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第12話 17歳の私(わたくし)、予定外のページが開きます

(わたくし)のときめきブックが、勝手に開きました。


カリウスでもなく。

ティタンでもなく。

ニケル殿下でもなく。

最初に開いたのは、アイリス・ホワイスのページ。


光属性保持者、アイリス・ホワイスとの初回共鳴を確認。

紙の上に浮かび上がったその一文を、私は静かに見つめていました。


初回共鳴。共鳴。


まだ、魔法を交わしていません。実技授業も受けていません。共同課題もしていません。


私がしたことといえば、少し話しかけ、受付の場所を教え、少しだけ距離を取ったことくらいです。


それなのに、ときめきブックは反応した。


「フライト様」


前方から、アイリスの不安そうな声がしました。彼女は自分のときめきブックを抱えたまま、こちらを見ています。


「あの……何か、あたし、変なことをしましたか?」


「いいえ」


私はすぐに微笑みました。完璧に。


「少し、わたくしの本が反応しただけですわ」


「反応?」


アイリスは目を丸くしました。


「それって、悪いことですか?」


「悪いことではありません」


「本当ですか?」


「ええ」


私は本を閉じ、表紙へ手を添えました。金文字は先ほどよりわずかに明るく見えます。


気のせいでしょうか。気のせいということにしたいです。


「魔力共鳴記録書は、名前の通り、魔力の反応を記録するためのものです。初回共鳴が確認されたのでしょう」


「初回共鳴……」


アイリスは、自分の本を見下ろしました。


「でも、あたし、何もしてません」


「わたくしも、そう思っております」


「えっ」


「いえ」


私は微笑みを深めました。


「おそらく、光属性と闇属性だから反応しやすかったのかもしれませんわ」


その説明は、間違いではないはずです。光属性は、精神干渉や呪い、闇属性の歪みに対抗する性質を持つ。

闇属性である私の魔力に、アイリスの光が反応した。


それなら、理屈は通ります。通りますが。どうして最初なのですか。


カリウスの風は、確かに私の闇に触れました。

ティタンの水も、私の本の奥で静かに揺れました。


それなのに、ページとして開いたのはアイリスです。

攻略上は正しい。友情エンドを定めた相手だから。


けれど現実としては、何かが少し不自然です。私はその違和感を、そっと胸の奥へしまいました。


今ここで考え込むべきではありません。周囲の視線が集まっています。


平民出身の光属性少女。

王太子殿下の婚約者である公爵令嬢。

光と闇。初回共鳴。

噂になる要素が多すぎます。


「アイリスさん」


「はい!」


「本を閉じて、お席へお戻りなさい。職員の方の説明がまだ続きますわ」


「あっ、はい!」


アイリスは慌てて頷き、自分の席へ戻ろうとしました。

その途中で椅子に少しぶつかり、また小さな音を立てます。


周囲が見ました。


アイリスは真っ赤になって、ぺこぺこと頭を下げます。目立っています。たいへん目立っています。


私は扇の陰で息を吐きました。先が思いやられます。けれど、悪い子ではありません。悪い子ではないのです。だからこそ、少し厄介なのですが。


アイリスが席へ戻ると、すぐにカリウスが身を寄せてきました。

寄せてきた、というより、風が先に来ました。


「フライト様」


「はい」


「あの本に、何が記録されたのですか」


「初回共鳴ですわ」


「誰との」


声が低い。


私は扇を閉じました。


「アイリスさんとの」


カリウスの風が、一瞬止まりました。止まってから、ゆっくり戻ってきます。


「……俺ではなく?」


「カリウス様」


「いえ。失礼しました」


彼はすぐに頭を下げました。

けれど、風が少しだけ沈んでいます。風が沈むとは、奇妙な表現です。しかし、今のカリウスの魔力はまさにそうでした。

高く舞い上がるはずの風が、地面近くで渦を巻いている。


戸惑い。不満。それから、ほんの少しの嫉妬。

重い。本日もたいへん重い。


けれど、ここで慰めすぎてはいけません。カリウスの風はカリウスのもの。

私の本にページが開くかどうかで、彼自身の価値が決まるわけではありません。


「カリウス様」


「はい」


「本に記録される順番と、人の価値は別ですわ」


カリウスは顔を上げました。


「俺の風が、フライト様の本に最初に残らなかったとしても?」


