑いを浮かべながら視線を巡らせると、壁に貼られた一枚の地図に目を留めた。


 五芒星のような形をした図。

星の五つの角には、それぞれの陣営名が記されている。


 真上から右回りに――

『ルミナス』『アビス』『ガイア』『イグニス』『テンペスト』。


 そして中心の空白には、大きく『神の都市キウィタス』。


 その配置が意味するものを思いながら、タケルはしばし地図の前に立ち尽くした。



「吾輩たちが向かう遠征地も、キウィタスの中にあるゲコよ」


 いつの間にかタケルの隣に立っていたラズロが、地図を見上げながら説明した。


「キウィタスは都市そのものを含めて中立地帯になっているゲコ。どの陣営も手を出しちゃいけない場所……さすがにイグニスでも、神の都市へ攻め込むなんて考えないゲコね」


「それで“中立”ってわけか。他にも決まりがあるのかな?」


 タケルの問いの後、しばし沈黙が落ちた。

だが次に口を開いたのは、すでにソファへ腰を落ち着けていたベルドだった。

 本の山を払いのけて足を組み、その隣にイリナも静かに座る。


「ああ。キウィタスを含む中立地帯じゃ、他陣営との交戦は禁止だ。どれだけ腹が立ってても、攻撃した瞬間に自陣営へ強制送還される。まあ……お互い様ってやつだ」


「へぇ……じゃあ、遠征中は安全ってことなんだね」


 タケルがほっと胸をなで下ろした瞬間、ベルドは鼻で笑った。


「そんな甘いもんじゃねぇよ」


 言うや否や、白い骨だけの腕を何もない空間へすっと伸ばす。

 そこは突然、渦のように歪みを帯び、腕が吸い込まれるように消えていった。


「べ、ベルドさん!? 腕が……!?」


「ん? お前、インベントリも知らねぇのか?」


 狼狽えるタケルに、ベルドは心底面倒くさそうにラズロへ視線を投げる。


「説明してねぇのか?」


「タケルは喚ばれた直後に陣営戦に行ったゲコ。その後のことは吾輩も詳しく聞いてないゲコ」


 クロエにもインベントリのことを言われていた気がする――タケルはそう思い返したが、あやふやなまま首を横に振るしかなかった。


「マジかよ……」


 ベルドは歪んだ空間から腕を引き抜いた。

その手には、鞘に収められた全長六十センチほどの直剣が握られていた。

迷いのない動きで、タケルへ向けて差し出す。



 「遠征先には、他陣営との争いは無いが……野生の動物とか、得体の知れねぇ生き物は普通にいる。俺とお前の役目は――この学者ガエルとイリナの護衛だ。だから予備の剣を預けとこうと思ったんだがよ……」


 ベルドが差し出した直剣をタケルは両手で受け取った。

だが、次の瞬間――その重さが腕にのしかかる。


「う、わっ……!」


 落としそうになり、思わずイリナが横から支える。

 細い肩越しにタケルへ向けられた視線は、呆れではなく、ただ心配だけを宿していた。


「……タケル、インベントリ……もう一度、意識してみて。空間がゆらぐような……そういう“手触り”を探して」


 イリナの助言にタケルも必死に頷き、目を閉じて意識を集中させる。


 けれど――


「……やっぱり、ダメみたいだね」


「すみません……。どうしても、自分にそんな“見えない引き出し”があるようには思えなくて。それに……」


 言葉とは裏腹に、タケルの腕はぷるぷると震え続ける。

 イリナが支えてくれていても、剣の重さはどうにもならなかった。


「とても……使えそうにないです」


 タケルから剣を受け取り返したベルドは、それを片手で軽々と持ち上げる。


「そんな重いのかねぇ……」


 独り言のように呟いたあと、元の無造作さでインベントリへしまい込む。そして顎をしゃくってラズロを見る。


「……しゃあないゲコ。タケルの分の荷物は、吾輩がインベントリに入れておくゲコ」


 そう宣言すると、ラズロは自身のインベントリから次々と遠征道具を取り出し、ベルドとイリナへ渡していく。二人がそれらをしまったのを確認し、ラズロはアナスタシアの元へ向かうため部屋を出た。







 召喚者の館を出て、アナスタシアの住む館へ向かう道すがら――



 タケルの心は重かった。


 インベントリも使えない。

 剣すらまともに持てない。

 皆に迷惑をかけるばかりで、申し訳なさが胸の中に積もっていく。


 そんなタケルの横を、イリナは黙って歩いていた。

 けれど歩調は乱れず、ただ隣に寄り添ってくれていた。


「……大丈夫。タケルには、タケルにしかできないことが……きっと、あるはず」


 顔を向けることなく、まるで小さな祈りを風に流すように言った言葉。

 それだけでタケルは、少し肩の力を抜くことができた。


 やがてアナスタシアの館に着くと、他のメンバーも揃っていた。

 クロエと目が合った瞬間――彼女は慌てて視線を逸らす。


 ほんの一瞬の仕草なのに、タケルの胸の奥がふっと温かくなる。

 気まずさと照れと……それなのに優しさが滲むようで。







『それでは、ラズロ、ベルド、イリナ、タケルの遠征地への転送を開始します』


 漆黒に金色の瞳を浮かべたアナスタシアが告げると、空間にモノリスが現れ、表面に走る紋様が淡く光り始める。


 転送の光が四人の足元から立ち上がり――

 『タケル!気をつけるんだわ!』

 「みんな無事に帰ってきてねー!」

 仲間たちの声が飛び交う。


 タケルは最後にクロエを探した。

 アナスタシアの隣でうつむいていた彼女は、表情こそ見えなかったが――

 そっと、指先だけで、小さく手を振っていた。


 その一瞬を胸へ刻み込んだところで視界が白く弾け、タケルは思わず目を閉じる。


 そして――頬に触れる柔らかな風の匂い。

 草の香り。

 遠くで揺れる葉擦れの音。


 恐る恐るまぶたを開くと、そこは巨大なモノリスの前。

 四人は、光に満ちる草原のただ中に立っていた。


書き溜めていた分のストックが尽きてしまったので毎日投稿が難しくなるかもしれません。

プロットはかなり先まで書いてあるのですが、細かく書き始めると時間がかかってしまいがちで……。

もし楽しみにしてくれている方が居てくれるのなら少しお時間を頂くことになり申し訳ありません……。

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