92話 「渚咲の成長」
教室に入ると、久しぶりに登校してきた柊を見て男子生徒達は皆喜んでいた。
一部の鋭い生徒達はもしかしたら「転校するんじゃ…」と予想して絶望していたらしい。
柊はそんな人達にも心配かけてごめんなさいと律儀に謝っていた。
チャイムが鳴り、ホームルームが始まると担任から改めて2週間後にスポーツ大会がある事が知らされた。
3日後に何に出るかを決めるらしい。
種目はサッカー、バスケ、借り物競走、二人三脚、100m走、リレーだ。
絶対に1人1種目は出なければならないらしい。基本的にクラス対抗戦で、各競技で順位が高ければ高いほどポイントが多くもらえて、上位3位になったクラスにはお菓子などの景品が出る。
ただ、リレーに関してはクラス対抗という訳ではなく、4人チームで出場して一位を決めるものだ。
所謂お祭り競技みたいな感じで、リレー+他の競技に出る奴が多い。
だからサッカー部チームとか野球部チームとかが張り切る。
まぁ去年は陸上部チームが無双してたけどな。特に八神が。
「3日後か…」
1時間目が始まるまでの準備時間中に俺が呟くと、柊が深呼吸をして七海に声をかけた。
「あ、あの…七海さん!」
「ん?何?渚咲」
「え、えっと…もし良かったらで良いんですけど…私と一緒に二人三脚に出ませんか…?」
「へ…?」
七海が固まる。
柊は緊張しながらも頑張って口を開く。
「去年…私はバスケに出たんですけど、二人三脚に出てる人達が皆楽しそうだなって思って…。でも、私にはその時そんなに仲の良いお友達はいなかったので諦めてたんです。だから…」
「あー…いや、気持ちは嬉しい…んだけどさ、渚咲。私すっごい運動苦手だよ…?」
「構いません!七海さんと一緒に出たいから誘ってるんです…!だめ…ですか?」
柊に言われ、七海は笑い、優しく柊の頭を撫でた。
「ダメな訳ないじゃん。勇気出して誘ってくれてありがとね。足引っ張るかもだけど、頑張ってみようか」
「…!は、はい!」
柊は心底嬉しそうに頷いた。
「んー…微笑ましいねぇ」
「…だな」
柊はずっと他人に遠慮してきたし、そうする事に慣れていた。
だからあんまり自分の考えを言えず、頼み事とかもせず、わがままも言わなかった。
だが、柊は今こうして自分から七海を二人三脚に誘った。自分が出てみたいからと。
これは間違いなく柊が成長した証だ。
柊にとって七海は初めて出来た同性の友達だ。そして、七海は柊が転校しそうになってるのを必死に止めてくれた。
だからこそ、柊は勇気を出す事が出来たんだろう。
「陽太。僕らも負けてられないね」
「…ん?何がだ?」
「僕達も出ようか。二人三脚」
「え」
春樹からの唐突な誘いに、俺は言葉を失ってしまった。
「最低一個出場ってだけだから、別に何種目出ても良いんだよ。
まずは1種目二人三脚に出場する事にして、陽太がリレーに出るかは3日後までに決めればいいだろう?」
春樹は両手を広げて笑う。
「七海と柊さんが二人三脚に出るのなら僕達も出場するべきだ。僕と陽太の最高のコンビネーションを皆に見せつけてやろうよ」
「気持ち悪ぃ事言うなよ…。別に出るのは良いけど、良いのか?二人三脚ってめっちゃきついぞ。中学一年の時カズとやった事あるけど、息が合わないとすぐ転ぶし」
「ふふ…僕達なら大丈夫さ。…正直な所羨ましくてね。僕は運動が苦手だから今まで協力するスポーツには出ないようにしてたんだ。 でも、同じく運動が苦手な七海は柊さんと二人三脚に出る。七海に先を越された感じがしてね」
春樹は七海を見て言う。
七海はふんっと笑って渚咲の頭を撫でながら口を開く。
「悪いけどハルには負けるつもりはないよ。こっちには渚咲がいるんだからね。渚咲は運動神経抜群だし」
「ふっ…何を言っているんだい七海。こっちには陸上チート級の陽太がいるんだよ?いくら柊さんが仲間だとしても、僕達が負ける事はありえないね」
…なんでこいつら自分の事じゃなくて俺と柊の名前だして争ってんだ…?
