33 何が本当なの。
美術室に入ると、晴大はいつもより静かな気配を感じた。
椅子に腰掛けたさくらが、じっとスマホ画面を見つめている。眉尻がわずかに下がり、どこか沈んだ気配があった。
「……どうしたんですか?」
晴大が声をかけると、さくらははっとして、指先ですっと画面を閉じた。
そしていつもの、春風みたいに柔らかい笑顔を向けてくる。
「ううん、何もないよ?」
「そう、ですか。それなら良かったです」
晴大はまだ少し気になりながらも、さくらの隣の席に座った。
カバンからスケッチブックを取り出し、表紙をめくる。そのカサリという紙の音を、さくらは静かに見守っていた。
「楽しみだなぁ」
「そんなに期待しないでください。実物の方が……綺麗ですから」
「えぇ、何それ〜?」
さくらの頬がほんのり赤くなる。その反応に、晴大は耳まで熱くなった。
「でもさ、将来の画家さんに描いてもらえるなんて嬉しいじゃん」
「あ……はい。頑張ります」
さくらの笑顔がぱっと咲く。晴大は、胸の奥がきゅっとなるのを感じながら、一つページを捲った。
そこには、前に描いたさくらのデッサンがあった。
桜の花びらの中、こちらを見てふわりと笑う菊田さくら。
ページを開いた瞬間、さくらはまるで時間が止まったみたいに動かなくなる。
「……こんなふうに、見えてるんだ」
深く息を吸い込むように、感慨を込めた声でつぶやく。
「あの、ど、どうですか……?」
「うん、うん!すごいよ!こんなに上手に描けるなんて!それに、何だろう……自然と吸い込まれる感じ! うぅ、私の表現力じゃ足りないぃ〜!!」
さくらは身振り手振りで、子どものように興奮していた。
晴大はその勢いに押されて、思わず小さく笑ってしまう。
「……あげます。この絵」
「えっ……いいの!?」
晴大はためらいなくページを千切り、そっとさくらに手渡す。
「嬉しい! 大事にする!!」
さくらは満面の笑みを浮かべたあと、絵を胸に抱えた。そして再び、その絵をじっと見つめる。
「……本当、大事にするから」
その静かな声に晴大は驚きつつも、触れるようなことはしなかった。ただ、さくらの様子を横で見守るだけ。それが、正解だと思ったから。
それから美術室は静寂に包まれた。といっても、2人の間にもはや壁など無く、各々がゆったりとその時を過ごしていた。
そんな中、晴大はスケッチブックを開き直した。
新しいページを前に、何を描こうかと考えてみる。
けれど不思議と手が止まったまま、なかなか動かない。
ふと、机の上のスマホに目が行った。
何となく触れ、動画投稿サイトのアプリを開く。
“芸能”の欄に目が行った。
スクロールすると、見知らぬ人たちの暴露や噂、個人情報が並んでいた。
(……菊田さんは、こんな世界に生きているんだ)
ふと、隣に座るさくらを見た。彼女はなんてこと無い表情でスマホ画面を触っている。その様子は、ただの女子高生でしかなかった。
そのとき、ある動画のタイトルが目に飛び込んできた。
『菊田さくら いじめ疑惑!?』
晴大は息をのむ。
嫌な予感がしながらも、指が勝手に画面を押した。
イヤホンから流れてくる音声は、不快極まりないものであった。
動画の投稿者が、どこか楽しそうに告げる。
「菊田さくらは芸能学校でいじめをしていたそうです。それに怒った東堂結衣たちクラスメイトが、菊田さんを孤立させ、菊田さんは転校せざるをえない状況に陥ったんです」
「……なんだ、これ」
晴大は思わず唇を噛んだ。
画面の向こう側で、誰かの悪意が形になっていた。
さくらが美術室で見せた、あの一瞬の陰りが頭をよぎる。
「――ねぇ、何見てるの?」
突然、頭の上から落とされた凍りついた声。
はっとして見上げる。
そこにはただ、 瞳に影を落とした菊田さくらがいた。
晴大は照れると敬語になります。
そういえば、文化祭編をどこで区切るか迷って、演劇終了時点にしました。というのも、ここから先は次の話が入ってくるからです。
けど、文化祭まだ終わってないから、まだ実質、文化祭編……??