「ええ」


「では、俺は次に残します」


「そういう話ではありません」


「では、その次でも」


「そういう話でもありません」


戻ってきました。カリウスは真剣です。とても真剣に、間違った方向へ戻ってきました。


「カリウス様。大切なのは順番ではありません」


「では、何ですか」


「正しく学ぶことです」


「フライト様の本に、正しく残るように?」


「ご自分のために」


「はい。フライト様のために、自分のために正しく学びます」


「混ぜましたわね」


カリウスは少しだけ微笑みました。


「分ける努力はしています」


「努力は認めます」


「ありがとうございます」


この7年で、カリウスは本当に成長しました。少なくとも、自分の重さを正しく理解し、調整しようとはしている。調整できているかどうかは、別問題ですが。


「フライト」


今度は、反対側から静かな声がしました。


ティタンです。


「はい」


「僕の時は、冷たくなりました」


「……気づいていましたの?」


「はい」


ティタンは当然のように頷きました。


「フライトの本が、僕の水に反応したのだと思いました。でも、開かなかった」


「そうですわね」


「アイリス・ホワイスの時は、開いた」


「ええ」


「なぜでしょう」


私が聞きたいです。

そう言いたい気持ちを、私は微笑みで包みました。


「光属性と闇属性の関係かもしれませんわ」


「それだけでしょうか」


鋭い。ティタンは、こういう時にとても鋭い。


「他に理由があると?」


「わかりません」


ティタンは静かに言いました。


「でも、フライトがわからない顔をしました」


「……しましたか」


「はい」


またです。私の表情管理が乱れています。これはよくありません。

入学初日から、アイリス・ホワイス関連で乱れすぎではないでしょうか。


「少し驚いただけですわ」


「驚いた時のフライトは、目を伏せます」


「よく見ていますのね」


「フライトのことなので」


「本日二度目ですわ」


「何度でも言います」


ティタンは静かに微笑みました。その表情は穏やかです。けれど、水底の方で何かが揺れているような気配がありました。


「僕のページが開かなくても、僕は変わりません」


「それは頼もしいですわ」


「フライトの本に残らなくても、僕はフライトの戻る場所を守ります」


「そこには戻らなくてよろしい」


「戻ります」


「戻らないで」


会話が戻ってきます。結局、戻ってきます。


私は小さく息を吐きました。

ときめきブックは好感度を教えてくれません。

けれど、教えてくれなくても、この二人の好感度が高いことはよくわかります。高すぎるほどに。


そこへ、柔らかな声が割り込んできました。


「面白いね」


ニケル殿下です。


いつの間にか、近くに立っていました。

近づいてくる気配が自然すぎます。

王太子殿下とは、気配まで上品なのでしょうか。厄介です。


「何がでしょう、ニケル殿下」


「君の本が、カリウスでもティタンでもなく、アイリス・ホワイスに反応したこと」


「光属性と闇属性の相性でしょう」


「そうかもしれないね」


ニケル殿下は微笑みました。


「でも、君は少し動揺していた」


「初めてのことでしたから」


「そういうことにしておこうか」


「そういうことです」


「本当に?」


「社交です」


「便利だね」


「殿下ほどではありませんわ」


ニケル殿下は楽しそうに笑いました。


カリウスの風が少し鋭くなり、ティタンの水が静かに沈む。

やめてください。皆さま、私の周囲で属性を主張しないでください。


「ただ、安心したよ」


ニケル殿下が言いました。


「安心?」


「僕の時に君の本が反応しなかったから」


「それは、わたくしも安心いたしました」


「正直だ」


「社交です」


「今のは本心だね」


拾わないでください。ニケル殿下は、本当に言葉を拾うのが上手です。


「君は、僕との共鳴を避けたい?」


さらりと言われました。周囲の空気が、一瞬で固まります。


カリウスの風が止まりました。

ティタンの水も止まりました。


なぜ、ここでそういうことを言うのですか。王太子殿下。最重要管理対象。やはり最重要管理対象。


「殿下との共鳴を避けたいのではありません」


私は微笑みました。