「あの…二人三脚は男女別ですけど…」
柊が言う。そりゃそうだ。
「分かってるよ。だからここは公平に順位で決めようか。二人三脚は5チームずつ走るし、ハルもそれでいいよね?」
「もちろんさ。容赦はしないよ?陽太が」
「おいなんでそこで俺なんだよ。お前も頑張れよ」
なんだかんだで早速スポーツ大会で出る種目が一つ決まってしまった。
二人三脚か…懐かしいな。
中学一年生の時にカズがどうしてもやってみたいって言うもんだから公園でやったんだが、全然思うように進めなかった記憶しかない。
最初はお互い別の足を前に出すし、足を出すタイミングは合わないし、転んだ時起き上がるの大変だし。
風香はそんな俺達を見てずっと笑ってたっけな。
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あれから時間が進み、昼休みになった。
「そういえば美羽って今日は休みなの?」
七海が聞いてくる。
「午前中はお仕事があるけど、午後からは学校にいけるって言ってました!」
柊は美羽から聞いていたらしく、七海に言うと七海はそうなんだと頷いた。
「美羽はスポーツ大会どうするのか聞いとかなきゃだよねと思ってさ。
アイドルだと怪我したら大変だし」
「あ、確かにそうですね…!あとで聞いてみましょう!」
そんな話をしながら食堂に向かおうとしていると…
「如月、ちょっと良いかな?」
八神に話しかけられた。
「八神…?どうした?」
「えっと…ここではちょっと話しずらいかな…ねぇ皆、今日の昼は如月借りて良いかな?」
八神が俺以外の3人をみて言う。
柊達は互いに顔を見合わせたあと、代表して春樹が頷く。
「陽太が良いなら僕たちは構わないよ」
「ありがとう。で…如月、ちょっと話したい事があるから、今日は俺と一緒に昼飯を食べないか?パンとか色々買ってあるから屋上でさ」
「…おう、別に良いけど」
「ありがとう!じゃあ皆ごめんね、如月は借りてくよ」
八神はそう言うと歩き出し、俺は八神について屋上まで歩いて行った。
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八神に連れられて、俺は屋上にやってきた。
相変わらず屋上には誰もおらず、風が気持ちいい。
八神は自分のバッグから5種類のパンを出し、床に並べる。
「さぁ、好きなパンを取っていいよ」
「…んじゃあ、これとこれ」
いつも食堂で食べてたから当然何も食べ物を持っていなかった俺は、焼きそばパンとメンチカツパンを貰った。
そして互いに座る。
「…で?話ってなんだよ」
パンを一口食べてから聞くと、八神はパンを飲み込んだあと息を吐き、俺の方を見る。
「如月さ、最近変わったよな」
「…は?」
「あぁいやごめん、悪い意味じゃないんだ!なんて言うかさ…夏休み前とは雰囲気が違うっていうか…上手く言えないんだけどな? 前よりも楽しそうっていうか」
「あー…」
確かに、夏休みにカズと仲直りして過去に区切りをつけて、柊達と本音で話し合って…と、夏休みに入ってから俺はいろんな経験をした。
柊に家を追い出されたり美羽と幼馴染だって分かったり、美羽に告は…まぁ本当に色々あったな。
「…よく見てんな」
「なんとなくそう思っただけなんだけどね。でもその様子じゃ何かあったんだな」
「まぁな。…お前は一応事情知ってるし簡単に話しとくが、夏休みに宮城に帰ったんだよ。その時に、過去の陸上部の因縁にはケリをつけてきた」
「え」
流石に驚いたのか、八神は固まった。
その後、八神は簡単にじゃなくて詳しく聞かせてくれと言うもんだから、重要な所だけを話した。
もちろん、夏休みに柊達と一緒に宮城に行った事は伏せてな。
八神は言いふらしたりはしないだろうが、俺と柊の関係はべらべら話すもんでもないしな。
「っと…まぁそんな感じだな。終わってみればただのガキ同士のすれ違いだったんだよ。 いろんなタイミングが運悪く重なって、中学生っていう不安定な時期だったからお互い冷静になれなかっただけなんだ」
「……そうか」
俺の話を聞いた八神は最初は険しい顔で聞いていた。まぁ1番最初に八神に話した時はカズの事とか詳しくは話してなかったもんな。
だが、夏休みに仲直りした事を話すと安心したのか、全て話し終えた後に息を吐いた。
「…前よりも楽しそうに見えたのはそのせいだったんだね。今の如月の方が俺は好きだ」
「え、何お前急に気持ち悪いな」
「な、ち、違うよ!?そう言う意味じゃなくてだな…!」
「冗談だよ」
「俺にそっちの趣味はないよ…。…で、如月、ここからは本題なんだが…」
深呼吸したあと、八神は俺の目をまっすぐ見てくる。
「…改めて誘いたい。如月、陸上部に入らないか?」
「入らねぇ」
「はぁー…やっぱりダメか」
俺が即答で断ると、八神は露骨に肩を落とした。
「…理由を聞いてもいいかな?もうお前は過去を乗り越えたし、さっきの話じゃ、陸上に対する嫌悪感…的なものはないんだろ?」
「どんだけブランクあると思ってんだよ。お前が前怪我で少し走れない時期があった時、ずっと走りたくてウズウズしてただろ?そんで休み明けは少しタイムが落ちてたはずだ」
