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第十七話

最後のメンバーのイリナの承諾を得て、タケル達は本格的に遠征に向けて準備を始める。


「え……ラズロさんが全部やってくれてたんですか?」


つもりであったのだが、今回の遠征のリーダーであるラズロが殆どの準備は済ませてくれていたらしい。



タケルは特にすることもなく召喚者の暮らす館にある共同スペースで、使用人に淹れてもらったお茶を飲んで出立の時を待つことになった。


「着替えまで用意されているなんて、何から何まで申し訳ないな……」


これからここに住むにあたって、使用人から合うサイズの物を使用してくださいと下着やら何やら用意されており、少し恥ずかしい感じだったが有り難く使わせてもらうことに。

使用人も含めこの領地に住むものからすれば、召喚者は領主アナスタシアを助け陣営戦を勝ち抜くための大事な客人であり、彼等に如何に可能な限り過ごしやすくしてもらう事を第一としている。


タケルにとって、普段使いの物まで誰かに用意してもらうことなど久しくなく、だからこそ――この“当たり前の厚意”が、胸に沁みた。




――――――――――――――――




「ねぇ……隣、ちょっといいかな」


タケルは不意に掛けられた声にクロエだと理解するが、いつもの勝気な色は薄く、どこか躊躇いが滲んでいる。

振り返って彼女の様子を伺ってしまう。


「な、なによ。駄目なら別にいいんだけど……」


「ううん、僕も一人で少し退屈してたところ。

遠征の準備とかもラズロさんがしてくれるっていうから……って、こんなこと言ったらラズロさんに悪いね」


「ラズロはそういうの好きでやってるからいいんじゃない。たまにそういう人いるでしょ?」


「たしかに」


クスッとタケルは笑い、クロエもタケルの隣に座ると自分で淹れてきたのかカップに口をつけている。


館に住む召喚者の殆どが部屋に居るかアナスタシアの元に出掛けており、二人しかいない共同スペースにタケルのお茶を啜る音だけが響いている。


「……ジジ臭い飲み方やめてよ」


「……僕の国ではこれが正しい飲み方なんだよ」


「知らないと思って適当なこと言ってるでしょ」


「本当だって。そう教えられたんだから。

……それももう僕には必要ないんだけどね」




「……ごめん」


時間を持て余していたタケルにとってクロエとの適度なやり取りはむしろありがたく感じていた。

そのはずが急な謝罪の言葉に驚き、口元に運びかけていた湯呑をテーブルに戻す。


「この世界に喚ばれたのはクロエのせいじゃないんだから謝る必要はないよ。

それに……」


「違うのっ!わたし……昨日、あなたにヒドい事を言っちゃった。


ごめんなさい……あんなこと言うつもりはなかったの」


タケルの言葉を遮ったクロエは膝の上で両手に持ったカップを震わせながら俯き、その表情を伺うことはできなかった。


ため息を一つつき、タケルは自然とぽつりぽつりと語りかけ始める。


大和国に続く将軍家のこと、その跡継ぎとして多くの異母兄弟が産まれ自分もその中の一人であったこと。

跡継ぎに選ばれなかった自分を捨て母親は出ていったこと。腫れ物扱いしてくる学友たち。


今こうしてここに喚ばれたのは皆んなと変わらない。自分も元の世界に辟易していたのだ。


「それでも……何故か、僕には元の世界のことが……って、クロエ?」


自分語りを終えたタケルの耳に隣からしゃくりあげる様な声が聞こえ、そこには肩を震わせポタポタと涙を落とすクロエがいる。


「ご……ごめんなさい……。大切にされてたとか言って……わた、私とんでもないこと……」


「い、いや違うんだよ!」


タケルは慌てるようにして彼女のカップを握りしめている手を包むように掴むと優しく話しかける。


「僕はそれでも何故か元の世界に未練……とは違うな。絶対に帰りたくないとまでは思ってなかったんだ……。

なんだかんだあったけど自由ではあったからさ。

だから、クロエの言うことにもそこまで思うこともなかったんだよ。だから、もう気にしないで」


「……ほ、本当に……?」


「うん、本当の本当!」


満面の笑みでクロエにそう告げたタケルは自分が彼女の手を力いっぱい握ってしまっていることに気がつき急いでその手を離す。


「ご、ごめん」


「ううん……気にしないで」


クロエはタケルに握られていた手の温もりを思い出すように、カップを握りしめている自分の手を見つめながらこの世界に来た時の話をはじめた。


「私もね……最初は清々したって思ってたんだけど、だんだんとママが恋しくなっていた気がするんだ」


「気がする……?」


「うん……今はもう余り思い出せないんだけどね。

その証拠に少しずつ元の世界に帰りたい気持ちがなくなっていってる。……その証拠に、元の世界の話をされると心が落ち着かなくなるんだ……」


無理に話さなくて良いとタケルに言われるが、クロエは首を振り大丈夫と話す。


「他のメンバーも、同じ様な感情になる人が多いみたい。だからあまり元の世界の話をしたがらないんだ」




(どういうことだろう……?フレアからはそんな感情の揺れは見られなかった。イリナも、寧ろまだ元の世界のことを引きずっている様にみえたくらいだったし……)


