36 おい野木、走るな。
文化祭2日目の朝。
「委員長〜〜!!」
野木の呼ぶ声に、新宮あまねは怪訝そうな顔で応える。
「え、何!!」
「ええん、そんな嫌な顔すんなって〜! ほらこれ、午後から中庭の仮設ステージで軽音ライブすんだって! 一緒に行こうぜ!」
そう言って野木は、文化祭のパンフレットをあまねに見せる。それを見たあまねは「あぁそれね」と納得したように頷くと、
「それね、さくらと佐藤君と一緒に行く約束してるの」
と答えた。
「えっ、いつの間に! 俺は!? 仲間はずれ!?」
「違うわよ! あんたに文化祭誰と行くのか聞いたら、あんた、『バスケ部の奴らと行く〜』とか言ってたじゃない」
あまねがため息混じりにそう言うと、野木は見るからにしゅんとした。それを見て、あまねは再びため息をつく。
「別に良いけど? 一緒に行っても。2人もその方が楽しいかもだし」
あまねの言葉に、野木がパッと顔を上げる。その表情に、あまねもつい笑ってしまう。
「よっしゃ、じゃあ決まりだな!!」
「そうね」
***
「こっちの方がよく見えるぞ!」
「ちょっと野木、走らない!!」
中庭一帯を見下ろせる吹き抜けを早歩きで進み、野木はより良く見える場所を探していた。呆れるあまねと共に歩くのは、さくらと晴大。
「すごい人混みだね」
「本当だね」
さくらと晴大の落ち着いた様子を、あまねは隣からじっと見ていた。
「2人が優雅すぎる……!!」
あまねは思わず本音を漏らした。
野木は手すりに身を乗り出して下を覗き込み、
「おー!もうリハ始まってるっぽいぞ!」と騒いでいる。
一方その隣で、さくらはふわっと微笑みながら、
「音、けっこう響くね。中庭だと開放感あっていいなあ」
と呟き、晴大も静かに頷いた。
「うん。校舎に反射して、ちょっとホールみたいだね」
——同じ場所にいるはずなのに、温度差。
「なんであんたは常に全力疾走なのよ……」
あまねは呆れた目で野木を見る。
「文化祭だぞ!? 走らずにいられるかっての!」
「いられるわよ普通は!」
そのやり取りを見て、さくらがくすっと笑う。
「野木くん、ほんと元気だね」
「だろ? 俺がいないと盛り上がらねーからな!」
胸を張る野木に、晴大が穏やかに言う。
「うん。確かに、野木がいるとにぎやかになるね」
「……なんかそれ、遠回しにうるさいって言ってない?」
「言ってないよ」
即答だった。
あまねは思わず吹き出す。
「ほら見なさい。佐藤君は優しいの」
「なんだよその“は”って!」
四人で並んで手すりにもたれる。
下ではギターの音が鳴り始め、歓声が上がった。
風が吹き抜ける。
さくらの髪がふわりと揺れ、それを晴大がさりげなく目で追う。
あまねはその一瞬を、見逃さなかった。
(……あらあら)
にやり、と口元が上がる。
「何その顔、委員長」
「別に〜?」
「絶対なんか企んでる顔だろ!」
「失礼ね。私はただ、文化祭を満喫してるだけよ」
そう言いながら、あまねはそっと思う。
——幸せだな。
ステージから大きなドラムの音が鳴り響き、歓声が一段と大きくなった。
「おっ、始まった!!」
野木が声を上げる。
さくらは目を輝かせ、晴大は少し細めた目でステージを見つめる。
そしてあまねは、小さく微笑んだ。
「……まあ、悪くないわね」
文化祭2日目の午後は、まだ始まったばかりだった。
あまねは視野が広いです。




