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第一二話

アナスタシアの告げた“解放”の言葉。

そしてクロエのあまりに正直な反発。


それらが胸の奥でまだ静かに揺れているまま、その日の話し合いは途切れた。

タケルは用意されているという「召喚者の館」へ案内されることになる。


石室の扉が開き、外気が流れ込んだ瞬間――

タケルの想像していた“異世界”は、あっさり崩れた。


「……こんなヒドい……いや、ごめん」


思わず口をついた憐れみを、タケルは慌てて飲み込む。

アナスタシアの瞳は優しく、申し訳無さそうにするタケルを見つめるだけだった。


『良いのですよ。初めて外に出た方は、皆さん驚かれますから』


タケルの前に広がる景色は、絵本に描かれるようなファンタジーではない。


空は低い灰雲に押し潰され、陽は薄皮一枚越しに滲むだけ。

荒れた大地には色がなく、吹く風は冬の記憶を引きずったまま冷たい。

遠くの村は霧の帯の中に沈み、音が届かない。


『これでもずいぶん良くなったのです。神の恩沢のおかげで』


「……他の陣営も、こうなのかな」


アナスタシアは金色の瞳をゆっくり伏せた。


『……過去はそうでしたが。アビス領が一番、被害が大きかったのです』


災害――彼女が語った“始まり”の出来事をタケルは思い出す。

ならば、と別の疑問が浮かんだ。


「他の陣営から……援助はなかったの?」


自分の問いが、答えを待つまでもないものだと気づきながらも。


『すぐに陣営戦が始まりましたから』


淡々とした声の裏に、積み重ねられた年月の重さがあった。

神の恩沢が勝敗と結びつく仕組みで、誰が“敵”に手を伸ばすだろう。

領地が潤えば、その分陣営の強化に配分を回すことが出来るのだから。


「アナスタシアさまぁ」


背後から呼ぶ声に振り返ると、痩せた馬が引く荷車が近づいてきた。

老人が深々と頭を下げる。


「アナスタシアさまのお陰で、イモだけじゃなく他の作物も育つようになって……儂ら、なんとお礼を言えばいいか」


アナスタシアは慌てて老人を起こす。


『イモだけでは、何かあったとき困りますもの。備えは大切です』


その声は、荒れた土地に灯る小さな火のように柔らかかった。


「せめて、もう少し納める分を増やさせてもらえりゃ……。儂らはもう十分やってけるんでな」


老人の手は骨ばり、荷車は擦り切れ、靴底には泥が固まっている。

それでも、アナスタシアの気遣いがこの領のすべての人を支えているのだとわかった。


『ここまで戻るまでに、皆さまには苦労をかけましたから』


いつものやり取りなのだろう。

老人は霧に包まれる村の方へ帰っていく。


タケルはその背中を見つめながら考える。

召喚者を“解放する”というアナスタシアの願い。

それを叶えたとして、彼女はどうやって陣営戦を戦っていくのか。


アビス領が立ち直るには、どれほど勝ち続ければいいのだろう。

そして自分は……“帰りたい”と思うのだろうか。

こんな世界でも、あの世界でも。


タケルの胸に、答えのないまま風が吹いていく。


――――――――――


『ここが召喚者の皆さんが暮らす館です』


木造の二階建ての館は古びてはいるが、手入れされているようだった。

扉をくぐると広いリビングがあり、奥に続く階段がまっすぐ伸びている。


『女性は一階、男性は二階の部屋を使っていただきます。

タケルさんは二階奥から二つ目のお部屋です』


説明を終えると、アナスタシアは自分の館へと戻っていった。


「……安アパートより全然豪華だな」


タケルはいつもの引きっぱなしの布団ではなく、綺麗にメイキングされたベッドに横になる。


思い出したかのようにスマホを取り出すが当然この世界では彼の暇つぶし相棒だったソシャゲの類も全て反応がなかった。





目を閉じると、元の世界がぼんやり蘇る。



突然自分がいなくなった事で、数少ないが学校の友人は心配しているだろうか。それとも「付き合い辛い奴がいなくなった」ことで胸を撫でおろすのか。



母は……

いや。

考えたくない想像が浮かび、タケルは横向きになった。


それでも、クロエの言った通り自分は恵まれていたのかもしれない。彼女ほど元の世界に嫌悪感は抱いていないことがその証拠だろう。

そう思うほどに、胸が締めつけられる。


そんなとき――


『ヤマト、アタイよ。フレアよ』


控えめに響いた声にタケルは顔を上げる。

ドアを開けると、炎の球体がふわりと浮かんでいた。


揺れ動く橙色の明かりが、部屋の影をやわらかく照らしていた。

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