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第2話 10歳の私(わたくし)、攻略対象のトラウマイベントをクリアします(カリウス編)

ゲーム開始は17歳。アクチイド王立魔法学園に入学してからです。


今の私は10歳。7年あります。7年あれば何でもできます。


カリウスの魔力暴走をどう扱えばいいかも知っています。

ティタンがブラック家で孤立しないようにする方法も知っています。

ニケル殿下の腹黒さをどの程度まで受け流せばよいかも覚えています。

スイの軽薄な誘いに、どこまで付き合えば火傷せずにすむかもわかっています。

フッケルの救済に必要な情報も覚えています。

アイリスとの友情エンドへ向かう条件も把握しています。


いずれ学園で手にすることになる魔導書、【ときめきブック】。その本のページを、私はもう知っている。どのページをどうめくれば、誰が救われるのか。どの章を進めれば、断罪劇で誰が私をかばうのか。


なにしろ『ときめきブック』には主人公のバッドエンドがないのです。

私は主人公ですから最後には必ず誰かがかばってくれる。ならば、やることは決まっています。


アイリスを学園から去らせないために、恋愛エンドは避ける。

フッケルも救いたいので、アイリスとフッケルの関係を良いかたちに整える。


完璧です。


「……フライト様」


カリウスが、消え入りそうな声で私を呼びました。


私は、乱れた髪から花びらを取ります。そして、公爵令嬢らしく微笑みました。


「カリウス様」


「申し訳、ありません。俺……いえ、僕は……」


ここで彼を責めれば、彼は風を恐れる。周囲の大人たちは、きっと安全を理由に彼の魔法を抑えようとするでしょう。それは短期的には正しい。ですが、長期的にはよくありません。


押さえつけられた魔力は、いずれ別の形で暴れます。それに、カリウスは辺境伯家の令息。将来、風属性の力を国境防衛で求められる立場です。


彼に必要なのは、禁止ではなく制御。否定ではなく、扱い方。

そして何より、ここで私が正しく言葉を選べば、彼のページは良い方向に開く。……いえ、一つは少し不純でしたわね。


ともあれ、現実的にも攻略的にも、選ぶべき言葉は同じです。


「風が強いのは、悪いことではありませんわ」


カリウスが顔を上げました。


「……でも、庭を」


「庭は直せます」


私は、折れた薔薇を見ました。


「けれど、カリウス様がご自分の風を嫌いになってしまったら、それは簡単には直せません」


言ってから、少しだけ胸の奥が冷えました。


嫌いになる。自分を。自分の力を。自分の居場所を。それがどういうことか、すみれは知っていました。

でも、今は考えません。


私はフライト・ブラック。この物語の主人公なのですから。


「もう一度、見せてくださる?」


「え……?」


「あなたの風です」


周りの使用人達が慌てました。


「フライト様、危険です!」


「危険なら、練習すればよいのです。閉じ込める方が危険ですわ」


カリウスは、私を見つめていました。恐怖と、期待と。その二つによって増幅した信頼と、それらが混ざり合った目。私は、その目を少し面倒だと思いました。子どもの信頼は重い。向けられる側に責任が生まれる。


けれど、ここで避けるわけにはいきません。これはこのゲームをクリアするために必要なイベントです。


カリウスは小さくうなずきました。

それと同時にふわりと風が生まる刹那。風は、薔薇を折りませんでした。

地面に落ちた花びらをすくい上げ、私の周囲をゆっくりと回ります。


金髪を揺らす風。赤い花びら。春の光。

10歳の少年にしては、悪くない制御です。


私は微笑みました。


「綺麗ですわ」


カリウスは息を止めました。まるで、神託でも受けたような顔をして。


「……綺麗」


彼は、自分の手を見つめます。


「俺の風が、綺麗……?」


「ええ。とても」


その瞬間、カリウスの瞳が変わりました。先ほどまで恐怖に揺れていた目が、まっすぐに私だけを映します。


感謝。安堵。憧れ。そして、それよりももっと重たい何か。


「なら、俺はこの風を嫌いません」


「カリウス様?」


「フライト様が、綺麗だと言ってくださったから」


カリウスが笑いました。10歳の少年にしては、少し危うい笑顔でした。


「俺の風は、フライト様のために吹かせます」


私は微笑みを保ったまま、内心で首を傾げました。


確かに、カリウスは『ときめきブック』本編開始時点でフライトへの好感度が高いキャラです。幼馴染枠です。難易度簡単です。ですが、今の発言はやや重すぎでは?


その時、風が私の闇属性に触れたような感覚がありました。


魔力共鳴。強い感情や信頼によって、魔法が影響し合う現象。カリウスの風が、私の闇に触れて安定している。


幼少期イベントを正しく回収した結果でしょう。順調です。多少重いようですが、順調です。


私には婚約者がいます。生まれた時から家同士に認められた、ニケル・アクチイド王太子殿下という婚約者が。カリウスも、そのことを知らないわけではありません。そしてカリウスは辺境伯令息、この国の国防の要となる存在です。

それでも彼は、風は私のために吹かせると言っています。誰か一人に捧げてよい力ではありません。


少々重すぎるような気がしますが、カリウスは序盤からフライトへの好感度が高い攻略対象者です。幼少期イベントを正しく回収したのですから、これくらいは自然な流れなのでしょう。


ええ。自然です。私は主人公ですから。



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