「共鳴とは、意図して起こすものではなく、結果として記録されるものだと理解しております」


「答え方が上手だね」


「王妃候補として、そうあれと教えられておりますので」


「必要であれば?」


「必要であれば」


「必要でなければ?」


「その時は、わたくし自身で考えます」


7年前と同じ言葉を返すと、ニケル殿下は一瞬だけ目を細めました。


そして、笑いました。


「本当に、変わらないね」


「殿下もですわ」


「それは褒め言葉?」


「社交です」


「正直だ」


このやり取りをしている間に、学園職員が次の説明を始めました。


属性確認後の初回授業について。生徒は数日以内に、属性の異なる相手と簡単な共同課題を行うこと。その結果が、魔力共鳴記録書に記録されること。共同課題の組み合わせは、学園側が決定すること。


そして、その決定に家の都合を持ち込むことは認められないこと。


職員は、そこだけ少し声を強めました。


「王族、公爵家、侯爵家、その他いかなる家門であっても、初回共同課題の組み合わせ変更は原則として受け付けません。魔力共鳴記録は、学園が中立に管理いたします」


なるほど。先に釘を刺されました。


もちろん、ブラック公爵家の名を使えば、まったく何もできないわけではないでしょう。

けれど、ここでそれをすれば、私は入学初日から「共同課題の相手を家の力で選んだ公爵令嬢」になります。


最悪です。


王妃候補としても、攻略上も、たいへんよろしくありません。


そもそも、私はアイリス友情エンドを目指しているのです。平民出身の光属性少女を守ろうとしている私が、学園の中立性を公爵家の権力で曲げるわけにはいきません。


ですから、組み合わせは受け入れるしかありません。受け入れるしか、ないのです。



共同課題。


これはゲームにもありました。


入学直後、最初に組まされる相手によって、ときめきブックのページの進み方が変わるイベントです。


カリウスと組めば風属性実技イベント。

ティタンと組めば水属性調整イベント。

ニケル殿下と組めば婚約者確認イベント。

スイ・コペルと組めば火属性トラブルイベント。

フッケル・ダンクステンと組めば闇属性魔法式イベント。

アイリスと組めば、友情ルートの初期イベント。


つまり、ここは重要です。たいへん重要。


誰と組むかで、今後の流れが変わります。私はアイリス友情エンドを目指しています。ですから、アイリスと組めるなら理想的。けれど、あまりに早く進みすぎるのも少し不安です。


今日、すでにアイリスのページは開きました。これ以上進めると、他の攻略対象者たちの反応が少々面倒なことになる可能性があります。


いえ。


すでに面倒です。カリウスもティタンも、明らかに気にしています。ニケル殿下は面白がっています。最悪です。


私は静かに息を整えました。


大丈夫。落ち着きましょう。


私は主人公ですから。


イベントが来ても、選択肢を間違えなければよいのです。


その時、職員が名簿を確認しながら言いました。


「それでは、初回共同課題の組み合わせを発表します」


教室内の空気が引き締まりました。


私も、扇を持つ手に少しだけ力を込めます。


誰と組むのか。


カリウスか。

ティタンか。

ニケル殿下か。

それとも、アイリスか。


職員の視線が名簿を追います。


「フライト・ブラックさん」


「はい」


私は返事をしました。職員は、次の名前を読み上げます。


「あなたの初回共同課題の相手は――」


そこで、ほんの一拍、間が空きました。


「スイ・コペルさんです」


……スイ・コペル。


火属性。遊び人の侯爵令息。攻略対象者の一人。そして、距離を取れば取るほど面白がって近づいてくる、たいへん厄介な人物。


私は微笑みを保ったまま、内心で叫びました。


なぜここであなたですの?


教室の端で、赤みがかった髪の少年がこちらを見て、ひらりと手を振りました。


軽い。第一印象から軽い。たいへん軽い。


カリウスの風が鋭くなりました。

ティタンの水が深く沈みました。

ニケル殿下が、心底面白そうに笑いました。


私は扇の陰で、静かに息を吐きます。


ときめきブック。


好感度は教えてくれません。

ですが、厄介なイベントだけは、きちんと運んでくるようです。


スイ・コペルのページ。


まだ開かなくて結構です。私、火遊びの気分ではありませんので。

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