八神は頷く。
「俺はその倍以上の時間走ってないんだ。1週間1ヶ月の次元じゃなく、年単位でな。 今更陸上部に入った所でもう取り戻せねぇよ」
「でも…でもさ…!お前の陸上の才能は本物だ…!さっきの話を聞いて俺は確信したんだ。そりゃすぐには戻れないかもだけど、お前なら数ヶ月もすればもしかしたら中学以上に記録が伸びるかもしれない…!」
八神は熱弁する。八神がこんなに必死になるとは珍しい。本当に優しくて、陸上が好きなんだろうなと分かる。
多分こいつは、中学時代の俺やカズよりも陸上が好きなんだろう。
俺やカズは、ずっと互いに勝ちたいと言う思いがあって、その道に陸上があったから陸上が好きになった。
だが、八神はずっと1人でただただ陸上が好きだから続けてるんだもんな。
「…俺さ、ずっとお前と一緒に走りたいと思ってたんだ。あの中学の全国大会で戦えなかった時から、ずっとね。
もちろんいろんな人と走ったし、負けて悔しい思いをした事もある。
でも、戦いたい奴と戦えなくて悔しい思いをしたのは、お前だけなんだ」
「……」
「俺は、お前と全力で戦いたい。中学2年の全国大会時点では明らかに俺より上だった選手が今目の前に居るんだ。必死にもなるさ」
八神は言葉を続ける。
「あとさ…これは元々のお願いなんだけど…2週間後のスポーツ大会、俺と一緒のチームでリレーに出ないか?」
「は…?」
「元々はさ、お前と一緒にリレーに出て、最後にお前の走りを見て、俺はお前を陸上部に誘うのを諦めようと思ってたんだ。
でも、もう陸上部に対しての嫌悪感を抱いてないって聞いて、つい欲張っちゃってさ…?どうかな?リレーに出てお前の走りを見れば、皆お前を認めるし、自然に陸上部に入れると思うんだ」
まさか八神からリレーに誘われるとは思わなかった。
2人で話したいって事だったから陸上関係で悩みがあるんだと予想してたのに。
「あー…まずは誘ってくれてありがとな」
俺は考える。
確かに、俺は陸上が好きだ。
走るのは昔から好きだったし、体を動かすのも好きだ。
それは今も変わらない。
なんなら、夏休みに全てにケリをつけた後から、尚更その思いが強くなった。
忘れようとしていた過去が、また色づき始めたからかもしれない。
だが…今の俺には…
「…でも、悪い。やっぱりお前の誘いには乗れない」
「……」
「…別に陸上が嫌いな訳じゃねぇんだ。さっきはブランクを理由にしたけど、俺が陸上部に入らない本当の理由は、もっと単純な理由なんだよ」
「…聞いてもいいかな?」
「…自由に使える時間が無くなるから」
「え」
「放課後はたまにゲーセンとか寄って春樹達と遊びたいし、学校が終わったら早く家に帰って夜飯を食べたい。それに…朝は俺と一緒に登校したいって言ってくれる奴も居るんだ。今俺が陸上部に入ったら、朝練や放課後部活があるから、友達との時間が減るだろ?だから嫌だ」
陸上は確かに好きだけど、今は今の友達との時間を大切にしたい。
俺を信じて認めてくれたあいつらだから、俺はもっとあいつらとの時間を増やしていきたい。
陸上は昔カズと散々楽しんだからな。元々は何もかもを1から始めたくて高校は地元を離れたんだし。
陸上部に入って柊の出来立ての夜飯が食えなくなるのは嫌だし、放課後は春樹達どだらだら駄弁りながら帰りたいし、朝は柊と登校するって今日決まったしな。
俺が陸上部に入らない本当の理由を話すと、八神は笑った。
「ははは…なんだ、ならいくら誘っても陸上部に入る事はないだろうな」
「悪いな」
「いや、友達を優先するのは良い事だよ。 確かに、部活を始めたら自由は無くなるからね」
「しかも高校の部活だからな。キツさは中学以上だろうし、考えただけで嫌だ」
「まぁ…正直俺も最初はびっくりした。吐きそうになったしなんなら吐いた仲間もいたよ」
「うっわ…絶対に無理」
「まぁとりあえず、陸上部に入らないってのは分かったし、もう誘うつもりはないから安心してくれ。
ただ、リレーの件は本気で考えてほしい」
「あー、リレーな。…正直迷ってたんだ。友達からは悔いのない選択をしろって言われてるし、俺自身久しぶりに思いっきり走りたい気持ちもあってな。…だから、腹括ろうかなと」
俺の言葉に八神はパァッと顔を明るくする。
「リレーには出る事にするよ。だけどな、悪いけどお前と同じチームでリレーには出ない。俺は、俺が今一緒に走りたいと思う奴らと一緒に出たい。
どうせお前はアンカーになるんだろ?俺もアンカーになるし、そこで直接対決ってのはどうだ」
八神は、俺の言葉を聞いて最初は固まっていた。
だが、やがて笑いながら頷いた。
「最高の提案だよ如月!やっとお前と本気で戦えるんだな!」
「あ、いや…さっきも言ったけど俺ブランクあるし…手抜いてもらえると助かるんだけど」
「俺は陸上で手を抜いた事はないよ!どんな奴が相手でもね。たとえ小学生が相手でも全力を出す」
「そこは流石に手を抜けよ、トラウマになんぞその小学生」
「はは!でも良かった。誘いは全部断られたけど、むしろスポーツ大会が楽しみになったよ!…さて、もうそろそろ教室に帰ろうか」
八神はそう言うと立ち上がり、俺達は2人で教室に戻った。




