第一三話
タケルは胡座をかいたまま、足の中にすっぽりと収まったフレアを見下ろした。
小さな火の精霊は、薄い光をまといながら、聞き取れない呪文をぽつりぽつりと紡いでいた。
やがて、ぱち、と火花のように光がはじける。
『ハイ、これで大丈夫よ!』
「……すごいな。フレアって、回復魔法も使えるんだ」
思わず漏れた感嘆に、フレアはふわりと胸を張ったように見えた。
『ま、アタイくらいになればちょっとしたケガくらいどうってことないんだわね。でも“ちょっと”だけだから。気をつけるんだわよ?』
タケルは苦笑しながら頭を下げた。
「うん。ありがと。助かったよ」
部屋に突然現れた目的がケガの治療だったと知ったときには驚いたが、こうして間近で見ると彼女の力は想像以上だ。
『それにしても、変なのよね。陣営戦の後なら、みんなケガも全部元通りになるものなのに……ヤマトだけ、ならないなんて』
「……そういえば、そんな話も聞いたような気がする」
『ヤマトって、もしかしてミルラ並に物覚えが悪いのかしら』
とぼやく声は呆れながらも、どこか甘えているように聞こえる。
彼女はタケルの足の上から降りる気配もなく、まるで体温を求める猫のように落ち着いていた。
タケルは一人の部屋が少し冷たく感じていたところだったので、文句を言う気にもならなかった。
『そういえばヤマトって、クロエと同じ世界から来たんだわよね?』
「うん。もしかしたら、他にも同じ世界から来た人いるかもしれないしさ。フレアの世界から、フレアみたいな精霊は……呼ばれてないのかな?」
フレアはふわ、と揺れた。
『わかんないんだわ。元の世界でこうやって喋れたの、アタイだけだったし』
「え……どういうこと?」
タケルが顔を近づけると、フレアは少しだけ光を弱め、小さな声で語り出した。
『アタイね……もう使われなくなった“魔導炉”の中で産まれたんだわよ。わかる?』
「……いや、全然」
容赦ない即答に、フレアは『ほんっとにヤマトは』と呆れながらも、話を続けてくれた。
魔導炉。
それは彼女の世界で、光や暖かさ、暮らしを支えるための仕組みだったらしい。
そこには担当の魔導師がいて、フレアはよく話しかけられていたという。
――そして、名前をもらった。
『その魔導師がね……ある日、突然言ったんだわ。“今日でお別れ”って』
フレアの光が、ほんの少し震えた。
タケルは息を飲む。
フレアの声は、その記憶の時間へゆっくり降りていった。
――――――――――――――
魔導炉の奥は冷えきっていた。
魔導師の少女は、抱えるように炉に手を触れながら疲れた声で語りかけた。
「ごめんね、フレア。魔導炉が動くの今日で最後なんだわ……」
彼女の話によれば、魔導炉より桁違いの力を持つ“無尽蔵のエネルギー源”が生まれ、世界中で魔導炉は不要になったらしい。
「だからね、アタイたち魔導師は……そのレイラインを守るための戦争に出るの。
アタイみたいに魔力が少ない魔導師でもね……役に立てることがあるって。
すごいでしょ?」
言葉とは裏腹に、腕の震えだけが、少女の不安を教えていた。
それでも少女は、炉を抱きしめ、小さく笑った。
「魔導炉がなくても……アタイ、がんばるから。
帰ってきたら、真っ先にフレアに会いに来るからね」
そして背を向ける。
「行ってきます、フレア」
その一言が――最後の声だった。
――――――――――――――――
どれだけの年月が流れただろう。
朽ちた炉だけが並ぶ世界で、ひとつの炉の奥に小さな光点が生まれた。
残された魔力の残滓を集め、集め、
気が遠くなるほどの時間をかけて、
やがて小さな自我が芽吹いた。
炉はひび割れ、壊れ、
フレアは赤い髪のような炎を揺らしながら、世界へ飛び出した。
彼女が探したのは――ただひとりの魔導師。
けれど出会えたのは、緑に覆われた廃墟と、小さな生き物たちばかり。
人の影はひとつもなかった。
「寂しかったんだわ。誰にも、会えなくて……」
フレアの声が、そっと沈む。
そのとき神が現れた。
“こちらへ来れば、君はまた役に立てる”
その言葉に縋るようにして、フレアは召喚に応えた。
タケルの胸の奥がつん、と痛む。
この小さな存在が、どれだけ長い孤独を生きてきたのか。
どれほど純粋に、誰かの役に立ちたかったのか。
タケルは気づけば顔を背けていた。
涙がフレアに落ちないように。
(こんなの……間違ってる)
神のシステムは、フレアの純粋さと優しさにつけこんだだけだ。
救うべきは星であって、その世界で懸命に生きる一生命体ではなかった。
その理不尽さが、胸を抉る。
「……いつか、またその魔導師に会えるといいね」
あえて軽く言うと、フレアはぱっと明るく光った。
「うん!その時まで、アタイ、陣営戦でいっぱい頑張るんだから!
ヤマトも頑張るんだわよ!」
「うん。フレアが頑張りすぎなくて済むくらい、僕も頑張るよ」
「なによそれ!」
小さな炎がゆれて、タケルはようやく笑う。
まだ自分が何をすべきかは見えない。
でも――この小さな精霊が、これ以上傷つかないように。自分の出来る精一杯をやっていこう。
それだけは、確かに思えた。