タケルは自身の感じた違和感は口に出すことなくクロエの独白を静かに聞き入っている。


「私……甘えていたのかな。自分で始めた歌手活動だったのに、思ってた世界と違うんだなって感じた瞬間に全部嫌になっちゃってた……。

この世界に来たのは逃避だっただけで、悪いのはママじゃなくてきっと私……」


そう言いかけたクロエは暖かく大きな身体に抱きしめられていた。


「クロエは悪くないよ……それにクロエのお母さんも。

クロエがこの世界に来たおかげでアナスタシアさんの力になったんだろ?この寂しい世界を再び元に戻す手伝いをしてるんだから立派だよ。

きっと、元の世界に戻ったとしてもお母さんだって同じ事を言うはずさ。」


「そうかな……お母さん、褒めてくれるかな」


「うん、きっと。間違いなく」


タケルはそっと抱きしめていた身体を離すと、クロエに不安な感情は起きてないかと聞いてみる。


「なんでだろ……アナや、他の皆んなと元の世界の話をするとイライラするのに、今は大丈夫。

……でも、まだ元の世界にもどりたいかって聞かれると……」


不安そうな表情になる彼女に、タケルも自分なりの気持ちを伝えてみた。


「僕もすぐに戻りたいかと聞かれてもわからないかな。アビス領の状態を目にした今は、僕にだって出来ることがあるなら力になりたい。」


タケルの真っ直ぐな瞳を見つめながら、クロエも頷いた。


「逃げ出した先で始まったことだとしても、もうそれを理由にここで生きていくなんて言わない。私も、私の意思でこの世界の皆の為に精一杯やってみるわ」


出逢った当初のぶっきらぼうな印象は見られず、時折みせる他人を思いやる表情でそう話す彼女。


きっとそれが本当の姿なんだろう。この世界で自分を強く持つために、彼女なりに少し意地っ張りを演じていただけだ。



「………」


「どうかした?黙り込んじゃって……」


思い切ってタケルは自分がこの世界に来て感じた違和感をクロエに話すことにした。


元の世界で弱っている心の持ち主に交渉を持ちかけ、追い詰められた魂のYESは果たして同意と言えるのか?


そして残された者たちの悲しみはノイズ扱いなんだろう。それが星との契約だとしても、そこの星に生きる者たちに救いはないだろう。




陣営戦だってそうだ。恵まれた領地に住む陣営はますます強く、貧しい領地に住む陣営は勝つこともままならない。 

恐らくその貧富の差をひっくり返す可能性をエネルギーとしたいのだろう。

完璧に見える循環システムだが、その勝利にかける領民の、領主の、陣営メンバーの苦しみを知らないんだ。


ミアやノア、ミルラやフレア、恐らくクロエも。

相手の陣営だってそうだ。


死を体験していつまでも平気でいられるものなのか?それを可能にしてるならそれこそ異常だ。



全部仕組まれてる。元の世界に帰りたくないないように。陣営戦を回すように。全てをエネルギーの循環のために。



ひょっとしたら、最初のこの世界の危機でさえ……


「ダメよ!タケルそれ以上はいけないっ!!」


そんな時、タケルの手を握る力が一層つよくなり

それがクロエからの想いだと伝わってきた。


クロエに肩を揺さぶられ、タケルはふっと現実に引き戻され、口からこぼれかけた言葉を慌てて飲み込んだ。


「落ち着いて……タケル。まだ、はっきりしたわけじゃないわ」


 肩に置いていた手が静かに離れ、代わりにクロエが彼の両手を包み込むように握り返す。その温度に、言えなかった言葉が胸の奥でざわついた。


「神は、この世界のどこにでも目を光らせてるのよ。……だから、滅多なことは言っちゃダメ」


 タケルは噛みしめた唇に、歯痒さと悔しさを押し込めた。逃げ場のない思いが喉の奥に溜まっていく。


 そのとき、クロエの指先がきゅっと強くなり、迷う彼の手を引き留めた。それだけで、彼女の心がまっすぐ伝わってくる。


「……でもね、私もタケルと同じ気持ちなの。今はまだ言えなくても……いつか絶対、その時が来る。その時は一緒に、ガツンと言ってやりましょ?」


 そう言って笑った彼女の表情は、どこか無邪気で、それでいて強かった。

 タケルは毒気を抜かれたように瞬きをし、やがてふっと笑うと、握られた手をそっと握り返した。















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