35 お互い、頑張ろう!
「事実無根じゃない、って……それってつまり……」
さくらの突然の告白に、晴大の頭が真っ白になる。
(前の学校で虐めをしていた、その情報が事実だと、そう言っているのか?)
有り得ない、晴大はそう思った。だけど、当の本人の口から出た言葉なのだから、どう解釈するべきか分からない。
「……私、東堂結衣を虐めてたわけじゃない。むしろ、虐められてた。だけど、彼女に暴力を振るって孤立させられたのは事実」
淡々と告げられた事情に、晴大は思わず口が開いてしまった。
「で、でも虐められてたんでしょ? その部分を切り取って情報を流してたんだから、やっぱりこの投稿は悪意がある」
「でもね、私が彼女に暴力を振るったことは揺らぎようの無い事実だから、だから私は否定できないの」
さくらは震える唇をギュッと噛み締めた。そして続けてこう言う。
「馬鹿だよね、私。ムカついて、一時の感情に身を任せてさ、腕を掴んじゃったんだよね。それで強く引っ掻いてさ。 それまでずっと我慢できてたのにさ、急に身体が言うこと聞かなくなってさぁ……」
段々と、さくらの声が震え始める。途切れ途切れに聞こえる声には力が無く、か細いものだった。
「ほんと、馬鹿。馬鹿すぎ。 もう、あの時の自分に会ったら殴ってやりたい!」
さくらは肩を震わせながら、ただ俯く。握る手に一粒の雫が落ちたことに晴大は気付かないフリをした。
「……でもさ、私、頑張ったんだよ? ずっと我慢してたの。誰にも言えなかった。だって、皆んな仕事で会う人ばっかりなの。それなのに、大事になったらどうなるか分かんないじゃない……だから、頑張ったのに」
さくらは幼子のように泣きじゃくった。晴大はただその手を握るばかりだった。どう言って良いか分からなかったし、言うべきでないと思ったから。
それから数分経ち、さくらも大分落ち着いてきた。
「……ごめんね、佐藤君。こんなに愚痴聞いてもらって」
「大丈夫」
「ふふっ、本当?」
「本当」
さくらは顔を上げてにっこりと笑った。自分には味方がいる。芸能界とは無関係の世界に、こんなに心強い味方がいるなんて、最高じゃないか。そう、思ったのだ。
「私、もしかしたら今後、炎上するかも。最近、この件が少しずつネットで見られるようになってさ」
「それは……」
「うん、結構致命的。でも大丈夫」
さくらはニッととびっきりの笑顔を見せた。
「私、絶対乗り越えてみせるから。だから、見てて!」
晴大はその笑顔に応えるように、ニッと笑った。
「うん!」
***
それから晴大とさくらは、外が文化祭のムードでお祭り騒ぎになっているのを横目に、美術室で優雅な時を過ごしていた。
「あ、そういえばさぁ、さっき自分の金で藝大に行くとか言ってたけど、どうするの?バイト?」
「ん、あぁ、あれは……作戦があって」
「作戦……?」
晴大はニヤリと怪しい笑みを浮かべながら言った。その流れに乗って、さくらもゴクリと唾を飲んだ。
「東大を卒業して大手企業に入社し、そこで藝大入学の金を稼ぐんです」
「えっ、それめちゃくちゃ大変じゃない!?」
「はい。多分、今想像しているよりもずっと大変です」
晴大はすっと腕を前に出し、大きく伸びをした。そして脱力すると、こう続けた。
「でも、俺にはこれしかない。父さんは絶対に藝大の学費なんか出さない。だから、藝大に行きたいなら、それに必要なお金は全部、自分で稼ぐしかない」
その言葉を聞き、さくらはうん、と頷いた。
「……って言っても、やっぱり悔しいけど。自分のやりたい事を親が応援してくれるなんて、俺にとっては想像できない事だから。他の人が羨ましい。 けど、現状を嘆いても何も変わらないんだから、早く動き出すのが得策だなって」
「そうだね、私もそう思う。ずっとぐずぐず泣くよりも、パッと泣いて、パッと立ち上がる。そっちの方がずっと良い!」
さくらが勢いよくそう言うと、晴大もうん、と優しく頷いた。
こうして、2人の文化祭1日目は静かに幕を閉じた。
実は1日目が終わったばかり……。




